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2019年2月 3日 (日)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(7)

◆証言をめぐる行き違い

 10月下旬の原稿整理のあとは、PDFによる校正、ゲラ刷りによる校正(これでほぼ校了)、さらにダメ押しのPDF校正があって、無事1月18日に出版の運びとなった。この間の経緯も書こうと思えばいろいろ書けるのだが、やや冗長にすぎるので割愛させていただく。

 以下は本文以外の制作に関わる話。

 私はレイアウトや写真の選定にはかかわっていないため詳細は不明ながら、表紙になったDGQのリハーサル風景(神田共立講堂)は得能通弘さんが撮影されたものだそうな。当初、麻田さんは「SING OUT」誌のパロディを表紙にするアイデアを持っていて、本文1ページめの口絵風の写真が、その名残だったりする(元ネタは16ページに掲載)。 「SING OUT」はデザイン的に優れた雑誌とは言い難いし、だいたんにトリミングされたDGQの表紙はとても印象的で素敵だしで、やはりこちらが正解だった気はする。

 巻頭、および本文中のミュージシャンの写真も、おおむね得能さんと桑本正士さんによるものだろう。個人的にお気に入りの釣りをするエイモス・ギャレットさんの写真は、桑本さんが撮られたもの。とにかく、ほとんどの写真が初めて見るものばかりで、これを掲載できたおかげで、本書の価値はグンと高まったと思う。

 トムスのプログラムやTシャツの写真をまとめたカラー・ページは、編集の坂口和樹さんのアイデア。本のデザインをトムスゆかりのマーチン荻沢さんにお願いしたのも坂口さんのはずだ。トムスのパンフレットにも通じる本書のデザインのテイストは、きっとトムス・ファンの心をくすぐるに違いない。この起用も大ヒットだったのではないかと思う。ちなみに荻沢さんは、本書P.229~230のアシュラさんの証言にも登場している。

 そのアシュラさんの証言や、バラカンさんとの対談も坂口さんの提案だったと思う。

 バラカンさんとの対談は、本書の中ではいちばん順調に進んだかもしれない。録音テープから起こしたほぼそのままで(話の流れをわかりやすくするために一部順番を入れ替えたところはあるものの)、校正の直しもほとんどなかった。せいぜいバラカンさんの指示に従って、ミュージシャン名のカタカナ表記を改めたくらいである。

 これに対して、アシュラさんの証言のほうはいろいろあった^^;

 最初にこの企画の話が出てきたときには、ツアーの裏話的なエピソード以外に、アシュラさんのフィルターを通した麻田浩像についてもいろいろうかがいたいと思っていた。評伝と違って自伝のスタイルだと、客観的な視点がどうしても不足しがちになる。そこで、長年にわたりトムスと深く関わってきたアシュラさんの証言を通して、麻田さんのアナザ・サイドに迫れたら面白いのではないかと考えたわけだ。

 実際に、興味深いお話はたくさん聴けたのだが、編集の坂口さんからこちらの意図がちゃんと伝わっていなかったようで、……というよりも、私と坂口さんの思惑がもともと違っていたせいかもしれないけれど、最初の原稿を読んだアシュラさんはずいぶん当惑されたようだ。結局、採用された原稿はアシュラさんが全面的に書き直したものになった^^; 私がこの事実を知ったのは、レイアウトが上がったあとの最後の校正の時点である。時すでに遅し……。

 ダメ出しを食らった当初の原稿では、周囲を巻き込みいろいろと迷惑をかけつつも、なぜか憎めない麻田さんの魅力的なキャラクターがくっきりと浮かび上がってきて、すごくよい内容だったと思うのだが。まあ、麻田さんに遠慮したアシュラさんの気持ちもわかるし、ここはいさぎよくあきらめるしかないのだろう。

 トムスの倒産に関しても、麻田さんとは別の視点でその経緯が述べられていて、いっしょに読めば、よりわかりやすかったのではないかと思う。たとえばトムスのどこに問題があったのかとか……。とはいえ、アシュラさんが書き直した原稿も、それはそれで充分に面白いのだけれどね。

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