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2019年7月

2019年7月27日 (土)

小室さんのソロ・ライブ

 六文銭のリユニオン、プロテストソングへの回帰と、近年になってますますパワーアップしている観さえある小室等さん。準地元の板橋・仲宿商店街のドリームズ・カフェで、その小室さんのソロ・ライブがあると聞いて、出かけてみた。

 ドリームズ・カフェといえば、麻田浩さんとの共著『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)の端緒となった場所と言ってもいい。この店に麻田さんのトークライブを聴きに行かなければ、私がこの本に関わることもなかったろうし、さらに言えば麻田さんの本がいまだに世に出ていなかった可能性だってある。運命のはからいに感謝しないと。

 7月26日(土)午後7時半開演。ソールドアウトの会場はびっしりとお客さんで埋まっている。愛用の夢弦堂のギターを抱えた小室さんは、一曲ごとにていねいに曲の紹介をしてから歌い出す。ずいぶん幅が広く厚めに見えるサムピックを使って力強くリズムを刻み、ときにはサムピックをはずして柔らかなフィンガーピッキングを聴かせる。ギターの音がたいへん素晴らしいこと、そして表情が豊かなことに感心した。流行のコンタクトピックアップなどいっさい使わず、マイクロフォンを通した生音に徹していたのも小室さんのこだわりなのだろう。暖かなボーカルも、さらに円熟味を増してきたように感じた。

 ステージの後半は谷川俊太郎さんと共作した『プロテストソング2』の曲を中心に。アンコールは木枯し紋次郎の主題歌「誰かが風の中で」。自然にお客さんも歌い出し、最後は会場全体の大合唱となった。

 ところで、この日も予期せぬ新たな出会いがあった。なんと噂のアコースティック・デュオ、やぎたこのお二人が会場にいらしたのだ。驚いたことに、お二人とも私のことをご存知だという。おかげでいろいろお話をさせていただけた。もしかしたら、これをきっかけにまた新しい何かが生まれるかもしれない。……というところで、やぎたこのお二人の話はまた日をあらためて。

 

2019年7月26日 (金)

ルーツ系ミュージシャンとしてのジェリー・ガルシア

 いきなり暑くなってきたので、身体がまだ慣れていない感じ。昨日は外出する用事があったけれど、午後5時頃に家を出たので炎天下は避けられた。

 7月25日(木)午後6時から麻布十番のスタジオでFMラジオ「A・O・R」の収録。今回のお題はジェリー・ガルシアさんなのだった。う~む、正直荷が重い……。

 熱心なデッドヘッズの皆様に比べたら、私などたぶん10分の1の量も聴いていないだろうと思う。そんなへなちょこの分際でガルシアさんを語ってしまうのははなはだおこがましいのだけれど、ガルシアさんのルーツ系ミュージシャンとしての側面に光を当ててみようということで、お引き受けすることにした。

 ギタリストは世を忍ぶ仮の姿……とまでは言わないけれど、ブルーグラスのバンジョー・プレイヤーや、カントリー・ロックのペダル・スティール・ギター・プレイヤーとしても、ガルシアさんはなかなかよい演奏を残しているので、そちらを大きく取り上げることにしたわけだ(もちろんアコースティック・ギターも忘れてはいけない!)。結果的にはそれなりに面白い選曲になったのではないかと思う。

 そんなこんなで、ジェリー・ガルシア特集の放送は、8月1日(木)午後8時からの予定です。電波の届く地域の皆様はなにとぞよろしゅーに。

2019年7月25日 (木)

ブルースの誕生の逆襲^^;

 5月23日(木)に放送されたFMラジオA・O・R「ブルースの誕生」特集の音源を、2ヵ月遅れで聴く。なぜこのようなタイムラグが生じるかというと、収録の日程を打ち合わせるメールに前回の音源が添付されてくる(正確にはダウンロード先のURLが貼り付けられている)システムになっているからだ。

