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2019年4月29日 (月)

流浪の民の音楽?

久々に疲れた……。

 4月28日(日)午後1時から、東京・白山の東洋大学で、研究成果報告会。会の正式名称は、「ディアスポラの記憶と想起の媒体に関する研究会」というそうだ。この名称を聞いただけでは、何のことやらさっぱりわからない^^; もちろん私はまったくの部外者だし、そもそもアカデミックな研究者ですらない。本来なら参加できるはずもないのだが、研究会のメンバーの黒田晴之先生(ご本人には「先生と言わないで」とお願いされたけれど、ほかに何と言っていいのかわからないので、とりあえずそのままで)からお誘いを受けたのだった。

 私の役割は、先生たちの研究発表のあとでコメントを加えることだという。そんな偉そうな……。でも、よくわからないなりに面白そうな匂いがする。好奇心は猫をも殺す--というわけで、後先考えずに出席させてもらうことにした。

 この時点では一般公開されるシンポジウムのようなものを想像していたのだが、あにはからんや。実際に参加してみたら、少数のメンバーによる非公開のミーティングのようだった。さらに場違い感が増してきたような……。

 非公開ということでどこまで書いていいものかよくわからないのだが、さしさわりのないと思われる範囲で簡単にふれておくと、メインの研究報告は2題。1つは黒田先生の「Old TimeからOld Time Ethnicへ あるクレズマー・アーキヴィストを例に考える」。もうひとつは、滝口幸子先生の「オーストリアのロマに見られる想起の媒体についての検討」。

 黒田先生のおっしゃる「あるクレズマー・アーキヴィスト」とは、具体的にはヘンリー・サポズニクさんのことだ。アメリカ人に同化することを熱望してオールドタイム・ミュージックを演奏する道を選び、その後自らのルーツであるクレズマーへとたどり着いた人--という視点で、論旨が展開されていく。オールドタイムの事情なら私もある程度わかるので、フォーク・リバイバルの世代の若者たちにオールドタイムの手ほどきをしたトミー・ジャレルさんの話や、ピート&マイク・シーガーさんの話などをさせてもらった。

 オーストリアのロマのほうは、ほとんど知識がないため、ただ興味深く話をうかがうばかり。できればニューヨークなど、アメリカのロマの音楽の状況についてうかがえればとも思っていたのだが、こちらはあまり収穫はなかった。1つ印象的だったのは、死んだ人の好きだった歌は歌ってはいけないという風習を持つロマたちがいるという話。ある種の宗教的な禁忌なのだろうか? こんなタブーがあったら、連綿と歌い継がれる名曲なんて、存在し得ないじゃないか。これにはちょっと驚いた。

 お話をうかがっていて私なりにわかったのは、「ディアスポラ」とはユダヤ人に限らず、帰属する国を持たないマイノリティの総称らしいこと。その人たちの記憶の媒体として音楽に着目する研究も行なわれているということだった。なんにせよ、たっぷり6時間の討論で、終りの方はかなりヘロヘロだった。慣れないことはするもんじゃないね……。

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