« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »

2020年3月

2020年3月25日 (水)

満を持してのサム・ブッシュ特集

 地下鉄南北線に乗るのは久しぶり。さすがにこのご時世で、マスクをつけている人が多い。スタジオの中にもハンドジェルが置いてあった。ありがたく使わせていただく。

 午後3時から麻布十番のスタジオで、FMラジオ「A・O・R」の収録。今回は、うれし恥ずかしサム・ブッシュ特集である。出かける前に、昔のフレッツ誌(1979年7月号)のサム・ブッシュの記事を読み返した。このときは、表紙がサム・ブッシュさんじゃなかったんだよな。ロイド・ロアの記事も、この号に載っていたんだな。そうそう、リットーミュージックが輸入販売していたんだった。代理店契約ってヤツかな?

Frets

 ……なんて懐かしがっている場合じゃなくて、サム・ブッシュ特集なのだった。個人的に思い入れが強いもので、かなり気合を入れて臨んだのだが、空回りせずにすんだかどうか。しゃべりたいことがたくさんありすぎて、やや早口になってしまった気がするのが反省材料かも。かけたい曲が多すぎて、選曲もたいへんだった。とりあえず、ニュー・グラス・リバイバル以前はカット。セッション・ワークもちょっとしか拾えなかった。

 なにはともあれ、そんなサム・ブッシュ特集の放送は4月2日(木)午後8時からの予定です。電波の届く範囲の皆様はなにとぞよろしゅーに。

2020年3月24日 (火)

歩く人

 COVID-19(新型コロナウィルス)の蔓延で、イタリアでは散歩やジョギングも禁止の地方まであるそうな。日本もいつそうなるかわからない。せいぜいいまのうちに歩き回っておこう。こう言うとロクデナシにしか聞こえないだろうが(実際そのとおりだ!)、ほとんど歩くだけの人生みたいなものだから。

 なるべく人混みは避け、店には入らず、物は買わず、クシャミはこらえ、地下街にも出入りしない。

 他人にうつされるのがイヤというのもあるのだけれど、それ以上に自分がうつす側に回るのが怖い。検査をしてもらえない以上、かかっているかどうか判断はつかず、そうするよりほかはない。

 気が向けば写真は撮る。カメラにはウィルスは感染しないから。

 そんなわけで、ここ1週間ほどの間に撮った写真いろいろ。

Tyugaku1

 先ごろ建て直された隣の中学の校舎。校庭の一部を開放していて、自由に出入りできる。

Tyugaku2

 その解放エリア。ちょっと前まではこんな様子だったが……。

Tyugaku3

 今日は桜が満開に。例年よりもずいぶん早いような。

Koen

 こちらは家の近くの公園にある区民ひろば裏の桜。

Apart

 同じく家の近くのよい風情のアパート。夏草の茂った頃の景色もまたよし。

Yukiyanagi

 石神井川沿いの遊歩道に咲くユキヤナギ。

Yurikamome

 石神井川には、まだユリカモメの姿も見られた。

Mansion

 日影規制の関係か面白い形に建てられたマンション。

2020年3月20日 (金)

雨にも負けず、風邪にも負けず……

 3月19日(木)午後5時より、小川町のシンコーアネックスビルで、やぎたこのお二人にインタビュー。悪い風邪が流行っているとかで、マスクをして出かけたのだが、お二人が気にしていらっしゃらないご様子なので、結局、取材中ははずしてしまった。たった布切れ1枚なのに、心理的な距離感がずいぶん違うように感じるのは不思議だな。

 取材のテーマは、URCをはじめとする70年代の日本のフォーク。やぎたこのアルバム『WE SHALL OVERCOME』とも絡めて、フォーク系のミュージシャンのみなさんとの交流のお話などをうかがった。奇特なことに、お二人とも以前から私のことをご存知ということで、なんとなくわきあいあいとした仕事になったような……。