 そんなわけで送ってもらった音源を聴いてみたのだが、うーん……と頭をかかえてしまった。もとより難しいテーマだとは思っていたけれど、私のコメントとDJのユキ・ラインハートさんのトークとが噛み合っていなくて、ほとんどわけのわからない内容になっている^^; 

 念のために付け加えておくと、ラインハートさんはスタッフから渡された原稿--あるいは資料を元に話しただけだろう。問題があったとすれば、私とスタッフの方のコミュニケーション不足である。

 これ以前の放送でも、曲をかける順番を決めたり、個々の曲の解説を自分でしたりできないことで、隔靴掻痒感を覚えることがなかったわけではない。とはいえ、そういうシステムであることは納得しているし、番組の構成に口をはさむのは分不相応であろうと遠慮もしてきた。でも、こういう複雑なテーマのときは、もう少し別のやり方をしたほうがいいのかもしれない。

 一応、選曲リストには、それぞれの選曲意図を伝える見出しを付け、収録のときにも、しつこく意図を説明したつもりだったのだが……。

 ブルースの誕生の過程がどのようなものだったかという私の見解(かなりの偏見あり^^;)を、以下にざっくりとまとめてみる。

1)ブルースの起源については諸説あるが、どれか1つということではなくて、複数の流れが1つにまとまったと考えるのが自然だろう。

2)集団で歌う無伴奏のワークソングが個人で歌うフィールドハラーへと変化し、これに楽器の伴奏が入ることでブルース的なサウンドが生まれた。

 労働者たちのテンポを合わせるために歌われたワークソングの例には、大規模なプランテーションでの綿摘み歌、舟こぎ歌や、ハンマーで杭を打つときの歌などがある。実際にアフリカ各地には集団で歌う伝統がいまでも広く残っているようだ(ただし、ヨーロッパにも集団で歌う掛け合いの歌は古くから存在する)。

 農園のワークソングに関する記述は、19世紀半ばくらいから目立つようになる。「奇妙で野性的な歌」「譜面にはうつしきれない特徴あるビブラート」「のどを妙にしめつけて出す声」「独唱で歌うフレーズごとにくり返しコーラスが割り込んでくる不思議な効果」……。ブルース的なスタイルの歌は、この頃に成立したものなのか? それともこの時期に黒人奴隷に対する白人の関心が高まったと捉えるべきか?

 奴隷解放後、集団で歌うワークソングはすたれ、個人が思い思いに歌うスタイルが主流となっていく。これがフィールドハラー(農園の叫び)だ。フィールドハラーに関しては「意識的に一定の音をほんの少しはずして出す」と、ブルースの音階を想起させるような記録も残っている(以上、ポール・オリバー『ブルースの歴史』からの孫引き)。

3)集団で歌う歌としては、ワークソングのほかに宗教歌も重要だ。黒人教会などの集会で、ワークソングと同様に掛け合いで歌われるのが基本。もともとは白人起源のキリスト教の歌ではあるが、こぶしまわしや唱法は、アフリカの伝統が残っているとみなしていいのではあるまいか。

4)あまり注目されていないようだが、白人音楽からの影響も無視できないのではないか。アフリカの伝統とブルースの間には一度断絶があったはずだ。白人の支配者層は黒人奴隷の出自であるアフリカ的な伝統を嫌った。黒人楽師たちが故郷の音楽を演奏することを禁止し、ヨーロッパ起源のダンス音楽や、英語の歌を歌わせた。そうした状況の下で黒人たちの琴線にふれた白人の音楽に、独特の響きを持つモード的な曲があったのではないか?(たとえば3度と7度の音が半音下がるドリアン・モード) アラン・ロマックスらが実施した南部のフィールド録音では、アパラチアのマウンテンマイナーと呼ばれるモーダルな音楽を黒人が演奏した音源も残っているが、ほとんどブルースにしか聴こえないものも多い。逆に白人のオールドタイム・ミュージシャンにもブルースにしか聴こえないような演奏がある。

