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2019年3月

2019年3月28日 (木)

サクラサク

 根っこを切られ、引っこ抜かれ、別の場所に植え直され、また引っこ抜かれ、横倒しのまま放置され、もう一度植え直された隣の中学の桜の木にも、フツーに花が咲き出した。たくましい。

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2019年3月25日 (月)

イディッシュ演劇初体験

    3月24日(日)午後2時半より、東京外国語大学本郷サテライトのセミナールームで、イディッシュ演劇に関する講演とミニライブ。「イディッシュ文化と笑い」なるテーマで、ニューヨークから訪日したイディッシュ演劇のアクター、シェーン・ベイカーさんのお話をうかがった。


 ベイカーさんのお話の前には、松山大学の黒田晴之教授によるイディッシュ演劇の概論も。これがたいへんわかりやすくて、まったく予備知識のない身にはたいへんありがたかった。


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 カンザスシティ生まれのベイカーさんは、ユダヤ人ではなく、イディッシュの文化圏に育ったわけでもないそうだ。幼い頃に接したイディッシュの演劇に心惹かれて、20代半ばの1994年にイディッシュを習い始め、演劇まで習得してしまったという異色のキャリアの持ち主である。前半は、おおむねその数奇な経歴についてのお話だった。ミナ・バーン、リューバ・カディソンなど、その筋では有名なイディッシュの女優さんに手ほどきを受けたりもしたそうな。全然知らないお名前なので、今度ちゃんと調べておこう……^^;


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 後半は実際のパフォーマンス。小道具を使って手品を披露したり、ニワトリの人形に催眠術をかけたり。このあたりは、マギー 審司さんの芸風にも近いかも(?)。このほかにも、一人芝居、歌、詩の朗読、踊り……と、さまざまな芸の要素が混じっている。どのようにしてイディッシュの言葉の意味を観客に伝えるのかと思っていたら、PCを使って英語の字幕を表示したりするのだった。


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 バックの演奏を務めたのは、大熊ワタル(クラリネット)、こぐれみわぞう(チンドン太鼓)、松本みさこ(アコーディオン)のトリオ。クレズマーの講演に顔を出しているうちに、いつのまにかお知り合いになってしまったような……。終演後の懇親会にも参加させていただいたのだが、部外者は私一人で、あとは全員出演者、スタッフの方々だった。あれ?

2019年3月22日 (金)

月に憑かれる

 lunaticという英単語がある。日本語にすると「変人」「狂人」。形容詞なら「狂気じみた」「ばかげた」……。とにかくロクな意味はないのだが、語源をたどると「月に影響された」という意味だったらしい。昔は「月に影響されると頭がおかしくなる」と本気で信じられていたのだ。そんなわけで月はおそろしい。

 月への執着にかけては、この人も並たいていではなさそうだ。作曲家、ピアニストのshezooさんは、月にまつわる曲をいくつも書き、『月の歴史』というアルバムを生み出し、そして新たに「7つの月」と題する6日間のコンサートを企画した。

 「7つの月 shezoo 6days with 7Divas」。shezooさんの書いた歌を歌う7人の女性歌手。常々shezooさんには、もっと歌を作ってもらいたいと思っていたので、こうした意欲的な試みはぜひとも応援せねばならぬところだが、いろいろ事情があって、結局、昨日の夜しか時間の都合がつかなかった。

 7つの月、第三夜。shezooさんのピアノに、NORiCO.sさんのボーカル。そして林栄一さんのサックス。恥ずかしながら、NORiCO.sさんの歌は初めてお聴きしたもので、うかつなことは書けないのだが、さまざまなジャンルをこなせるshezooさん好みのボーカルという印象を受けた。trinteではインスト曲として演奏されていた「 Moons ふたつの月」や「砂漠の狐」が、再び歌詞を伴ってよみがえるのを聴くのは感慨深い。欲を言えば、もうちょっと破綻があってもいいくらいだったかもしれない。演奏面では、ピアノとサックスが垣間見せるフリー・ジャズ風のバトルに心惹かれた。

