歌詞

2018年2月16日 (金)

オリンピックのうた

 遅めの昼食をとろうとしていたら、テレビでオリンピック中継。フィギュアスケート男子シングル・ショートプログラムの生放送をやっていた。ちょうど最終グループのところだったので、つい最後まで見てしまったよ^^;

 特段の羽生結弦ファンというわけではないのだが、鬼気迫るような演技にぐぐっと引き込まれた。ここに至るまでの経緯をよく知っていたというのも大きいんだろうな。こんなにドラマチックな展開でよいのだろうかと思ったくらい。この心の強さは何なんだ!? 素人目にはパーフェクトなできに見えた。直後に滑ったアメリカとロシアの選手に動揺を与えるほどに。

 ところでNHKがオリンピックのテーマソングを作るようになったのは、1988年のソウルオリンピックからだそうな。ほかの局でも独自の曲を用意したりしているみたいだから、すでに相当の数が作られているはずだ。どうせなら私も1つ作ってみようか?

 最初はコンペに応募するような気分で……と思ったのだけれど、始めてみるとどうもうまくいかない。採用されるにはちょっとばかりネガティブすぎるような……。

 でも、現在のオリンピックのシステムにまったくネガティブな要素を感じないのも、いささか能天気すぎるような気もするんだよね。まあ、世の中の盛り上がりに水を差すのも本意ではないので、最後にポジティブな感じを持ってきてごまかそう^^:

 タイトルは……「どれも少しだけ違う」にしようかな? 本日できたてのほやほや。メロディはまだつけてないので、あとで手直しするかもしれない。

 

同じ夢を見ていたつもりでも
思いはひとりひとり違うもの
あまりにも大きくなりすぎて
届かないのがもどかしい

長くて短い4年が過ぎて
また君と会えたね
元気でやっていたのかな?
迷ったりもしてたかい?

ベストを尽くせ
参加することに意義がある
楽しめばいい
勇気をありがとう

みんなが勝手なことを言うけれど
どれも少しだけほんとうで
どれも少しだけズレていると思うんだ

同じ夢を見ていたつもりでも
思いはひとりひとり違うもの
あまりにも大きくなりすぎて
届かないのがもどかしい

でも どうせ夢を見るなら楽しいほうがいい
そして そこに少しでも近づけますように

2017年6月18日 (日)

父の寝顔

 両親とはずいぶん歳が離れていたので、物心ついた頃には父親はもう老人と言っていいような年齢だった。

 父親がこの世の不幸のすべてを背負ったような顔をして寝ていることに気づいたのもこの頃だ。なんて苦しそうな表情なんだろうと思ったのを覚えている。父親の事情はよくわからなかったけれど、生きていくのは楽なことじゃないんだろうなと、漠然と感じていた気がする。

 あれは老いについて考えさせられた最初の機会だったのかもしれない。ことさらに意識したつもりはないのに、気がついてみたら老いをテーマにした歌をいくつも書いていた。もしかしたら、あの体験が少しは影響したのだろうか?

 

父さんは
この世の全部の不幸を
背負ったような顔して寝てる
額に大きなしわをよせて
口をへの字に曲げながら

怖い夢でも見てるのかな?
おなかが痛いのかな?
生きているのがつらいのかな?
歳をとるのが苦しいのかな?

こんなにゆがんだ顔してること
きっと気づいてないんだろうな

  僕はじっと見てるだけ
  ずっとずっと見てるだけ

怖い夢が終わるといいね
おなかが痛くないといいね
生きていくのが幸せならいいね
歳をとっても楽しければいいね

  僕はじっと見てるだけ
  ずっとずっと見てるだけ

いつか僕も
こんな顔して寝るようになるのかな?