 インタビュー終了後も、近所のウッドストック・カフェに連れて行っていただいて音楽談義の続き。このロックカフェは、やぎたこのライブはもちろんのこと、『WE SHALL OVERCOME』のレコーディング・セッションの現場としても使われたのだという。アコースティック・ギター、エレクトリック・ギターやマンドリン、ブルースハープにカズーまで置いてあるという、いかしたお店だった。それにしても、やぎたこのお二人のアメリカン・ルーツ・ミュージックに関する知識量が半端じゃなくて、もうたじたじ……。おまけにビールごちそうさまでした(こればっか^^;)。

2020年3月18日 (水)

グリスマンその後

 2月6日(木)に放送された>FMラジオ「A・O・R」デビッド・グリスマン特集のオンエアリスト。

  20:02 Waiting On Vassar / David Grisman
  20:09 I’m Satisfied / John Sebastian & David Grisman
  20:16 The Hobo Song / Old & In The Way 
  20:22 Dawgma / David Grisman Quintet
  20:27 Barkley’s Bug / David Grisman Quintet
  20:31 Cedar Hill / David Grisman
  20:37 ‘Lil Samba / David Grisman
  20:41 Poncho And Lefty / Old & In The Gray
  20:46 The Thrill Is Gone / Jerry Garcia & David Grisman

 やっと放送音源を聴くことができたのはいいのだけれど、グリスマンの名前が出てくるたびに、枕詞のように「ブルーグラスのマンドリン奏者」と紹介されるのは、けっこうヒヤヒヤした。ドーグの「ド」の字も出てこないんだもんな~。最後のトドメが、「同じブルーグラスでも私には洗練された音楽のように聴こえました」という締めのお言葉……。

 私のコメントの部分はドーグ中心で、「ブルーグラス・バンドに参加していたこともある」「ブルーグラスの影響もある」以上のことは言ってなかったから、聴かれていた方は混乱したかもしれない。そもそも、かけた曲のうちで、なんとかブルーグラスと言い切れるのは「The Hobo Song」くらいだもの。

 マンドリンの歴史的な位置づけにしても私の個人的見解とはちょっと異なるんだけど(おそらくスタッフのみなさんは、かつてアメリカでマンドリン・オーケストラのブームがあったこともご存知ないはず^^;)、まあそこはいいか。

 ……とまあ、老婆心からいろいろ書いてしまったけれど、グリスマンの特集を1時間もやらせてもらったことについては、もちろん感謝してます。つくづくいい番組だと思う。私のコメントもしっかり活かしてくれるし。これは自分の利害に関係ない客観的な感想。

 選曲について少しフォローしておくと、「Dawgma」は、ステファン・グラッペリをゲストに迎えてのライブ音源。「Cedar Hill」は『MONDO MANDO』のスタジオ・バージョン。

 今回は時間の都合でカットされた曲も多かった(なにしろ長い曲ばかりなので……)。選曲リストから漏れたのは、「EMD」(DGQのファースト)、「Silent Night」(クリスマス・アルバム)、「Swing '42」(『TONE POEMS』のトニー・ライスとのデュオ)、「Chassidic Medley」(アンディ・スタットマンと共演したクレズマー)、「Airmail Special」(ジョン・ハートフォード、マイク・シーガーとの共作『RETROGRASS』)--と計5曲。ほんとはデッドの曲も入れたかったところだけれど、「Friend of the Devil」や「Ripple」は、同じこの番組ですでにかけさせてもらったことがあったので、重複を避けた。

 なにはともあれグリスマン特集が実現して、もう思い残すことはない……と思っていたら、次回はなんとサム・ブッシュ特集をやるという。おぉ、私の最愛の人を! うれしすぎる!

