映画・テレビ

2021年2月12日 (金)

レディ・ガガの素顔を見る

 2月11日(木)建国記念の日。午後2時よりNHK-BSシネマで『アリー/ スター誕生』。30分ほど遅れて見始める(放映されるのを知らなかったもので)。

 レディ・ガガ主演の音楽映画。監督(&共演)はブラッドリー・クーパー。クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見たときに予告編が入ってちょっと気になっていた。

 結論から書くと、予告編の演奏シーンがいちばんよかったような気がする^^; 無名の女性歌手がロック・スターに見いだされてスターの階段を上るというストーリー。クリエイターとしての葛藤や、商業主義との対立がもっと掘り下げられるかと思っていたら、肩透かしを食らった。結局、音楽は男女の恋愛ドラマの添え物にすぎなかったのか。

 調べてみて驚いたのは、これが3度めのリメークだったこと。1937年(!)のオリジナル版は、ミュージシャンの話ではなくて映画俳優の出世物語だったようだ。後半の山場のグラミー賞のシーンが、もとはアカデミー賞だったと知って納得。

 個人的な覚書。ウィリー・ネルソンの息子のルーカス・ネルソンが、バンドのメンバーとして出演。とくに演技はしていないけれど、音楽面ではかなり貢献しているそうな。

2020年11月10日 (火)

NHK-BSならよかったのに

 あくまでも個人的な感想ではあるけれど、見終わって高揚感を得られるたぐいの映画ではなかったような気がする。

Thaband

 ふと思い立ち、角川シネマ有楽町まで『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』を見に行ってきた。ホークス時代の演奏など、初めて見る映像はよかったけれど、いろんな関係者がロビー・ロバートソンを誉めるのを聞かされ続けるのは疲れる……。NHK-BSあたりで見るのがちょうどいいくらいの内容だったかもしれない。

 はっきり言って、ロビー・ロバートソンよりもリボン・ヘルムのほうに思い入れが強いもので、私の書くことは話半分に読んでいただけたらとも思うのだが、リボン・ヘルムの側から見たザ・バンドのストーリーを「妬みと妄想の産物」みたいに片付けていたのは、ちょっとね……。

 ロバートソンが、ドラッグや酒に溺れていくほかのメンバーを悲しい思いで見ていたというのは、おそらく事実なのだろう。それはそれとして、解散の経緯についてはほとんど具体的に語らず、いきなり「ラスト・ワルツが彼らがいっしょに演奏した最後のステージになった」ですませるのは、やっぱり違うような気がするな。無理に美しいストーリーにしなくたってよかったんだ。

 なんて言いつつ、ラストの「The Night They Drove Old Dixie Down」を歌うリボン・ヘルムの映像にはしんみりさせられたかも。逆説的に言って、この人の存在感を感じさせる映画でもありました。

2020年9月26日 (土)

ジョニー・キャッシュが犯人で、ミッキー・スピレーンが被害者?

 雨が続いて、家にこもる毎日。

 調べ物をしたり、歌を歌ったり、テレビを見たり。

 NHK-BSで『刑事コロンボ』の再放送をやっているようだが、昔ほど面白く感じられないのが不思議だ。それでもゲストが気になって、つい見てしまう。

 先日はジョニー・キャッシュがゴスペル・シンガーの役で出てきてハンク・ウィリアムスの「I Saw The Light」を歌っていた。もちろん奥さんを殺しちゃう役どころである。

 ミッキー・スピレーンがベストセラー作家の役で出てきたこともあったな。こちらは犯人役ではなくて、最初のほうであっさり殺されてしまうのだった。

 たしかジョン・デンバーが保安官の役かなにか(犯人でも被害者でもない)で出てくる回もあったはずだけれど……。途中でアーチトップ・ギターを弾くシーンが印象的だったんだよな。フラットトップじゃないんだ~とか思って(あの頃からギター・オタクだったのか……)。

 ジョニー・キャッシュが弾いていたのは、はっきり確認はできなかったけれど、マーティンのブラック・フィニッシュのカスタム・ギターだったろうか? 実際のステージをそのまま撮影しているようなシーンもあったな。

 これとは別の回で、本物のハリウッド・ボールを使ってオーケストラのコンサートを撮っていたこともあった。ガキの頃は気にしていなかったけれど、ディテールまでずいぶん本格的だったのだな。

2020年8月 6日 (木)

デジタル元年!