 午後10時頃終演。帰り道の空には、ぽっかりと大きな満月が浮かんでいた。

2019年3月21日 (木)

野鳥の災難

 2階のベランダに、2日続けてメジロの死骸が落ちていた。ガラス窓に鳥がぶつかったような痕跡もある。はて面妖なと思っていたら、今朝になって、もっと大きな鳥がガラス窓に激突するのを目撃してしまった。

 こちらは命に別状はないようで、しばらく庭木に止まってから、こちらの気配を察して飛び去っていった。

 ガラス窓が透明でよく見えないせいなのかもしれないが、以前はこんなに頻繁に野鳥がぶつかることはなかった。もしかすると、隣の中学の建て替え工事で校庭のレイアウトが変わったことと関係があるかもしれない。3件とも、先日、新たに植樹をしてから起きたできごとのように思えるからだ。

 そう思って子細に見直すと、ちょうど問題の窓のところだけ木が植わっていなくて、ぽっかりと空間が空いている。確信はないものの、ここが見通しのよい飛行ルートになっている可能性もありそうだ。

 これ以上事故は起きてほしくないけれど、当面はカーテンを閉めておくくらいしか対策が思いつかない。不自然に空間が広がっているのも気になるので、できればここにも木を植えてほしいな~。

2019年3月19日 (火)

続・休眠口座の冒険

 地元の信用金庫に行って、休眠口座の解約をしてきた。

 ずうっと使わないでいたので、10年以上ごぶさただったのだけれど、手続きを待っている間にお茶のサービスがあったのに驚いた。解約に来たのに、なんか申し訳ない。さすがの地域密着というか、フレンドリーな対応である。いつかお金が貯まったら、また口座を開いてもいいかなという気になる。まあ、まずないだろうけど……^^;

 ところで、手続きの書類を書いているときにわかったのだが、開設したときのカテゴリーは個人事業のための口座になっていたらしい。いまでは考えられないけれど、この頃はそれなりにやる気があったのかしらね?

 そんなこんなで、払い戻しの金額は5,673円。まだこんなに残っていたんだ! 利息も26円ついていた。ちょっと得した気分^^;

2019年3月17日 (日)

アメリカ大陸のブラックミュージック

 3月16日(土)午後2時から一ツ橋の共立女子大で開催された、「アメリカ大陸のブラックミュージック」と題するシンポジウムに参加する。

 アメリカのブラック・ミュージックといえば、普通はブルースやジャズあたりがメインで語られそうなところだが、タイトルに「大陸の」と入っているところがミソ。これでUSAにとどまらず、カナダや中南米の黒人音楽にまで、一気に対象が広がることになる。今回はカナダの話は出てこなかったけれど、ブラジルやキューバの音楽に関わる、興味深いお話も聴くことができた。

 講演順に内容を整理しておくと、最初に登壇したのは、このイベントの主催者に当たる共立女子大の福嶋仲洋先生。「黒人に憧れる白人たち--リオデジャネイロ、ニューヨーク、ロンドン」と題して、黒人の文化に惹かれる白人インテリ層(ホワイト・ニグロ)の実像に迫った。ホワイト・ニグロの例として名前が挙げられたのは、ブラジルの作家で、カルロス・ジョビンらと共にボサノバを作り上げたとも言われるビニシウス・デ・モライス。アメリカのビートニク詩人、作家のジャック・ケルアック。ジャズに傾倒する英国の若者の姿を描いた小説「アブソリュート・ビギナーズ」の作者、コリン・マッキネスなど。

 早稲田大学の中村隆之先生の講演は、「反逆の反響(エコー)--コレット・マニーのアルバム『弾圧』(1972)に見る<ブラック・アメリカ>」。フランスの女性歌手コレット・マニーの歌に出てくる、アメリカの黒人解放運動支持のメッセージについて語られた。黒人に共感する白人の側に焦点が当たっているという点で、その前の福嶋先生の講演にも通じるものがあったような。