2017年5月 7日 (日)

だるまさんがころんだ

 わらべ歌の持つ可能性について、ずいぶん前から考えている。

 きっかけとなったのは、英国人のベーシスト、アシュリー・ハッチングスが中心になって制作したアルバム『MORRIS ON』(Island 1972)だ。

 単純な音楽のはずのモリス・ダンスにロックのリズムを導入することで、伝統的な音楽に収まらない新たなサウンドを創造する。このハッチングスのアイデアにガツンとやられた私は、日本でこれをやるとしたら、題材とするのはわらべ歌がいいのではと思ったのだった。

 日本独特と言ってもいいユニークなサウンドと、シュールな歌詞。その気になってあらためて聴き返してみると、わらべ歌には不思議な魅力があるように思われた。実際にコードを当てはめてみても、そこそこ面白い。楽器の編成はモリス・オンのプロジェクトを真似て、ロック・バンドをベースに、フィドルやマンドリン、アコーディオンなどを適宜加える……。

 そんなことを考えては見たものの、生来の怠け癖が災いして、なにも具体的な行動をおこさないまま、時が過ぎてしまった^^; いや、それらしい曲はいくつか書いてはみたのだけれどね。

黒い森がザワザワ
遠くで聞こえる祭りばやし
キツネのお面がほしいのに
歩いても 歩いても たどり着かない

ダルマサンガコロンダ……

大きなケヤキがサワサワ
鬼になった男の子
ふりむいたら一人ぼっち
公園には誰もいない

2017年5月 3日 (水)

追伸

挫折したり しなかったり
ミミズだったり オケラだったりの毎日です

長く生きすぎたような気もしないではないけれど
未練がましく もうちょっと生きてみるつもりです

ちっぽけな正義が氾濫する
息が詰まるようなこの国で
それでもおかげさまで
なんとか暮らしています
なんとか暮らしていけてます

仕事はあまりありません
あの娘のことは いまでもときどき思い出します
ご心配ありがとう

それでもおかげさまで
なんとか暮らしていけてます

追伸
テレビのニュースを見ましたか?

2014年12月25日 (木)

クリスマス・ソング

よそ行き顔の街を 重たい心を引きずって
一人で歩いてた あてもなく
通りは 1日中 クリスマスなんだね
忘れたふりをしていたけれど

ショーウィンドウには 赤や黄色の豆電球が
夕暮れの街にとても きれいさ チラチラと
そういえば今日はあの娘の 誕生日なんだね
忘れたふりをしていたけれど

  何も変わりはしない 変わらない
  何も起こりはしない 起こらない
  ただ時が静かに 通り過ぎるばかり
  愚か者の僕を おきざりにしたまま

  幸せのふりをしているうちに
  幸せが何だかわからなくなった

電車の窓から 外の冬景色を見ていた
あの娘の街が遠ざかっていった
「さようなら去り行く年よ……」
息を吹きかけて
くもった窓ガラスに 指でそっと書いた

  雪なんてちっとも降ってきやしないのに
  甘やかされた夜は大いばりでやってくる
  電車から早く降りてしまおう
  知らない街をどこまでも歩いてみよう

  風の中の子どもたち
  落としてしまった夢を
  追いかけて走る
  流れ星のように

  幸せのふりをしているうちに
  幸せが何だかわからなくなった

クリスマス・ソング
祈りの歌
あなたがいつまでも
幸せでありますように

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 歌を書き始めた高校生の頃に作ったクリスマス・ソング。懐かしい。最初に書いたときは、暗い、青臭い、ひがみっぽいと三拍子そろっていたので、その後ちょこちょこと手を入れたりもしてきたのだけれど、そんなに改善されてはいないような……。

 「赤や黄色の豆電球が」というあたりが時代を感じさせる。いまの電飾は青色発光ダイオードだものね。あの技術の開発で、日本のクリスマスの風景もずいぶん変わったような。

  何はともあれ、メリークリスマス! 

2013年10月31日 (木)

西口公園

このバスは西口公園を通るかい?
小さな美術館と
色とりどりのベンチのある
だったら遠回りしてみようかな?

あそこで待ち合わせしたことがあったんだ
それから2人でゆらゆらと
ブランコを揺らし
木陰をたどってゆっくりと歩いた
たった一度きりだったけれど

バスから見える町並みは
まるで映画のシーンのようだ
思い思いにすれ違うエキストラたち
ぼくらもそんな名もない
通行人のひとりだったんだろうな

聞きなれない停留所
どこだかわからない道
時の迷路にぽつんと
取り残されたみたいな気分で……

このバスは西口公園を通り過ぎるかい?

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