 デジタルへの切り替えから、はや10年近く。我が家ではず~っとアナログテレビで頑張っていたのだが^^;このほどあまったテレビを譲ってくださるという奇特な方が現われ、ようやくテレビのデジタル化が実現した。

 問題は、これまでは壁に掛けて利用していたため、据え置き用の脚がないことだ。ネットで使えそうな製品を探すと、1,780円でそれらしいものが見つかった。

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 これがそのテレビスタンド・キット。本体のほかにネジだの工具だのがわんさかついている……。

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 とりあえず説明の図面どおりに組み立てる。プラモデルに比べたら楽勝……。

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 ワッシャをかましてテレビの裏にネジ留め。テレビ等のマウントの仕様は、VESA規格というので定められているそうで、問題なく取り付けられた。

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 両脚を付けるとこんな感じ。最初は垂直に立つように組み立てたのだが、実際に立ててみるとなんとなく違和感があったため、ネジ穴の位置を変えて少し後ろに傾くように直した(可変式ではないので、角度を変えるにはいったんはずしてまた組み直さないといけない)。

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 チェリー材のAVラックに設置。あつらえたようにサイズがぴったりあった。めでたし。次は壊れているビデオデッキを新しくして、録画ができる環境にしたいな^^;

2019年10月26日 (土)

タヌキとモード

  土曜日の朝。朝食を食べながら、NHKーEテレの「ムジカピッコリーノ」の再放送をぼーっと見る。

 ドレミファソラ……とCのメジャースケールの順に音が並んだ木琴(シはなかったかな?)が出てきて、ここからドとミの音板を外し、ドとミの音が出ないクラリネット状態にして演奏をする(ゲンコツ山のたぬきさん……それとも、あんたがたどこさ……だったか?)。

 つまりレファソラの4音なのだが、主音はソだった。あ、ちょっと面白い! Gメジャーのスケールならファ#になるところが半音下がっている。

 次にラの音板も外してレファソの3音で演奏する(お絵かき歌)。

 さらにレも外してファソの2音(どれにしようかな……)。最後にファも外してソだけ(曲名……というか歌詞忘れた^^;)。

 どれも日本の伝統的な遊び歌で、主音はすべてソである。いちばん最後の例を除けば、すべて短七度のファの音が入っている。音がずいぶん抜けているので、あてはまるスケールは1つとは限らない。Gのナチュラルマイナー・スケールと解釈するのがいちばん素直なのだろうが、モード的な解釈をしたほうが面白いんじゃないかという気がした。たとえばドリアンみたいな。こういう伝統曲って、なんとなく普通の短調と雰囲気が異なっているような気がするんだよな……。

2019年9月12日 (木)

個人的には看護婦役のエルザ・ランチェスターさんが好み^^;

 NHK BSプレミアムで、ビリー・ワイルダー監督の映画『情婦』(1957年 アメリカ)を見た(11日)。

 アガサ・クリスティの原作『検察側の証人』は読んでいたし、マレーネ・ディートリッヒさんが重要な役で出演していることも知っていたのだが、一人二役のトリックだと頭ではわかっていながら、心がついていけなかった^^;

 どう見ても別人28号やん!