 東京大学の柳原孝敦先生の講演は、「ヘビが死んじゃった--キューバ、永続する東方の三博士の日のモチーフ」。19世紀に盛んだったものの、いまはすたれてしまった「ディアデ・レイエス(東方の三博士の日)」という祭りの出し物だった「ヘビの踊り」について、実際の音源も交えて紹介していただいた。

 最後は慶應義塾大学の大和田俊之先生。「黒と茶の合衆国--ブラック・アーツ・ムーヴメントとブーガルー」と題して、ラテン系のダンス音楽ブーガルーと、アメリカの詩と演劇の革新運動「ブラック・アーツ・ムーヴメント」についての2題。ブーガルーがシカゴで発生したらしいという説明が、とくに示唆的で面白かった。

 個々の講演はそれぞれに興味深かったのだが、地域的、時代的なへだたりも大きく、全体の地図を描くには、ジグソー・パズルのピースがあまりにも少なすぎた観も否めなかった。最初にアメリカ大陸全体の現状を概括するプロローグのようなものがあれば、よりわかりやすかったかもしれない。

2019年3月14日 (木)

ビル・モンローを語る

 土曜日に引っこ抜かれた隣の中学校の庭木だが、昨日になってやっと植樹の作業が始まった。今日の昼前には全部植え替えが終わったようで、ほっとひと息。

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 昨日はFMラジオ「A・O・R」のコメント収録もあった。午後7時から、いつもの麻布十番のスタジオで。ビル・モンロー特集ということで、わりと気合が入ったけれど、そのぶんしゃべりすぎてしまったかもしれぬ。

 選曲は、モンロー・ブラザーズから始まって、ブルーグラス・ボーイズの40年の初レコーディング、アール・スクラッグスやレスター・フラットを迎えた46年の録音、さらには50年代、60年代、70年代……そして晩年の80年代まで。ひととおり網羅したつもりではいるけれど、1時間枠ということで、かからない曲がいっぱいあるのはかんべんね。

 放送は、3月21日(木)午後8時からの予定。全国ネットと言いつつ、大都市圏ではほとんど放送されないのだけれど^^;、神戸(Kiss FM KOBE)や仙台(Date fm)では聴けるらしいです。FM長野あたりも聴けるらしい。あとは東北、北関東、九州などのみなさまもよろしゅーに!

2019年3月13日 (水)

ラジオの選曲、夕食の選択

 今日は午後7時からFMラジオの収録の予定が入っている。終わってから食べると遅くなるので、早めの夕食にしようか。これと言って食べたいものは浮かばないけれど。

 本日はビル・モンロー特集ということで、けっこう気合が入っている。ほぼ休業状態ではあるけれど、これでもマンドリン・プレイヤーのはしくれだからね。選曲は、モンロー・ブラザーズで始めて、あれとあれは欠かせないから……。でも1時間枠だから、全部入れるわけにもいかんしな。

 ここで1月24日(木)に放送したプロテスト・ソング特集のおさらい。このときも選曲でかなり苦労したんだよな。日本の一般的なリスナーを対象にしたラジオ番組ということなので、やはりサウンド的に面白くないといけないし。歌詞にもそれなりにこだわりたいし……。

 とりあえず、番組のサイトにアップされていたオンエアリストは以下のとおり。

  20:02 Turn, Turn, Turn / The Byrds
  20:08 For What It’s Worth / Buffalo Springfield  
  20:13 Bourgeois Blues / Lead Belly
  20:16 Ohio / Crosby, Stills, Nash & Young  
  20:21 Blowin’ In The Wind / Peter, Paul & Mary  
  20:26 What’s Goin’ On / Donny Hathaway 
  20:31 We Shall Overcome / Bruce Springsteen  
  20:37 Waist Deep In The Big Muddy / Pete Seeger
  20:40 The Lonesome Death Of Hattie Carroll / Bob Dylan
  20:46 The Rebel Jesus / Jackson Browne