2020年3月14日 (土)

ジャズ・ギターへの道

 マンドリン・オーケストラのブームに乗って順調に業績を伸ばしていたギブソンは、1922年にアーチトップ・ギターの歴史を塗り替えることになる新たなモデルを発表する。ご存知、マスター・モデルのL-5である。

  L-4からの主な変更点は、サウンドホールがオーバル(楕円)からf型に変わったこと。ネックとボディのジョイント位置が12フレットから14フレットに変わったこと。ブリッジが高さの調節のできるアジャスタブル・タイプに変わったこと、など。この時点では、ボディ・サイズはまだ16インチ幅のままだった。

L5

 当時のカタログの図版を拝借してきた。このカタログを読むと、上記のような改良点は、F-5マンドリンで効果が立証された独自開発の構造をギターに応用したものである--というようなことが書いてある。F-5が発売されたのも同じ22年なので、ほぼ同時期のプロジェクトと言えるのではないかと思うのだが、まずマンドリンありきだった当時の状況がうかがい知れるようで興味深い。また、fホールを採用した意図は、より大きな音量を得るため。14フレット・ジョイントはハイポジションでの演奏性を高めるためだったことも明記されている。

 ジャズ・エイジと呼ばれた20年代以降、ギターはより大きな音量を求められるようになっていく。管楽器やドラムと共演する機会が増えたことが大きかったのだろう。ジャズのコード楽器として急速に人気を高めていたテナー・バンジョー(伝統的な5弦バンジョーとは異なり、演奏スタイルはマンドリンに近い)に、音量の点でひけをとっていたことも、看過できないポイントだったと思われる。

 16インチ・ボディのL-5は、もともといちばん大きなサイズのギターだったのだが、さらに大きな音量を求めて、34年には17インチのアドバンスト・ボディへと変更される。これはフラットトップ・ギターで言えばJ-200に相当するスーパー・ジャンボ・サイズである(念のために書き添えておくと、34年の時点では、J-200もその前身であるSJ-200も、まだこの世に存在していない)。同じ34年には、さらに大きな18インチ・ボディのスーパー400も発売されている。ライバル・メーカーのエピフォンも18・1/2サイズのエンペラーを、ストロンバーグも19インチのマスター400を発売するなど、アーチトップ・ギター(≒ジャズ・ギター)の大型化競争は激化の一途をたどっていた。

 こちらのギターは、35年製のL-10(17インチ・ボディ)。 

L10t

L-10は、L-5の安価なバリエーションとして開発されたモデルの1つと言える。同種のモデルには、L-7、L-12がある。発表年に関しては諸説あるようだが、ジョージ・グルーン説を取れば、L-10(1929年)、L-12(1930年)、L-7(1932年)。比較的短い期間に、矢継ぎ早に投入されている。

 L-10も、もともとは16インチ・サイズで、ブラック・フィニッシュのシンプルな外観のギターだった。L-5と同じ34年に17インチ・ボディに変更されて、39年まで生産された。

 レッド・マホガニー・サンバーストのスプルース・トップ。メイプル・バック&サイド。マホガニー製のネックは、ミディアム・スケール(L-5よりもやや短め)な上に、フィンガーボードにはかなりきついアールがかけられていて、たいへん押さえやすい。

L10bind

 三角形のポジションマーク、チェッカー模様のトップ・バインディングなど、デザイン的にもなかなかユニークだ(正直、好みの別れそうなところではあるが……)。

L10bb

 何を隠そう、このギターはネットのオークションで落札したのだが、届いたときのコンディションはかなりひどかった。バックの塗装がボロボロだったのは想定内として、ネックの状態が想像のはるか斜め上を行くもので……。太めのネックを細く削り直そうと思い立ったのはいいけれど、途中で力尽きたものか、刃物の痕がそのまま残った円空仏のような無残な姿となっていたのだ(あまりのショックで写真を撮るのを忘れたのが、今となっては残念^^;)。

L10neck

 このままではとても弾けない。しょうがないのでサンドペーパーでせっせと磨いて、なんとか使える状態にまでプロファイリングし直した。無茶な成形でネックのバランスもおかしくなっていたため、こちらは修理に出してフレット音痴を矯正してもらった。苦労のかいあって、いまではかなりいい音で鳴るギターになっている。やれやれ。