2019年4月26日 (金)

20世紀初頭のケンタッキーを描く

 NHK BSプレミアムの映画枠。ジョン・フォード監督の『太陽は光り輝く THE SUN SHINES BRIGHT』(1953年 アメリカ)。

 南北戦争から40年ほど経過した20世紀初頭のケンタッキー。いまだに戦争のしこりが残る町の老判事(元南軍のビューグル吹き)が主人公ということで、基本的に南軍サイドの視点で描かれていた。当然のように南軍旗もぼんぼん出てくる。

 面白かったのは、バンジョーばかり弾いていて働かない^^;という罪状(?)で裁判所に連れてこられた黒人少年を裁くシーン。「弾いてみせろ」とうながされた少年が「Marching Through Georgia」を弾き出すと、とたんに不機嫌になる老判事。事情を察した関係者が曲を無理やり「Dixie」に変えさせると、やっと機嫌を直す。

 ライ・クーダーが音楽を担当した『LONG RIDERS』にも似たようなシチュエーションがあったっけな。あちらのほうは、もっと緊迫した場面だったけれど。

 「Dixie」の作者のダン・エメットは、南部の人ではなかったのだが、ミンストレル・ショーのために書かれたこの曲を南部の人たちは自らのものとし、南北戦争当時も愛唱したという。

 もっとも音楽自体は期待外れで、上記のシーンのアテレコ(あからさまに役者の動きと異なる)は、テナー・バンジョーをピック弾きしているような音だった。楽器はオープン・バックの5弦のように見えたのに。

 その後のダンス・パーティのシーンにもバンジョー楽団が登場したが、こちらは本格的なテナー・バンジョー(一応オープンバック)のフラット・ピッキング。ふ~む。時代的にも、地域的にもビミョー。随所に聴かれる黒人たちの洗練された唱法も気になった……。

 音楽を担当したのは、大御所のビクター・ヤング。オールドタイミーとまではいかなくても、もうちょっとルーラルなサウンドでまとめてほしかったような。あ、でも、ハーモニカはわりと効果的に使われていたかも。

2018年12月20日 (木)

ライブ・エイドのクイーン

 単行本が校了になって余裕ができたので、先週の土曜日に見た話題の映画『ボヘミアン・ラプソディ』の感想について書いてみようと思う。見に行くまでは、なぜいまになってクイーンの映画が作られ、それがなぜ大ヒットしたのか、さっぱりわからなかったのだが、見終わったいまとなっても、実はよくわかっていない^^;

Queen1

 映画自体は楽しめたし、とくに演奏のシーンにはわくわくもさせられたけれど、だからと言ってそれだけでこんなに大ヒットするものだろうか?

 フレディ・マーキュリー以上にブライアン・メイが本物にそっくりだったり、使用していた楽器や機材が忠実に再現されていたりと、たしかに見どころはいろいろあるけれど、そういう細かな点に感心するのは、ごく一部のマニアだけじゃないのかな?

 そもそも音楽映画として見てもかなり破格で、実際のコンサートやツアーの模様を撮影したドキュメンタリーではもちろんないし、役者が扮するミュージシャンのストーリーにしてはコンサートの再現に比重が置かれすぎている。

 マイノリティとしての差別体験、成功までの道のり、同性愛も含む恋愛模様、裏切るスタッフ、バンド内のあつれき、不治の病の告知……など、ひととおりのドラマはあるものの、どれも薄味というか、すべてラストに用意されたライブ・エイドのステージのための布石にすぎないような印象だ。

 とにかく、ライブ・エイドを忠実に再現しようと努力するスタッフの執念には、恐れ入るしかない。なぜこれほどまでに頑張ったのだろう? まあ、結果的にこのシーンがウケているわけだから、努力はむくわれたとも言えるのだけれど……。

Liveaid

 そんなわけで、ずっとしまいっぱなしになっていたライブ・エイドのDVD4枚組ボックスセットを久々に取り出してきた。そしてこれを見返して、「うわぁ、映画にそっくりだ!」という本末転倒な気分を味わった。はっきり言って、映画のほうがクリアな画質で、構図もちゃんとしていたりするのだけれど……。