 60年代のフォークリバイバルの曲だけでまとめるのはつまらないような気がしたので、バーズやバッファロー・スプリングフィールドやCSNYも混ぜてみた。

 マービン・ゲイの「What’s Goin’ On」は、個人的な好みでダニー・ハザウェイのライブ・バージョンを。

 最後はジャクソン・ブラウンのピアノ弾き語りで「The Rebel Jesus」。曲をかける順番は、いつも局のスタッフにおまかせなのだけれど、このときは、たまたまこちらの意図どおりの結果になった。まあ、長いことやってると、だいたい向こうの選曲パターンも読めてくるというのもあるし。

 そんなこんなで、今日の夕飯はなににしよーかな?

2019年3月12日 (火)

入れ替わりの夢

 確定申告の手続き、なんとか完了。地元の税務署まで書類を提出しに行ってきた。20人くらい並んでいたけれど、それほど待たずにすんで、やれやれ。それにつけても貧乏だ……。

 ……というところで話変わって、明け方に見た夢。なんとなく昔話っぽい内容だったので(?)、それj風に脚色してみた。

 むかしむかしあるところに、総理大臣と小間使いの女が、いっしょに暮しておりました。総理大臣と小間使いは、ふと思いついて、互いの仕事を交換してみることにしました。総理大臣は女装して小間使いの仕事を、小間使いは男装して総理大臣の仕事を始めます。総理大臣は政治から解放されて、楽しく家事をこなしました。小間使いは意外な才能を発揮して、国の問題を次々と解決していきました。そして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

2019年3月10日 (日)

果報は寝て待て?

 隣の中学校の校庭でまた動きがあった。根回しをされて待避させられていた樹木を、元の場所に戻す作業がまた始まったようだ。

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 昨日の朝に植え替えているのに気づいて、とりあえず写真を撮る。

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 土曜の内に片付けるつもりかと思ったけれど、なかなか作業が進まない。今朝見たらまだ植わっていなかった^^;

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 日曜日は作業は休みなので、ちゃんと植えてもらえるのは月曜以降だね。しばらく横になったまま我慢してくれたまえ^^;

2019年3月 8日 (金)

休眠口座の冒険

 ちょっと前に休眠預金活用法なるものが施行され、長いこと放ったらかしてある銀行の預金は、政府のものになってしまうんだそうで……。

 向こうは、子どもの貧困対策、若者支援、福祉などに活用するとか言っているけれど、なんだか信用できない^^; 消費税だって、最初は全額福祉に使うという話だったのに、現実問題としてそうはなっていないものね。

 勝手に使われるのも業腹なので、その前に解約してしまおう。預金通帳と、キャッシュカードと、登録印を持って、いざ窓口へ。話はすぐ通じたけれど、休眠口座のバヤイ、手続きに時間がかかるという。ちょっとビビる。それでも30分ほど待つだけで事足りた。

 口座に残っていた残高は466円。これが本日のアドベンチャーの「報酬」である。アイスクリームでも買おうかな? それはいいとして、実はほかにもまだ休眠口座があるんだよね~……^^;

2019年3月 7日 (木)

最後の検診

 お茶の水の歯科病院で恒例の歯磨き&検診。

 いつもの女医さんがやってくれるものだとばかり思っていたら、早々に学生さんらしいお兄さんにバトンタッチ。女医さんは「歯垢を削るように」と口で指示を出すばかりだ。おっと! 久々の練習台かよ

 こちらはまな板の鯉の心境で、目をつぶってじっとしていたのだが、お兄さんの息遣いでドキドキしているのが伝わってきたもので、おつきあいでドキドキしてしまった。まあ、若干ぎこちない感じもあったけれど、とくに大過なく歯垢の除去は終わり、その後の歯磨きも、まあまあフツーだった。……とはいうものの、練習台にされるんだったら、こっちがお金もらってもいいくらいなんじゃないのかな~。