5)ブルースがはっきりとした形で記録に残っているのは1903年のこと。黒人の作曲家のW・C・ハンディが、ミシシッピー州タトワイラーで9時間遅れの列車を待っていたときに、たまたま演奏を始めた黒人ギタリストの歌を聴いて衝撃を受け、このスタイルで曲を書いてみた。これがブルースの起源である。ハンディが「メンフィス・ブルース」を書いたのが1909年。「セントルイス・ブルース」は1914年。その後レコードにもなって大ヒットした。ハンディの曲は、ブルースといってもポピュラー・ミュージックの作法にのっとって書かれていて、しっかりブリッジの部分もあったりする。つまり、ブルースはポピュラー・ミュージックとしてまず世に広まった。その後にルーツに当たるテキサスのブラインド・レモン・ジェファーソンや、ミシシッピーのチャーリー・パットン、サン・ハウスなども注目されるようになった。

 ここまでの話を前提として、当日のオンエアリストは以下のとおり。

  20:02 Talking Casey / Mississippi John Hurt
  20:08 John Henry / Sid Hemphill  
  20:15 Early In The Morning / Hard Hair, Little Red & Tangle Eye
  20:21 Soon, One Mornin’ / Willie Gresham   
  20:26 Jesus Going To Make Up My Dying Bed / Horace Sprott
  20:33 Mississippi Bo Weavil Blues / Charley Patton   
  20:35 St. Louis Blues / Bessie Smith
  20:41 Pretty Polly / Dock Boggs
  20:43 House In New Orleans / Roscoe Holcomb
  20:46 Hangman / Tangle Eye

 一見してわかるように、はっきりブルースと言い切れる音源は、ベッシー・スミスの「St. Louis Blues」くらいで、あとはブルース以前のスタイル、あるいはブルースからちょっとはずした音楽である。

 ミシシッピー・ジョン・ハートの「Talking Casey」は、アイルランド系の蒸気機関車の機関士、ケイシー・ジョーンズを歌ったブロードサイド・バラッド。いわゆるピードモント・スタイルっぽいフィンガーピッキングだが、珍しくボトルネックのスライドが入っている。

 シド・ヘンフィルの「John Henry」は、黒人のミュージシャンによる、オールドタイムのストリングバンド・スタイルの演奏。曲はオールドタイムのレパートリーとしてよく知られるが、歌われている主人公は伝説の黒人労働者だ。

 「Early In The Morning」は、アラン・ロマックスが刑務所内でフィールド録音した、囚人たちのワークソング。

 「Soon, One Mornin」は、ジョージアの黒人教会での宗教歌。牧師が大合唱の音頭をとっている。一部コール&レスポンスになっている部分も。

 「Jesus Going To Make Up My Dying Bed」は無伴奏の独唱。宗教歌ではあるが、かつてのフィールド・ハラーのスタイルに近いのではないか。歌いまわしはほとんどブルースだ。

 デルタ・ブルースの創始者、チャーリー・パットンの「Mississippi Bo Weavil Blues」はちょっぴり破格なブルース。

 ベッシー・スミスの「St. Louis Blues」は、ポピュラー・ミュージックの作法にのっとって書かれたブルースの代表例と言える。

 ドック・ボッグスの「Pretty Poly」は、マウンテンマイナーなオールドタイム・バラッドだが、この人が歌うとほとんどブルースにしか聴こえない。

 ロスコー・ホーコムの「House In New Orleans(朝日の当たる家)」は、アニマルズやジョーン・バエズの演奏でも知られる有名な曲。ホーコムはマイナー・コードを使わずにプリミティブなブルースのような演奏をしている。

 ラストはアラン・ロマックスのフィールド録音を元に、タングル・アイがリミックスした「Hangman」。白人の老婦人が無伴奏で歌ったオールドタイム曲に、黒人ミュージシャンの笛と太鼓の演奏(これもブルース以前のプリミティブな音)をつなげ、これに新たな伴奏をつけて現代的なブルース・ロックに仕上げている。