L10peg

 チューニング・ペグは、メタル製のバタービーン・ノブが付いたグローバーのオープンタイプ。これも届いたときには、ネジが1つとれていた。マイナス・ネジじゃないとかっこ悪いので、楽器製作家御用達のスチュアート・マクドナルドから取り寄せて、めでたしめでたし……。

2020年3月13日 (金)

夢の超特急

 明け方に見た難儀な夢。

  親戚の女の子が大学に入るというので、みんなで様子を見に行くことにする。大学まではかなり遠いから早めに出ないと。一同そろって駅へと向かう。数人のグループが先頭に立ち、少し遅れて若いおねーさん。その姿を見失わないように追いかける。

 先頭グループがぴょんぴょんとビルの階段を上り始めた。若いおねーさんは、「そっちは遠回り。駅ならここをまっすぐ行かないと」と一人でどんどん行ってしまう。少し迷ったけれど、先頭グループのほうを追いかけることにした。

 鉄製のはしごを苦労しながら上っていくと、遊園地のアトラクション風の乗り物が停車していた。こんな近道があったんだ! そのまま中に乗り込む。

 流線型のモノレールのような列車の中では、乗客たちが座席のパネルを操作して、思い思いにゲームを楽しんでいる。列車が進むに連れてゲームの内容もどんどん変わるようだ。真っ暗になった車内でシューティング・ゲームが始まった。列車の窓はディスプレイになっていて、不思議な光景が次々と表示される。

 しばらくすると目的地にたどり着いた。ここで駅員さんに料金を払わないといけない。乗車賃は350円。100円玉が2枚と50円玉が2枚。もう1枚100円玉があれば払えるのに、財布の中には10円玉ばかりだ。それらしいコインが見つかっても、本物の100円玉とはちょっと違っている。駅員さんは高圧的ではないものの、なかなか通してくれない。

 思いがけず時間をとられてしまった。時計を見ると、大学の始業時間まであと15分ほどしかない。ぎりぎり間に合うだろうか? 先を急ごう。外へ出ようとしたときに、ふと鏡に映った自分の姿が見えた。海水浴場から直接来たもので、上半身は前のはだけたノースリーブのシャツ1枚。下はバミューダ・パンツで、靴下も履いてない! あせってシャツのボタンを留めたものの、それでも大学には場違いな風体だ。

 どうしようかと悩んでいると、義理のおばさんが近づいてきた。私が到着するのを待っていてくれたらしい。「急げば間に合う。みんな向こうで待っているから」とおばさん。半分あきらめかけていたところに、こう言われてほっとする。どうやらすっぽかさずにすみそうだ。

2020年3月10日 (火)

提出するまでが確定申告です?

 雨が降ったりやんだりの1日。午前中の晴れ間に確定申告を提出してきた。間がいいことにほとんど降られず。

 時節柄、税務署まで出かけて不要不急の「濃厚接触」(最初は性交渉のことだとばかり思っていた^^;)をするのも申し訳ないので、郵送にしようかとも思ったのだが、あて名書きがめんどうなのと、切手代がもったいないのとで、結局歩いて持って行くことにした。まだ日にちが早かったせいか、それともコロナ騒ぎで期日が延びたせいか、窓口の前には1人並んでいるだけだった。

 なにはともあれ、懸案事項が片付いてほっと一息。なにしろ提出するまでが確定申告だからね~。いや、ほんとうは還付金が返ってくるまで……かもしれないけれど。

  確定申告の書類を書くたびに
  もっと真面目に働いておけばよかったと思うんだ
  他人に頭を下げたり
  恥をかいたりするのも厭わずに
  そうしたら もうちょっとは還付金が増えたのに

2020年3月 5日 (木)

ひたすら領収書を印刷する……

 フリーランスの常として、毎年この時期は確定申告でドタバタしている。泥縄で帳簿をまとめるのはいいとして(よくないか!)、いちばんめんどうな作業が、実は領収書の印刷だったりする。

