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2020年8月29日 (土)

ベラ・フレックとの個人的な思い出など^^;

 去年からず~っと伸ばしっぱなしにしていた髪を切った。

 前から切りたいとは思っていたのだけれど、コロナ騒ぎでなんとなく行きにくい空気が生まれ、そうこうするうちにお店が「完全予約制」などと言いだしたこともあって、めんどくさくなってほっぽってあったのだ。とはいえ、長くなったらなったで、それもまためんどくさくはある。しょうがないから覚悟を決めて電話を入れたーー;

 そうして髪を切ったのが昨日の午前中。夜は麻布十番のスタジオへ。「A・O・R」ベラ・フレック特集の収録である。当代一のバンジョー・プレイヤーとして、知らない人がいないような存在かと思っていたら、「ベラ・フレックを1時間丸ごとかけるなんて、おそらくこれまでなかったでしょう」とスタッフ氏に言われて、なるほど日本ではそれくらいの認識なのだな……とあらためて感心させられた。

 肝心の選曲だが、今回はかなり苦戦した。カバーするジャンルが多岐に渡りすぎていて、たかだか1時間枠では、とても網羅できそうにない。実際にセレクトしてみたら、ブルーグラスがほとんど入らなくなってしまった^^; ドレッドフル・スネイクスなども候補には挙げてみたのだが、ほかの曲と並べてみると、なんだかおさまりが悪いのだね。しかたがないので、思い切ってバッサリやった(すみません!)。結局ブルーグラス関連は、ニュー・グラス・リバイバルが1曲入る程度になりそうだ。ついでに言うと、フレクトーンズも1曲だけ。まあ、NGRやフレクトーンズのメンバーがバックを務めているソロ曲は入る予定だけれど。

 エレクトリック・バンジョーも、ほとんどの聴取者にはエレクトリック・ギターにしか聴こえないだろうということでカット。あのコンビの曲もカット。このコラボもカット……とめったやたらと切りまくることになってしまった。

 そんなに切って何が残ったかというと……その答は本番までのお楽しみ。放送は9月3日(木)午後8時からの予定です。放送枠のあるFM局の一覧は、「A・O・R」のサイトなどをご覧ください。

 --というところで、以下余談。今回、あらためてベラ・フレックの経歴について確認していたら、若い頃の話を思い出してしまった。これまでどこにも書いたことはおろか、話したこともなかったけれど、そろそろ時効でいいだろう^^;

 ベラ・フレックの初来日は、1981年。このときはブルーグラス・バンド、スペクトラムのメンバーだった。当時の私はまだサラリーマンで、ひたすらコンピュータのプログラムを書く毎日だったのだが、すでに退社してブルーグラス・リバイバル誌の編集者になることが決まっていた。その関係で、編集長の佐々木仁さんからお声がかかり、スペクトラムの東京公演の裏方をさせられることになった。彼らの招聘をしたのが、リバイバル誌……というか、ジューンアップルだったもので。

 たしか会場は日仏会館だったと思う。ベラ・フレックはまだ23歳くらいだったはずだが、すでにバンドのサウンド面をリードするような存在だった。バンジョーのテクニックも、早くも完成の域にあった。

Belafleckcrossing

 そのときにサインしてもらったソロ・アルバムがこちら。当時は書き損じかと思っていたが、その後、ファースト・ネームの「e」の上には「’」が付いていることを知って、遅ればせながら納得した。これで正しいんだ! ハンガリー系(マジャール語)の名前のようである。だとすると、本来の発音は「ベーラ」なのかな?

 サインをもらってそれっきりかと思っていたら、全ツアー終了後にもう一度会う機会があった。このときは「いまから来られるか」と電話で仁さんに言われ、会社からスーツ姿のまま駆け付けたのだった。スペクトラムの離日前に夕食の接待をするとかで、私にも会わせてやろうと配慮してくださったのだと思う。

 最初に入ったバー(知り合いのお店のようだった)で、ベラ・フレックがエレクトリック・ギターを手に取ってビートルズ・ナンバーを演奏し(歌なしの「Yesterday」だったかな?)、仁さんが「Kentucky waltz」を歌ったのを覚えている。そのあとレストランで食事をするなどいろいろあって、最後は池之端の高級クラブに行くことになった。私にとっては生涯初の(そして最後の?)クラブ体験である。メンバーが大はしゃぎする中、ベラ・フレックは隅っこのほうでおとなしくしていた。

 いちばん盛り上がっていたのは、リード・ボーカル、ギターのグレン・ローソンで、お店の女の子(たぶん二十歳そこそこ)をお持ち帰りしかねない勢いだった。女の子は英語がまったくしゃべれないらしく、私が通訳をさせられた^^; 女を口説く手伝いか~。私だってしゃべれないっちゅーのに。

 新加入のフィドルのジミー・マッティングリーは、実はまだ19歳だったらしいのだが、顔中を覆うようなひげ面だったので誰も未成年とは思わず、当然何のおとがめもなし^^; その風貌はともかく、酒を飲んではっちゃける姿はほんとにガキんちょそのものだった。

 ベースのマーク・シャーツは、哲人風というか、マイペースで飄々としていた。知的な雰囲気もあり、ちょっと好感を持った。

 そうこうするうちに、バンド内の空気がだいたい読めてきたのだが、ベラ・フレックとマーク・シャーツ組、グレン・ローソンとシミー・マッティングリー組とに分かれている感じで、その間にはなんとなくよそよそしい雰囲気が……。バンドの末期(もう解散が決まっていた)というのはこういうものなのかもしれないなと思った。

 リーダーでマンドリンのジミー・グッドローは、どちらにも組せずに超然としている印象だったけれど、身体はゴツくて、雰囲気はかなり怖かった。一度「うるさい」と後頭部をこづかれたりもした。……ということは、私もいつの間にやら個人的に盛り上がっていたのかもしれない^^;

 ともあれ、23歳のベラ・フレックはとてもシャイな感じで、一人静かに飲んでいた。いまにして思えば、グレンさんの通訳などしてないで、もっと話をしておけばよかった……。

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