音楽

2020年10月30日 (金)

I am a poor wayfaring stranger...

 麻布十番のスタジオで、午後2時からFMラジオ「A・O・R」のコメント収録。

 本日のお題はリチャード・グリーン。ブルーグラスからロック、ジャズ、クラシックまで、なんでもござれのフィドラーだ。70年代のシンガー・ソングライターや、ウェストコースト・サウンドのフィドルといえば、この人とバイロン・バーラインでほぼ決まり--という感じの売れっ子セッションマンでもあった。日本でも熱心なファンがたくさんいたっけな。

 そんなこんなで、ブルーグラス・ボーイズ、ジム・クエスキン・ジャグ・バンド、ミュールスキナー、ロギンス&メッシーナ……など、これまでのキャリアをたどりながらいろいろかける予定。もちろんセッションワークも含めて。

 収録終了後は、久々に神保町へ足を延ばして、書店と楽器店を視察。あまりにごぶさたしていたもので、なんとなくストレンジャーになったような気分がした。やっぱり家に閉じこもってばかりではいかんな~……。

 そんなこんなで、放送は11月5日(木)午後8時から。どうぞよろしくお願いします。

2020年10月 9日 (金)

エキスプレスの時代

 雨の日が続いて、絶賛引きこもり中。よい機会なので、ほったらかしてあった取材テープ(といってもデジタル・ファイルだけれど)の整理などをする。日本のフォークの黎明期の話がなかなか面白い。

 70年代以前の日本のフォークのディレクターと言えば? 「東芝がカレッジ・ポップスでいちばん売れてる人たちをやっていた」「だから高嶋弘之さんだろう」「だってザ・リガニーズもそうだったし」「それにニッポン放送とバイタリス・フォーク・ビレッジでつながっていた」……ふむふむ。

 高嶋弘之さんと言えば、ビートルズを日本で売り出した人として知られる。ビートルズのあとはフォーク・クルセダーズや、ザ・リガニーズを担当したそうな。バイタリス・フォーク・ビレッジに関しては、麻田浩さんといっしょに本を作ったときに、いろいろお話をうかがったっけ。あれも東芝がらみだったのか……。

 そういえば、高校生の頃に東芝のフォーク全集を買ったことがあったような。そんなことを思い出して、段ボールの中をガサゴソと探っていたら見つかった。『ニュー・フォーク大百科事典』(Express)。LP3枚組のアンソロジーだ。3枚組で3000円と安価だったから買う気になったに違いない^^;

Expressfolk

 収録されているミュージシャンは、(記載順に)はしだのりひことクライマックス、トワ・エ・モア、加藤和彦、北山修、赤い鳥、ジローズ、シュリークス、はしだのりひことシューベルツ、ロック・キャンディーズ、キャッスル・アンド・ゲイツ、フォー・セインツ、黒沢久雄、遠藤賢司、浅川マキ、ザ・フォーク・クルセダーズ、ザ・リガニーズ、ジャックス。

 収録曲は、「帰って来たヨッパライ」「悲しくてやりきれない」「青年は荒野を目指す」「海は恋してる」「若者たち」「小さな日記」「あの素晴らしい愛をもう一度」「戦争を知らない子供たち」「家をつくるなら」「不思議な日」「竹田の子守歌」「翼をください」「河」「忘れていた朝」「風」「花嫁」「誰もいない海」「或る日突然」「夜が明けたら」「ほんとだよ」「からっぽの世界」……。

 なるほど、東芝がフォーク・シーンを牽引していた時代があったことがよくわかるラインアップだ。URCやベルウッドへと至る道とは、かなり距離がある気もするけれど……。

 残念なことに、レコーディング・データはまったく記載されていない。おまけにレコードの発売年もわからない。唯一の情報は、「Director:K・NITTA」のひとことだけだ。おそらく新田和長さんのことなのだろう。

 新田さんのお名前は、取材テープの中にも出てきた。ザ・リガニーズのメンバーで、バンド解散後は高嶋弘之さんに誘われて、東芝音楽工業に入社。オフコース、赤い鳥、RCサクセション、トワ・エ・モワ、加藤和彦、北山修、はしだのりひこなどを担当した。このアルバムの収録曲の多くも、新田さんが手がけたものだと思われる。