 環境への配慮だかなんだか知らないけれど、何年か前からAmazonが原則として商品に領収書をつけなくなった。必要な人はインターネットにアクセスして、個別に領収書を印刷してくれというわけだ。私はあまりCDを買うほうではないのだけれど(それも音楽ライターとしてどうなの?^^;)、それでも1年分だとそれなりの量にはなる。ほかにも書籍やらPCの備品やらがいろいろと……。

 これを必要経費として落とすためには、Amazonのサイトにアクセスして、過去の履歴を読み込み、商品ごとに選択して印刷--という操作を繰り返さなければならない。これが意外とたいへんなのだよ。こまめに印刷していればそれほどでもないのだろうが、ついついめんどうがって溜めてしまうものだから……。今年はとうとう1年分丸ごと印刷するはめになってしまったのだった^^;

 途中でプリンタのインクも切れてしまったし、なんだかんだで2時間近くかかったぞと。それにしても確定申告のために自分で領収書を作っていると、なんとなくうしろめたい気分になってくるのはなぜだろう? 不正は働いてないはずなのに……。

2020年3月 2日 (月)

1922年以前のギブソン・アーチトップ

 アーチトップ・ギターの話をもうちょっと。

L2t

 この写真は1923年製のギブソンL-2。コンサート・サイズと呼ばれる13・1/2インチ幅のボディを持つ、ややコンパクトなアーチトップ・ギターだ。

 製作年についてフォローしておくと、1つ前の記事で「1922年製」と書いたのは私の記憶違いで、シリアルナンバーを確認すると23年製のようだ(元記事はすでに訂正済み)。ジョージ・グルーンによれば、アーチトップのL-2が製造されたのは、1902年~1907年、休止期間をはさんで1924年~26年--となっているけれど、実際の生産は23年末には始まっていたものと思われる。

 22年~24年のギブソンはロイド・ロア期と称されることも多い(私個人はこの呼称には否定的な見方をしているのだが、ここでは深く立ち入らない)。22年以前(1902年~21年)のギブソンのアーチトップ・ギターには、L-1、L-2、L-3、L-4などがあり、L-4が最上位モデル。L-2はミドル・クラスの楽器だった。1907年までのL-2には、スタンダード(12・1/2インチ)、コンサート(13・1/2インチ)、グランド・コンサート(16インチ)の3種類のサイズがあったようだが、その後コンサート・サイズに統一され、16インチ・ボディのL-4と差別化されることになる。

 この時期のモデルは、まだジャズ・ギターとは言い難い。やはりマンドリン・オーケストラのための楽器という印象で、サウンドホールも、マンドリンを思わせるオーバル(楕円)ホールや、フラットトップギター的なラウンド(円)ホールだった。いかにもジャズ・ギターらしいfホールが登場するのは、22年のL-5以降だ。

 ここで紹介したL-2も、やはりジャズ以前の楽器に分類すべきだろう。ボディ・サイズも小さめだし、サウンドホールもラウンドのまま。アジャスタブル・ブリッジ、トラスロッド・カバーなどは、22年以降のいわゆるロイド・ロア期の仕様に合致するものの、ピックガードはボディに直接ネジ止めする方式ではなくて、まだクランプで固定するタイプが使われているなど、以前の仕様も残っている。

Clamp

 オリジナルのピックガードもどこかに保管していたはずだが、見当たらなかったため、代わりにマンドリンのクランプ式ピックガードの写真を貼り付けておく。ボディから浮き上がったピックガードの様子がわかると思う。クランプには、「1911年7月4日」と特許取得の日付が刻印されているが、実際にはこのタイプのピックガードは1908年頃から採用されていたようだ。

L2b2

 カタログ・スペックではバックの材はメイプルとなっているけれど、実際に使われているのはバーチ(実はこちらが標準仕様)。うっすらとトラ杢も見える。

 L-2のモデル名は、その後フラットトップ・ギターに受け継がれることになる。ただし、L-0やL-1とは異なり、ボディはやや大きめに新しく設計し直された。名前は同じでも、そちらはまったく別のモデルと考えるべきだろう。

« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »