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2020年1月22日 (水)

マンドリン・オーケストラの時代

 25日(土)の「楽器は語る Talk About Roots Music Vol.5 マンドリン編」のテーマにからめてもう少し。 

 アメリカ合衆国の歴史上、マンドリンが最もポピュラーな楽器だった時期は、おそらく20世紀初頭だろう。

 マンドリンは19世紀末にはイタリア以外の西欧にも広まっていたようで、このヨーロッパの流行がアメリカにも伝わったと言える。1899年にフィラデルフィアで「The Banjo, Mandolin and Guitar Music Festival」が開催され、ここに43人のマンドリン奏者を含むオーケストラが参加したという記録が残っているものの、マンドリン・オーケストラというスタイルが確立するのは20世紀に入ってからのようだ。

 マンドリン・オーケストラは、それ以前のクラシック・バンジョーのブームに取って代わるような形で広まっていったと思われる。全盛期と言えるのは、1900年代~1910年代。その後のジャズ・エイジに入ると、音量の点で勝る4弦バンジョーに主役の座を奪われた観がある。5弦と4弦では楽器の性格が異なるものの、この一連の動きをバンジョーの逆襲と捉えると、ちょっと面白い。

 マンドリン・オーケストラは、マンドリン、マンドラ、マンドセロ、マンドベースを中心に構成された、おおむね撥弦楽器の楽団である。ギター、ハープ・ギター、ウッド・ベース(コントラバス)などが加わることも多い。場合によっては管楽器や打楽器も。大編成の楽団ばかりではなく、弦楽四重奏のような小編成のグループも少なくなかった。

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 写真は、1921年に発行されたギブソンの製品カタログ(カタログM)より、シカゴ・シンフォニー・マンドリン・オーケストラ。指揮者のクロード・ローデンは、ギブソンに宛てた手紙に「すべてのマンドリン・オーケストラにマンドベースを加えるように勧めたい」と書いて、ギブソンのマンドベースを絶賛している。

 実際のところ、ギブソンのマンドベース、スタイルJは、初めてカタログに登場したのが1912年と、他のマンドリン属の楽器よりもかなり遅めのデビューだった。「コントラバスではなくてマンドリン・オーケストラ専用のベースを」という機運が高まったのが、実はこの頃だったのかもしれない。

 マンドリン・オーケストラはほとんどがアマチュアの楽団だったが、ほぼ同時期にボードビルの劇場では、マンドリンやマンドラを手にした芸人たちが活躍を始めていた。マンドリン・オーケストラの人気が衰えた30年代にも、新たなスターがボードビルや映画界を席巻して、マンドリンを新たな高みへと導くことになる。そのスーパースターとは、革命の混乱から逃れてロシアからニューヨークへと渡ってきたデイブ・アポロン(ロシア名:デニス・アポロノフ)である。

 ……というところで、この続きは25日(土)の武蔵小山Againにて^^; 

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コメント

京都の一木楽器店に マンドベース 飾ってます。
ほぼオリジナル?の状態
ピアノ線みたいな弦が張ってありました

一応 茶木さんで修理をしたらしいです。

>ヒデマンさん

毎度です。
それ弾いてみたいな~。

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