 --なんてことを思っていたら、ふたたび女医さんがやってきて、「病院を辞めることになりましたので、これで診療は終了です」だって。ふたたびおっと~! 現在はとくに問題ありませんので、もし検診を続けたいのであれば、お近くの医院に行くなり、あらためてこの病院で受付するなりご自由に--とのことだった。ふ~む。そこはかとなく放り出された感が……。まあ、検診だけじゃ儲からないだろうからしょうがないんだろうな。

 てなわけで、これから新たな先生を探さなくてはならぬ。どうせなら、相性のいい人がいいよね。若い美人の女医さん、なんてぜいたくは言わないから……^^;

2019年3月 4日 (月)

『聴かずに死ねるか!』蛇足的な注釈

 何を書くかよりも何を書かないかが重要--というのは、文筆の基本だと思っている。幹ばかりで枝葉のない文章もつまらないけれど、かといって枝葉ばかり伸びすぎると、肝心の幹が見えなくなってしまう。どの枝を伸ばしてどの枝を剪定するかが腕の見せどころなのではないか。

 『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)は麻田さんとの共著だったため、必ずしもこの理想どおりにはいかなかったけれど、それでもそれなりに剪定はしてある。そのまま埋もれさせるのがもったいないような気もしてきたので(ん?)、あらためてここでご紹介しよう。注釈風にまとめてみたので、興味のある方は本を参照しながらお読みください。

●1章

グレン・グリーン・シンガーズ(P.22)

 「sing-out '65」で、麻田さんといっしょにツアーをした女性フォーク・グループ。このメンバーの一人に、後に大女優となったグレン・クローズがいた。グレン・クローズと言えば、映画『危険な情事』の恐ろしい演技が忘れられない。夢に見そうなコワい顔でグイグイと……。「sing-out '65」の当時は18歳くらいで、まだ世の男性諸氏を震え上がらせてはいなかったはずだが。

●2章

オールド・タウン・スクール・オブ・フォーク・ミュージック(P.31)

 麻田さんと岩沢幸矢さんがシカゴで通ったというギター・スクール。スティーブ・グッドマンやジョン・プラインもここでギターの弾き方を学んだそうなので、麻田さんたちも同窓生ということになる。

ジョン・ハモンド(P.41)

 グリニッチ・ビレッジで知り合ったブルース・シンガー。本文にもあるように、ジミ・ヘンドリックスやロビー・ロバートソンをギタリストに起用したこともある。ブルースの大御所、ジョン・リー・フッカーとも親しかったようだ。父親は、著名な音楽プロデューサーのジョン・ハモンド・ジュニアだという。

イージー・ヤング(P.41)

 フォークロア・センターを経営していたイージー・ヤングは、グリニッチ・ビレッジの顔役の一人で、麻田さんの前には、ニューヨークに出てきたばかりのボブ・ディランもお世話になっていたようだ。麻田さん曰く「イージー・ヤングは、当時もうディランのことをよく言ってなくて、ティム・バックレーを一生懸命推していた」とか。

●3章

ジャクソン・ブラウン(P.50)

 シカゴのライブで、最後にスティーブ・グッドマンもまじえて演奏した曲は、「Sweet Little Sixteen」の可能性が高いのではないか? 初期のリンドレーとのデュオ・ライブの音源を聴くと、オールディーズ・メドレーといった趣向で、この曲や「悲しき街角(Runaway)」などを一度に演奏していたりする。

ピート・ドレイク(P.52)

 72年のナッシュビル・レコーディングの際のペダル・スティール奏者。ロック・ギターでおなじみのトーキング・モジュレーターという特殊なエフェクタを考案したことでも知られる。このエフェクタを駆使したトーキング・スティールは、ドレイクの代名詞でもあった。

本田路津子(P.54)