 レコードの発売年は……。社名が東芝音楽工業で東芝EMIではないところを見ると、73年10月以前。チューリップや荒井由実が入っていないということは、71年、あるいは72年まで絞れるかもしれない。

 エキスプレスは、東芝の中で、歌謡曲的ではない新しい音楽の道を志向した社内レーベルだったのだと思う。キングレコードから分かれたベルウッドのように、よりインディーズ的な方向に進む可能性もあったのかもしれないけれど、結局そこまで徹底はできなかった印象だ。

 さて、このレコードについてはこれくらいにして……。次はあがた森魚さんの講演テープでもチェックしてみようかな?

2020年9月 9日 (水)

ベラ・フレック特集のオンエアリスト

 今回はずいぶん早く音源が手に入った。9月3日(木)にFMラジオ「A・O・R」で放送されたベラ・フレック特集の音源である。

 番組のサイトで公開されたオンエアリストは以下のとおり。

  20:02 Up And Running / Bela Fleck
  20:09 Zona Mona / Bela Fleck & Flectones
  20:17 Oma And Opa / Bela Fleck & Tony Trischka
  20:21 On The Boulevard / New Grass Revival
  20:27 Just Because / Jorma Kaukonen
  20:31 Woolly Mammoth / Bela Fleck & Edgar Meyer
  20:39 Crossing The Tracks / Bela Fleck
  20:42 Deviation / Bela Fleck
  20:46 Atlantic Bridge / Davy Spillane

 ニュー・グラス・リバイバルが1曲、フレクトーンズが1曲、ソロが3曲、セッション・ワークが2曲、コラボが2曲(?)……と、それなりにバランスをとったつもりではある。トニー・トリシュカとのコラボは、2人がソロを持ち寄ったアルバム『SOLO BANJO WORKS』からのものなので、実質ソロ・ワークと言ってもいいのだが……。

 最初の選曲リストから漏れたのは、アフリカ各地でのジャム・セッションの様子をまとめた『THROW DOWN YOUR HEART』所収の「D'Gary Jam」。そしてチック・コリアとのデュオ・ライブの模様をまとめた『TWO』の「Senorita」。長い曲が多いから、全曲かけるのは無理だろうとは思っていたけれど、結果的にチック・コリアとのデュオが、エドガー・マイヤーとのデュオに負けたような形になったのは興味深い。まあ、ピックアップした曲同士を単純に比較すれば、「Woolly Mammoth」のほうが面白かったかもしれないな、とは思う。

 数あるセッション・ワークの中から、ヨーマ・コウコネンとデイビー・スピラーンを選んだのも難しい決断だったが、この2曲のプレイはほんとうに信じられないような名演なので、個人的には満足している。

 --というところで、以下は前回に続いてベラ・フレックとの個人的な思い出。

 スペクトラム解散後のベラ・フレックが、ニュー・グラス・リバイバルに加入したのは以前にも書いた。このニュースを耳にしたら、ベラさんの加わったNGRのライブを実際に体験したくなるのは人情というものだ。「カリフォルニアのストロベリー・フェスに出演するらしいぞ」と佐々木仁さんにそそのかされ、当時勤めていた出版社の仕事をさぼって見に行った。実はこのときがNGRのライブの初体験だったのだ。やはりフェスで見られたのは貴重な体験だった。それまでは座ったり、寝っ転がったりと、くつろいだ様子でステージをながめていた観客が、NGRの演奏が始まったとたんに、いっせいに立ち上がって踊りだしたのには、ぐっとくるものがあった。

 大阪(京都だったっけ?)のマップスさんが彼らを日本に呼んでくれたのは、そのちょっとあとのことだった。このときは読売ホールと日本教育会館ホールでじっくり見ることができた。すっかり忘れていたけれど、このときもサインをもらっていたんだな。フランスで発売されたライブ盤の裏ジャケットに。

Ngrliveb

2020年8月29日 (土)

ベラ・フレックとの個人的な思い出など^^;

