« エキスプレスの時代 | トップページ | 1001件め »

2020年10月13日 (火)

科学部と読書感想部

 私の通っていた区立の小学校には、高木先生という理科選任の先生がいた。理科の時間だけは担任の先生から教わらず、高木先生のいる理科室まで移動して指導を受けることになっていた。よその学校の事情はよく知らないけれど、一教科だけの先生というのは珍しかったのではないかと思う。

 高木先生は大学教授になれるような人なのに、小学生に教えるのが好きでずっとうちの小学校にいるのだ--と父兄の間ではもっぱらの噂だった。ご本人から聞いた話ではないので、真偽のほどはわからない。

 理科が好きになったのは、高木先生のおかげだったかもしれない。理科の時間だけでは物足りなくなって、クラブ活動でも科学部を選んだ。クラブといっても放課後にやる部活ではなくて、週に1回のカリキュラムに組み込まれた全員参加の授業だったのだけれど。

 科学部では、最初に高木先生が実験をやってみせてくれて、それからみんなでその実験を実際に体験した。これが楽しみで、毎週わくわくしながら待っていた。

 あるとき先生が、「来週はこれをやるから」と次回の予告編を見せてくれた。3色の液体をメスシリンダーの中に注ぎ込み、混ざらずに三層になったり、逆に混じって1色になったりするような実験だった。まるで手品みたいだ。

 どういう仕組みか自分なりに見当はついたけれど、はたしてそれが正解だったかどうか? 残念ながら先生の種明かしを見せてもらうことはなかった。胃潰瘍が悪化したとかで、突然入院して手術をすることになったと聞かされた。結局、私が卒業するまでに先生は戻ってこなかった。

 科学部の活動がストップしたため、所属していた生徒たちはほかのクラブに割り振られることになった。私を受け入れてくれたのは、読書感想部だった。本を読んで感想文を書くという、ただそれだけの、群を抜いてつまらないクラブである。快く引き受けていただいた身でありながら、こんなこと言うのは申し訳ないとは思う。でも、本を読むのは好きだったけれど、読書感想文を書くのは心底嫌いだった。

 読書感想部の担任は、やさしそうな女の先生だった。学級文庫の中から好きな本を自由に選んでいいと言われた。もう6年生も終わり頃だったから、面白そうな本はあらかた読んでしまっていたと思う。そもそも学級文庫に、そんなにたくさん本があるわけでもない。残った中から適当に見繕って、タイタニックのドキュメンタリーを手に取った。

 おおむね予想していたとおり、たいして面白い本ではなかったけれど、それでもタイタニックの事故に関する知識はこの本でひととおり覚えた。問題はすぐに本を読み終えてしまったことだ。読み終えたら感想文を書かなくてはならない。それが嫌で、それからの何週間かは、まだ本を読み終えていないふりをしつつ、同じところを何度も読み返してすごした。こうして感想文を書かずに、無事卒業の日を迎えることができたのは何よりだ^^;

 思えば、小学校から高校までを通して、読書感想文の書き方について教えてもらったことは一度もない(大学は理系だったのでしょうがないとして)。若い頃にちゃんと教えてもらっていたらよかったのにな--とCD評やら書評やらを書くのが日常のようになっているいま、本気でそう思う。小学校のときにメソドを身に着けていれば、少しは違ったんじゃないかな……なんて。指導要領ではどういう扱いになっていたんだろうね?

 タイタニックの事故を扱ったバラッドについて調べていたら、タイタニックつながりでいろいろつまらないことを思い出してしまった。なんにせよ、批評文や評論の書き方は、小中学校あたりで一度ちゃんと指導したほうがいいんじゃないかという気がする。

« エキスプレスの時代 | トップページ | 1001件め »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« エキスプレスの時代 | トップページ | 1001件め »