 和製ジョーン・バエズとも称された美声の女性フォーク・シンガー。NHKテレビなどへの出演も多く、ウディ・ガスリーやディランの流れを汲む反体制的なフォーク・シンガー勢とは一線を画していた。麻田さんと同じ事務所に属し、いっしょにツアーを回ることも多く、かの有名な71年の第3回全日本フォーク・ジャンボリーにもそろって出演している。

ベッツィ&クリス(P.56)

 日本で活躍したアメリカの女性フォーク・デュオ。最大のヒット曲「白い色は恋人の色」は、北山修作詞、加藤和彦作曲。麻田さんはこのデュオの司会兼オープニング・アクトを務めただけでなく、楽曲も提供していた。ソロ・アルバムに収めた「僕の中の君」も、もともとはベッツィ&クリスのために書いた曲だという。

●4章

デビッド・グリスマン・クインテット(P.63)

 本文にもあるとおり、76年の来日時にまだアルバムは出ていなかったけれど、グリスマンのソロ・アルバム『THE DAVID GRISMAN ROUNDER ALBUM』のレコーディングは、すでに完了していた。このアルバムは、来日メンバーのビル・キースも参加した、プレDGQとでも言うべき作品である(バイオリンはリチャード・グリーンではなくてバッサー・クレメンツ)。トリオレコードから出た日本盤は、日本ツアー直後の76年5月25日のリリースとなった。

ピート・グラント(P.79)

 ガイ・クラークのツアーに参加したピート・グラントは、カリフォルニアのセッションマン。エモンズのペダル・スティール・ギター(12弦ダブル・ネック)と、パーム・ペダルを3本付けた10弦ドブロをたずさえてきた。ちなみにガイ・クラークもカリフォルニアのドブロの工場で働いていた経験があり、ギターのリペアマンとしての実績もある。

アーレン・ロス(P.81)

 マッド・エイカーズの一員としてやってきたアーレン・ロスは、このときが初来日だったはず。ペダル・スティール・リックを駆使した、ユニークなギター奏法は日本でも話題となった。マッド・エイカーズの中心メンバーだったハッピー&アーティ・トラウムのアルバム『HARD TIMES IN THE COUNTRY』(Rounder 1975)でもロスのギターが大きくフィーチャーされており、その関係もあってツアーに参加することになったと思われる。

●5章

ローリング・ココナツ・レビュー(P.88)

 私の記憶する限りでは、開催当時の紹介文の表記は、みな「ココナッツ」だったはずだが、本書ではレイアウト校正の段階ですべて「ココナツ」に改められた。理由は定かではないが、2018年に初めて製品化された同コンサートのCDボックスのタイトルが『ローリング・ココナツ・レビュー・ジャパン・コンサート1977』だったことと、何らかの関連があるかもしれない。

Rollingcoconut ローリング・ココナッツの缶バッジ

ピーター・ローワン・バンド(P.90)

 バンジョー、ギター、マンドラ、フィドルというブルーグラスとしては異例の編成(なによりもベースが入っていない)になったのは、このイベントのためにメンバーを急遽集めたためだろう。ジョン・ヒックマン、ダン・クレアリーのカリフォルニア・コンビは、ピーター・ローワン、リチャード・グリーンとそれまでプレイした経験はなく、日本で初めて音を合わせたという。ピーター・ローワンのマンドラは、1920年代のモデルだと思われる希少なギブソンH-5だった。ブルーグラスでは通常はマンドリンを使用し、マンドラを弾くことはまずない。

レッド・ホット・ピッカーズ(P.90)