 去年からず~っと伸ばしっぱなしにしていた髪を切った。

 前から切りたいとは思っていたのだけれど、コロナ騒ぎでなんとなく行きにくい空気が生まれ、そうこうするうちにお店が「完全予約制」などと言いだしたこともあって、めんどくさくなってほっぽってあったのだ。とはいえ、長くなったらなったで、それもまためんどくさくはある。しょうがないから覚悟を決めて電話を入れたーー;

 そうして髪を切ったのが昨日の午前中。夜は麻布十番のスタジオへ。「A・O・R」ベラ・フレック特集の収録である。当代一のバンジョー・プレイヤーとして、知らない人がいないような存在かと思っていたら、「ベラ・フレックを1時間丸ごとかけるなんて、おそらくこれまでなかったでしょう」とスタッフ氏に言われて、なるほど日本ではそれくらいの認識なのだな……とあらためて感心させられた。

 肝心の選曲だが、今回はかなり苦戦した。カバーするジャンルが多岐に渡りすぎていて、たかだか1時間枠では、とても網羅できそうにない。実際にセレクトしてみたら、ブルーグラスがほとんど入らなくなってしまった^^; ドレッドフル・スネイクスなども候補には挙げてみたのだが、ほかの曲と並べてみると、なんだかおさまりが悪いのだね。しかたがないので、思い切ってバッサリやった(すみません!)。結局ブルーグラス関連は、ニュー・グラス・リバイバルが1曲入る程度になりそうだ。ついでに言うと、フレクトーンズも1曲だけ。まあ、NGRやフレクトーンズのメンバーがバックを務めているソロ曲は入る予定だけれど。

 エレクトリック・バンジョーも、ほとんどの聴取者にはエレクトリック・ギターにしか聴こえないだろうということでカット。あのコンビの曲もカット。このコラボもカット……とめったやたらと切りまくることになってしまった。

 そんなに切って何が残ったかというと……その答は本番までのお楽しみ。放送は9月3日(木)午後8時からの予定です。放送枠のあるFM局の一覧は、「A・O・R」のサイトなどをご覧ください。

 --というところで、以下余談。今回、あらためてベラ・フレックの経歴について確認していたら、若い頃の話を思い出してしまった。これまでどこにも書いたことはおろか、話したこともなかったけれど、そろそろ時効でいいだろう^^;

 ベラ・フレックの初来日は、1981年。このときはブルーグラス・バンド、スペクトラムのメンバーだった。当時の私はまだサラリーマンで、ひたすらコンピュータのプログラムを書く毎日だったのだが、すでに退社してブルーグラス・リバイバル誌の編集者になることが決まっていた。その関係で、編集長の佐々木仁さんからお声がかかり、スペクトラムの東京公演の裏方をさせられることになった。彼らの招聘をしたのが、リバイバル誌……というか、ジューンアップルだったもので。

 たしか会場は日仏会館だったと思う。ベラ・フレックはまだ23歳くらいだったはずだが、すでにバンドのサウンド面をリードするような存在だった。バンジョーのテクニックも、早くも完成の域にあった。

Belafleckcrossing

 そのときにサインしてもらったソロ・アルバムがこちら。当時は書き損じかと思っていたが、その後、ファースト・ネームの「e」の上には「’」が付いていることを知って、遅ればせながら納得した。これで正しいんだ! ハンガリー系(マジャール語)の名前のようである。だとすると、本来の発音は「ベーラ」なのかな?

 サインをもらってそれっきりかと思っていたら、全ツアー終了後にもう一度会う機会があった。このときは「いまから来られるか」と電話で仁さんに言われ、会社からスーツ姿のまま駆け付けたのだった。スペクトラムの離日前に夕食の接待をするとかで、私にも会わせてやろうと配慮してくださったのだと思う。

 最初に入ったバー(知り合いのお店のようだった)で、ベラ・フレックがエレクトリック・ギターを手に取ってビートルズ・ナンバーを演奏し(歌なしの「Yesterday」だったかな?)、仁さんが「Kentucky waltz」を歌ったのを覚えている。そのあとレストランで食事をするなどいろいろあって、最後は池之端の高級クラブに行くことになった。私にとっては生涯初の(そして最後の?)クラブ体験である。メンバーが大はしゃぎする中、ベラ・フレックは隅っこのほうでおとなしくしていた。

