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2020年2月23日 (日)

アーチトップ・ギターの事情

 もうずいぶん前のことになるのだけれど、ジャズ・ギターを弾けるようになれたらいいなと思って、ちょこっと練習してみたことがある。このときは根性が足りなくて挫折した^^;

  ところが性懲りもなく……と言うべきか、ここへきてふたたびジャズ・ギターへの興味が湧き始めている。事の起こりは、先月25日のトーク&ライブだった。竹内信次さんのマンドリンに合わせて、ドーグ・ミュージックの伴奏をすることになり、自宅でシコシコとギターの練習をしていたら、これがやけに面白くて。これまでドーグではマンドリンを弾くことが多かったため、実はギターを使うのは初めてで、ずいぶんと新鮮に感じたのだ。こんな感じでジャズ風に弾けたら楽しいかもしれない。

 目標はあくまでもリズム・ギターで、リード・ギターを弾くつもりは(とりあえず)ない。基本的には、昔のジャズ風の伴奏が弾ければいいなと。もしかしたらソングライティングの面でも新境地が開けるかもしれない。

 そこでまずは形からと、現在手元にあるジャズ向きと思われるギターを引っ張り出してきた。ギブソンのアーチトップ・ギターが3本。右から順に、1923年製のL-2、1935年製のL-10、1960年代のL-7(CES?)である。時代と共にアーチトップ・ギターがどのように進化していったかがよくわかる。

Archtop

 ジャズにはやはりアーチトップ・ギターがよく似合う。もちろんフラットトップ・ギターでも、ソリッドなエレクトリック・ギターでも弾けないことはないのだが、定石からは少しはずれてしまう。

 ではなぜアーチトップ・ギターがジャズの定番となったのか? これは意外と難しい問題かもしれない。アーチトップ・ギター特有の音色が、ジャズの4ビートのリズムを刻むのに適していたからか? エディ・ラング(ギブソンL-5)、フレディ・グリーン(ストロンバーグ・マスター400)、チャーリー・クリスチャン(ギブソンES-150)、ウェス・モンゴメリー(ギブソンL-5CES)といった大御所たちからの伝統が、今日まで続いているからか? はたまたギブソンをはじめとするアーチトップ・ギターのメーカーのマーケティングの賜物か?

 最初にアーチトップ・ギターを好んだのは、マンドリン・オーケストラの演奏者たちだったのではないかと思う(これは私見ではあるが、ギブソンの発展のきっかけは20世紀初頭のマンドリン・ブーム、マーティンの発展のきっかけは1910年代のウクレレ・ブームが大きかったと考えている)。アーチトップ・ギターには「ピック・ギター」という異名もある。この呼称は、そもそもアーチトップ・ギターがフラットピックで弾くことを前提にした楽器であったことを物語っている。もとよりギターは指で弾く楽器であったから、ピックを使った演奏は、歴史的には異端なものだったのだ。この奏法上の大きな変革は、おそらくさまざまな移民文化が交雑したアメリカの地で始まったのではないかと思う。

 ここで注目したいのが、マンドリン属の楽器と共にギターが活躍するマンドリン・オーケストラの編成である。ギブソンの古いカタログを見ると、ギブソンのマンドリン、マンドラ、マンドセロ、マンドベースと共にギブソンのアーチトップ・ギターを手にしたオーケストラの写真を多数確認できる。ギタリストがフラットピックを手にするに至った過程には、マンドリンからの影響もおおいにあったのではないか。また、アーチトップと言えばまずギブソンというイメージも、このあたりまでさかのぼれることがわかる。

 ともあれ、ピックを使用することで、ギターはリズム楽器としての性格を強め、より大きな音で鳴らせるようにもなった。それはその後の音楽スタイルの変化にマッチしたものでもあった。

 マンドリン・オーケストラで演奏されていたのは、クラシックのマンドリン曲よりも、マーチやラグタイムのような当時の流行音楽のほうが多かったとも言われる、こうした音楽からニューオリンズ・ジャズへという流れは、それほど不自然ではない。

 --というところで話はまとまらないままに、今日はここまで。

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