 ……ふ~む。あらためて書いてみて思ったけれど、この内容を口頭で伝えてまとめてもらおうとしたのは、かなり無謀だったかもしれない……。

2019年7月10日 (水)

二度めのパンチ・ブラザーズ

 3年前の来日時には最終日に行ったので、今回は初日にしてみた。ブルーノート東京での、パンチ・ブラザーズ。4日間の連続公演である。

 正直に告白すると、ブルーノート東京は貧乏人の私にはいささか高級すぎて、なんとなく居心地の悪さを感じる場所(だからめったに行かない^^;)なのだが、パンチ・ブラザーズにはこの高級感がよく似合う。誤解を恐れずに書いてしまえば、意識高い系の音楽。それがすっかり板についてきた。骨太でありながら繊細なアンサンブル、緩急自在のリズムの変化、個々のメンバーのテクニック、クリアな音色、ステージのたたずまいなど、どこをとっても非の打ち所がない。

 実は3年前は冷静に見られなかったのだ。目の前で繰り広げられる演奏を追いかけるのに必死で、気がつけばステージが終わっていた。しかし昨日は多少の余裕ができたようで、めくるめく万華鏡のようなシチュエーション展開を、しっかり受け止めることができた。そうだ、頭で彼らの音楽を解析しようとしたのがいけなかったのだ。ブルース・リーも言っているように、ただ感じればよかったのだ。

 アンコールはビル・モンロー・ナンバー。なるほど、こう来たか。最後にこのストレート・パンチを食らって、私は10カウントを聞かされたのだった。

 それはそれとして、彼らによく似た感覚を味わえるバンドが、私の身近にもいるぞ。ピアニストのshezooさんを核としたトリニテというバンドがそれだ!

2019年7月 9日 (火)

天使の竪琴

 リラ、ライアー、竪琴など、さまざまな呼び名があるが、小型のハープの一種と捉えていいだろう。古代ギリシャの頃からある古い弦楽器のようだ。

Lyre

 池袋のピアノ教室前に置かれていた、竪琴を弾く天使の像。街角で見かけるこの手の像の多くは、本体で力尽きてしまって楽器にまで力が回っていないものが多いようだが、この天使も例外ではない。

2019年7月 7日 (日)

祝ピート・シーガー生誕100年

 両国フォークロアセンターのすぐ近くにある江島杉山神社は江ノ島弁財天を祀っているというから、ミュージック・フェスティバルを開催するのにこれ以上ふさわしい場所はないに違いない。

Zinzya

 7月6日(土)午後1時より、江島杉山神社にて第8回隅田川フォークフェスティバル。今年はピート・シーガー生誕100年だそうで、これにちなんだレパートリーも多かった。

Yosidayosiko

 第2部のトップはよしだよしこさん。よしださんのライブは何度か体験しているのだが、今回ほど鮮烈な印象を受けたことはなかったと思う。歌の言葉の1つ1つが、リアルに迫ってくる。いったいこれはどうしたことか?  何か心境の変化があったのかもしれないね。正直、この日いちばんの衝撃を受けた。

Hurukawago

 続いて登場したのは京都の古川豪さん。マーティンのドレッドノートと、ロングネック・バンジョーを持ちかえてのパフォーマンスである。ピート・シーガーさんの生涯を歌った「アンクル・ピート」が、やはり出色だった。

Nakagawagoro

 トリを飾ったのは中川五郎さん。相変わらずのパワフルなステージだった。「歌は元の言語のままで歌うのがいちばんいい」とピート・シーガーさんに諭されたエピソードを紹介しつつ、日本語訳詞を付けた歌を次々と……。最後は圧巻の「ピーター・ノーマンを知ってるかい?」で閉めた。

Jam

 フィナーレは出演者全員によるジャム。中川五郎さんを中心にした「大きな壁が崩れる(We Shall Over Come)」だ。会場全員でシングアウトするお約束の展開だったけれど、素直に感動した。いまこそ、こういう音楽が必要なときなのかもしれない。この日は天気が心配だったけれど、なんとか最後までもってくれてなにより。

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