 いちばん盛り上がっていたのは、リード・ボーカル、ギターのグレン・ローソンで、お店の女の子(たぶん二十歳そこそこ)をお持ち帰りしかねない勢いだった。女の子は英語がまったくしゃべれないらしく、私が通訳をさせられた^^; 女を口説く手伝いか~。私だってしゃべれないっちゅーのに。

 新加入のフィドルのジミー・マッティングリーは、実はまだ19歳だったらしいのだが、顔中を覆うようなひげ面だったので誰も未成年とは思わず、当然何のおとがめもなし^^; その風貌はともかく、酒を飲んではっちゃける姿はほんとにガキんちょそのものだった。

 ベースのマーク・シャーツは、哲人風というか、マイペースで飄々としていた。知的な雰囲気もあり、ちょっと好感を持った。

 そうこうするうちに、バンド内の空気がだいたい読めてきたのだが、ベラ・フレックとマーク・シャーツ組、グレン・ローソンとシミー・マッティングリー組とに分かれている感じで、その間にはなんとなくよそよそしい雰囲気が……。バンドの末期(もう解散が決まっていた)というのはこういうものなのかもしれないなと思った。

 リーダーでマンドリンのジミー・グッドローは、どちらにも組せずに超然としている印象だったけれど、身体はゴツくて、雰囲気はかなり怖かった。一度「うるさい」と後頭部をこづかれたりもした。……ということは、私もいつの間にやら個人的に盛り上がっていたのかもしれない^^;

 ともあれ、23歳のベラ・フレックはとてもシャイな感じで、一人静かに飲んでいた。いまにして思えば、グレンさんの通訳などしてないで、もっと話をしておけばよかった……。

2020年8月24日 (月)

クリス・シーリー特集をふり返る

 6月11日(木)JFN「A・O・R」午後8時より、クリス・シーリー特集。13歳のデビュー作から、いまをときめくパンチ・ブラザーズまで、マンドリンの音がてんこ盛りの1時間になったのではないかと思う。

 当日のオンアエリストは以下のとおり。

  20:02 I Should’ve Known Better / Nickel Creek
  20:09 Alex / Punch Brothers
  20:16 Shadow Ridge / Chris Thile
  20:19 Magpie / Aoife O’Donovan
  20:22 Attaboy / Yo-Yo Ma, Stuart Duncan, Edgar Meyer, Chris Thile
  20:30 Kid A / Punch Brothers
  20:37 This Side / Nickel Creek
  20:41 Familiarity / Punch Brothers
  20:46 Elephant In The Room / Chris Thile
  20:49 Rabbit In The log / Chris Thile & Michael Daves

 サラ・ワトキンスのボーカルをフィーチャーしたニッケル・クリークの曲から始まったのはまあいいとして、エンディングが、どブルーグラス(ギターとマンドリンのデュオだけど)というのは、なかなか大胆な……。これはこれで、意表を突かれて面白かったかもしれないけれど……。

 パンチ・ブラザーズの曲は長いものが多いため、ラジオ用に選曲するのは、けっこう苦労した。「Familiarity」は、3パートからなる10分半の大作で、全部はかからないだろうと思いつつ、しれっと選んでしまった^^; そのぶん、わりを食った形になったのがイーファ・オドノバンの曲で、せめてマンドリンのソロが出てくるところまでは入れてもらいたかったな~。

 ところで、次回の特集はバンジョーのベラ・フレックに決まった。楽しみではあるけれど、候補曲がものすごくたくさんありすぎるので、思い切ってばっさり切らないといけない。う~、これも難儀だな……。

2020年6月 6日 (土)

麻田さんの配信ライブ

 大事なことを書き忘れていた。

 6月4日(木)はラジオの収録のあと家に帰って、麻田浩さんとサエキけんぞうさんのインターネット・ライブ「生配信!パンク~ニューウェーブ徹底トーク」を見たのだった。「晴れたら空に豆まいて」からの中継で、例の『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)の裏話。

Haremame21

 だいたい前にうかがっていた話が多かったけれど、「鮎川誠の新しいバンドをエルビス・コステロの前座に」とオファーがあったときに、「見た目がコステロにそっくりだから面白い」と思ったという話は初耳だった。じゃあ、最初からそう思って仕掛けたんだ!