 ローリング・ココナッツ・レビューの翌年に開催されたピーター・ローワンの日本ツアーの際にバック・バンドが必要だということで、ちょうどスケジュールの空いていたニューヨークのラジカルなブルーグラス・ミュージシャン3人がブッキングされた。アンディ・スタットマン(マンドリン)、トニー・トリシュカ(バンジョー)、ロジャー・メイソン(ベース)という、いずれ劣らぬ鬼才たちだ。レッド・ホット・ピッカーズというバンド名は、その際に即席で付けられたその場限りのもの。このトリオも、ピーター・ローワンたちとは初顔合わせだった。フィドルのリチャード・グリーンが特別ゲスト扱いになったのは、キャリア等の格の違いが考慮されたからだろう。

●6章

ジーン・パーソンズ(P.100)

 元バーズで、ストリングベンダーの考案者としても知られるジーン・パーソンズは、カントリー・ガゼットやフライング・ブリトー・ブラザーズで来日が噂されたが、どちらもキャンセルとなった。パーソンズは「クジラを守れ」というステッカーを楽器のケースに張り、日本製品のボイコットも主張するという筋金入りの「エコな人」だったようなので、その信念が多少なりとも影響したのかもしれない。

スクエア(P.115)

 のちのT-スクエア。ユーミンのツアーに参加した当時のメンバーは、安藤正容(ギター)、伊東たけし(サックス、ウィンドシンセ)、久米大作(キーボード)、中村裕二(ベース)、青山純(ドラムス)、仙波清彦(パーカッション)。79年夏のOLIVEツアー、同年冬のマジカル・パンプキン・ツアーで、バックバンドを務めた。パントマイムをさせられたのは、マジカル・パンプキン・ツアーのとき。OLIVEツアーの東京公演では、本物の象も登場したというが……。

●7章

ピチカート・ファイヴ(P.132)

 田島貴男を迎えてレコーディングした最初のアルバムは『BELLISSIMA!』(1988年)。CBSソニー時代は、このあとに『女王陛下のピチカート・ファイヴ』(1989年)と、リミックスによるベスト盤的な『月面軟着陸』(1990年:この頃プレジデント社のPC本の取材でメンバーの高浪慶太郎さんにインタビューをさせられ、何を書いていいのやら戸惑った経験がある^^;)を制作している。田島さんはコロムビア移籍を期にバンドを離れ、オリジナル・ラブに専念。このため、ニューヨークのサイコ・ナイトに出演したときのメンバーは、小西康陽、高浪慶太郎、野宮真貴の3人のはずだ。

●8章

マーク・ベノ(P.148)

 ハイドパーク・ミュージック・フェスティバルのステージのサポート・ギタリストは奥沢明雄。ずいぶん以前からマーク・ベノの曲をカバーしていたベノ・フリークで、相性は抜群だった。リハーサルでは自作曲のコード進行を忘れていたベノにアドバイスをする一幕もあったとか。奥沢さんは佐野元春のステージでもギターを弾いていたが、こちらは当日のサウンド・チェックの時点で急遽客演が決まったのではないかと想像する。

ジョン・コーワン・バンド(P.148)

 ニュー・グラス・リバイバルでベース、ボーカルを担当していたジョン・コーワンのソロ・ユニット。コーワン以外の来日メンバーは、ノーム・ピクルニー(バンジョー)、シャド・コッブ(フィドル)、ティム・メイ(ギター)。マンドリンのウェイン・ベンソンと、ギターのジェフ・オートリーが日本に来られなくなったため、代わりにギターのティム・メイが急遽来日することになった。マンドリンのない変則のブルーグラス編成ではあったが、メイのパフォーマンスを間近で見られたのは望外の幸運だったかも(インタビューもできたし)。まだ若いノーム・ピクルニーがバンド全体をまとめているように見えたのも印象的だった。その後、ピクルニーはいまをときめくパンチ・ブラザーズに参加することになる。

佐野元春(P.150)

 ホーボー・キング・バンドを従えてのパフォーマンス。佐橋佳幸(ギター)、Kyon(キーボード)、井上富雄(ベース)など、凄腕ぞろいのメンバーだけに、さすがの安定感だった。この日はゲストの形で奥沢明雄も加わり、アコースティック・ギターを弾いた。

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