 DVDに収められたクイーンの演奏は全部で6曲。もしかして、当日のパフォーマンスがすべて収録されているのかな? フレディ・マーキュリーがピアノで弾き語る「ボヘミアン・ラプソディ」のイントロから「Radio Ga Ga」につながり、観客とのコール&レスポンスをはさんで、映画ではカットされた(?)「Hammer To Fall」「Crazy Little Thing Called Love」。そして「We Will Rock You」「We Are The Champions」でフィナーレ。

 いやはや。メンバーのいでたち、ブライアン・メイの自作のギター、VOXのアンプの並び、バックの壁、会場を埋め尽くす観客に至るまで、瓜二つだ! 結局、真実はディテールにやどるっていうことなのかしらね? ある意味、とても恐ろしい映画と言えるかも。似たようなコンセプトの映画が作られるようになる可能性もあるのかな?

2018年8月17日 (金)

タコノマクラという名前が好きだな

 NHK総合TVのバラエティ「日本人のおなまえっ!」。だんだん迷走してきているような気がしないでもないけれど、8月16日(木)のテーマは、生物のお名前。またしても、日本人の名前と全然関係ないジャン。

 誰か知ってる人が出てくるかなと思って見ていたら、ダニの権威、青木淳一先生が解説者としてご出演されているではないか!

 学生時代にクモの研究をしていた私としては、ダニは遠い親戚みたいなもので、青木先生のお話も何度かうかがったことがあったのだ。だいぶお年を召されたご様子ではあるけれど、お元気そうで何より。

 それにしても生物学者って、浮世離れした感じの人が多いよな~。いや、青木先生がそうだと言いたいわけじゃなくて……。

2018年7月20日 (金)

ブロードウェイの父の実像

 遅めの昼食をとりながら、NHK-BSの洋画『ヤンキー・ドゥードル・ダンディ』を見る。たまたまテレビをつけたらちょうど始まったところで、結局最後まで見てしまった^^;

 1942年のワーナー映画。「ブロードウェイの父」とも呼ばれるアイルランド系アメリカ人のエンターテイナー&作詞作曲家&プロデューサーのジョージ・M・コーハンの一代記だ。ボードビルやミンストレル・ショーの芸人としてキャリアをスタートさせ、ブロードウェイで成功し、大統領から勲章(ゴールド・メダル)をもらって、めでたしめでたし……というストーリー。この叙勲は、第1次大戦の戦意高揚に貢献した功績をたたえるものだったようなのだけれど、そもそも映画が公開されたのが太平洋戦争の真っただ中だったということは、この作品自体が「さあ、日本をやっつけるぞ~!」という戦意高揚を目的としていたフシもある。

 この事実に気づいたとたん、いきなり当事者にさせられてしまったような気分になった。まあ、製作期間を考慮すると、最初から日本のみをターゲットにした企画ではなかったような気もするのだけれど……。

 日本との関わりはとりあえず置いておくとしても、コーハンは愛国的なミュージカルや軍歌をいっぱい書いていたようで、たぶん私の苦手なタイプだと思う^^; 性格的にもかなり自己チューな人だったみたいだし(とくに若い頃は)、お近づきにならずにすんでよかったかも……。

 あれ、おかしいな? こういうややこしい話を書きたかったわけじゃないのに。実はいちばん書きたかったのは、コーハンの自作曲の中にアメリカの伝統歌がいっぱい挿入されていたことなのだった。この使い方がなかなかうまいなと思って。「Yankee Doodle」はもちろん、「Dixie's Land」「Battle Hymn of the Republic」「When Johnny Comes Marching Home」など。南北戦争当時の歌が多い(「Yankee Doodle」も南北戦争のときにリバイバルしている)のは、コーハン的にはやはり軍歌っていう扱いだったのかな……?