2020年6月 5日 (金)

またまたマンドリン特集

 たしか1998年に、ニッケル・クリークで来日しているはずだ。このときまだ17歳。当時の日記を調べてみたら、98年6月18日に渋谷オンエア・ウェストまで見に行っていた。

  正直に白状すると、そのときの印象は、マンドリンを弾くマシンのようだな--というもので、プレイヤーとしての技量には感心したものの、現在のような影響力のあるプレイヤーに成長するとまでは思わなかった。おのれの不明を恥じるばかりである。

 FMラジオ「A・O・R」の次回の特集は、クリス・シーリー。昨日の午後4時から、麻布十番のスタジオでその収録があった。天才マンドリン少年だったあの頃から、いまをときめくパンチ・ブラザーズに至るまで、一気に紹介させてもらう。

 2カ月ぶりのスタジオは、ずいぶん様子が変わっていた。テーブルの真ん中に透明の大きなついたてが立てられ、マイクもついたての向こうとこちらに1つずつ。これもコロナ対策の一環ということらしい。そんなわけで水族館の魚になったような気分でしゃべくった。

 放送は6月11日(木)午後8時から。13歳のデビュー作から、ニッケル・クリーク、パンチ・ブラザーズ、セッション・ワーク、そして最近のソロ作まで、ほぼまんべんなく取り上げたつもりだ。電波の届く地域の皆さんは、ぜひお聴きくださいませ。

2020年6月 1日 (月)

2か月前のサム・ブッシュ特集

 あぁ、もう2か月経ったのか。ぼーっとしている間に時間だけが過ぎていく。せつない……。

 FMラジオ「A・O・R」でサム・ブッシュ特集を放送したのが、2か月前の4月2日(木)。このときはマスクをつけて収録に出かけたのだった。考えてみれば、私はあれから電車に乗っていない。以前にも増して世間から隔絶した存在になってしまったような。

 いまさらではあるけれど、以下にサム・ブッシュ特集のオンエアリストを貼りつけておく。

  20:02 All Night Radio / Sam Bush
  20:09 White Freight Liner Blues / New Grass Revival
  20:17 Skippin’ In The Mississippi Dew / New Grass Revival
  20:19 Columbus Stockade Blues / Leon Russell with New Grass Revival
  20:22 One Of These Trains / New Grass Revival
  20:28 Too Late To Cry / Alison Krauss
  20:31 Walls Of Time / Emmylou Harris & The Nash Ramblers
  20:39 Girl Of The North Country / Sam Bush
  20:41 Same Ol’ River / Sam Bush
  20:46 Hartford’s Real / Sam Bush & David Grisman

 若干補足しておくと、「White Freight Liner Blues」は、フランス・トゥールーズのブルーグラス・フェスティバルのライブ音源。つまり、ベラ・フレックとパット・フリンが加入した後期NGRの演奏である。

 一方、レオン・ラッセルのバックを務めた「Columbus Stockade Blues」は、中期NGRのスタジオ録音。長いことお蔵入りしていたが、2001年に『Hank Wilson Vol.4』という形で、やっとリリースされた。

 ちなみに私の選曲リストから漏れたのは、これも後期NGRのライブ「Sapporo」と、シュガー・ヒルのクリスマス・アルバムから「Sleigh Ride」。さすがに「Sapporo」は長すぎたわな。20分近くある曲だもの^^;

 放送を聴き返してヒヤッしたのは、「のちにジョン・ハートフォードもカバーした『Skippin’ In The Mississippi Dew』」というくだり。わざわざ説明するまでもなく、話が逆ですね^^; 収録時に念を押しておいたのに……。ジョン・ハートフォードさんはいつか単独の特集で取り上げたいとたくらんでおるので、そのときに訂正できればいいな。

 そんなこんなで、次回の特集はクリス・シーリーに決まったそうな。デビッド・グリスマン、サム・ブッシュ、クリス・シーリー……とマンドリニストが続くなぁ。私はうれしいけど……。

2020年5月28日 (木)

画面の中の透明な庭 額縁の中のバイオリン

 5月27日(水)午後8時から、YouTubeの壷井チャンネルで、透明な庭スタジオLive「幻想電子展覧会」生配信。諸般の事情で2曲めの途中から視聴。

 このお二人の相性が抜群であることを、あらためて再確認させられた。知性と感性とがお互いに補完しあうような関係とでも言おうか。どちらか一方が知的で、もう一方が情熱的--というような単純な図式ではまったくないにせよ。

Tomeinaniwa

 バックのCG、音声、配信……など技術面をすべて引き受けていた壷井彰久さんの活躍も光った。もちろん最後はバイオリンで共演もしたのだけれど、これがなんとまあ、バックにかけられていた額縁の中からの登場で……。ワイプの技法と言ってしまえばそれまでなのだけれど、このアイデアはすごいわ! トリオでのセッションにも、トリニテとはまた違う迫力があったように思う。

Tomeinaniwa5

 上のリンクからアーカイブの動画につながるようなので、よかったら実際の様子を確かめてみてくださいませ。

2020年4月24日 (金)

ある歌の履歴

 「お前が言うか」とつっこまれそうな気もするけれど、私の母親はかなりの音痴だった。とにかく元のメロディどおりに歌えたためしがない。ほとんど作曲に近かったと思う^^; さらに言えば、歌詞もかなりあやしかった。

 それでも歌うのは好きだったようで、折にふれては鼻歌を歌っていた。レパートリーは年相応に、昔の唱歌とか、軍歌とかが多かったけれど、1曲だけ英語の歌も混じっていた。

  ぐっどばい・と・れでぃーす
  ぐっどばい・と・れでぃーす……

 たしか、歯科医の勉強をしていた専門学校時代(当時はまだ女性が学べる歯科大学はなかった)に習った--というようなことを言っていた気がする。

 さて、「Goodby to ladies」では英語としてヘンである。意味は何となく通じるけれど。あの母親のことだから、おそらく歌詞を間違えて覚えていたのだろう。元の歌がどんなものだったか多少の興味はあったものの、大正時代の、それも英語の歌だ。どうせわかるはずもあるまいとそのままにしていた。わかったところでどうということもないだろうし。

 ところがそれから何十年も経った今朝のこと、ふと思い立って調べてみる気になったのだ。とりあえず「goodby to ladies」でネット検索してみる。すると「Goodnight Ladies」というタイトルの歌が引っかかった。お、なんとなくそれっぽい。YouTubeにも上がっているようなので、さっそく聴いてみた。

  Goodnight, ladies!
  Goodnight, ladies!
  Goodnight, ladies!
  We're going to leave you now.

 あ、間違いない! 最初の「Goodnight」のところのメロディが合っている。そのあとは全然違うけれど、母親の「作曲」の流儀でああいう風に変わっていったのはよくわかる。歌詞もほぼ一致する。

 ……というか、この曲のメロディって、「メリーさんのひつじ」じゃないか! 長年探していた答がつい身近にあったなんて……。「青い鳥」じゃあるまいし。

 面白くなってさらに調べてみると、こんなサイトが見つかった。

  http://worldfolksong.com/songbook/usa/goodnight-ladies.html

 それによると、この歌はクリスティ・ミンストレルズのレパートリーで、作者はE.P.クリスティ本人。発表されたのは1847年だそうだ。要するに、私の研究しているジャンルそのものだったのだな。これにはほんとうに驚いた。ずいぶん時間がかかったけれど、ようやくたどり着くことができて、ただただうれしい。ハッピーな気分だ。

 ちなみに、上記のサイトによれば、この「Goodnight Ladies」のメロディが、すでに存在していた「メリーさんのひつじ」の歌詞に流用された説もあるのだそうな。いやぁ、このサイトはすごい! お薦めです!

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