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2019年1月

2019年1月31日 (木)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(5)

◆文体を変えよ!

 5月末に初稿を書き上げた時点で、こちらの作業はすでに半ばを超えたかと思っていたのだけれど、現実はそう甘くなかった。即座に「文体がよくない」という指摘が、編集の坂口さんから戻ってきた。敬体文(ですます調)ではなくて、常体文(だ、である調)に変えたいと言う。

 たしかに初稿の文は敬体で書かれていた。麻田さんが話されたとおりに文字に起こした結果、自然にそうなった。最初に自伝でいくと決まったときに、「だったら麻田さんが話されたとおりに書きますよ」と念を押し、了解してもらったつもりでいたのだが、話が通じていなかったようだ。これには頭をかかえた。

 語りおろしっぽい文章を避けたいという編集サイドの思惑もわからないではなかったが、文体を変えてしまったら本来のディテールが失われてしまいかねない。常体文に書き直すとなれば、語尾だけ変えれば済むというわけにはいかず、文章全体の言い回しを調整しなければならないからだ。たいへんな作業になることも目に見えている。

 「敬体文の自伝はたくさんありますよ」といくつか反例も挙げてみたのだが、坂口さんも譲らず。結局、6月4日の打ち合わせの席で麻田さんに判断してもらおうということになった。

 だったら、判断の材料があったほうがいいだろう。そこで冒頭の何ページかを常体文に書き直したサンプルを作って持って行くことにした。いまにして思えば、このときに手抜きというか、できの悪い文章を作ればよかったのかもしれないが、やりだすとついつい本気になってしまうもので。はたして、「こっちがいいかなぁ」と麻田さんが選んだのは、書き直した常体文のほうだった。う~む……。

 当然ながら書き直すのは私の仕事である。とはいえ、その後坂口さんから書き直しの指示はなく、こちらも積極的にやる気はなく、しばらく様子を見ることに。まあ、元原稿が麻田さんのところに行っている間は手が付けられない、という事情もあったのだけれど。

 事態が大きく動いたのは10月もおしつまった頃だ。10月22日の時点で、麻田さんが加筆訂正した原稿が届く。この段階ではまだ敬体文のままだった。

 9月刊行の予定は1月に延期になっていたけれど、いずれにしても時間の余裕はあまりない。坂口さんからの指示は「原稿整理を」というだけだったので、そのままうやむやにしてもよかったのかもしれないけれど、やはり気になるものは気になる。「それで文体はどうしましょうか?」とおそるおそる尋ねると、「常体文にしましょう」という答えが返ってきた。あ~、結局そうなるのか~!

2019年1月27日 (日)

40数年越しの出会い

 中塚正人さんと言えば、「吹雪哀歌」そして「風景」。73年の春一番コンサートのライブ盤に収められた、この2曲の演奏が、私の中ではいまだに色あせないでいる。ご本人によれば27歳のときに音楽活動を休止して山口に引っ越してしまったそうで、そのため私は一度もライブに接することなく今日まで来てしまった。

 そんな中塚さんが久々にまた歌い始め、東京にもやってくるという。お茶の水や東中野でもライブがあって、こちらは家からすぐ見に行ける距離ではあったのだが、あえて26日(土)の福生Cafe ToRamonaのコンサートに行くことにした。

 店主の浦野茂さんから何度かお誘いをいただいていたのに、まだうかがえていなかったというのが理由の1つ。それともう1つ、村上律さんとの共演だったことも大きかった。このお2人の組み合わせなら、きっととうまくかみ合うのではないかと思ったのだ。

 ……とは言いつつも福生は遠い。高田馬場で西武線に乗り換え、五日市線で拝島から東秋留まで、というコースを選択したら、乗車のときにボタンを押してドアを開ける電車というものを、人生で初めて体験できた^^;

 閑話休題。コンサートは村上律さんのソロで始まった。バンジョーとドブロを駆使しての弾き語り。マイクロフォンもいっさい使わない完全な生音でのパフォーマンスだったのだが、これがしみじみと沁みてくる。村上律さんのライブは、律&イサト、アーリータイムス・ストリングス・バンド、ラストショー、武蔵野タンポポ団など、何度も見てきたけれど、それらとはまたひと味違ったよい演奏だった。

 そのあとは初体験の中塚正人さんのライブ。「吹雪哀歌」が始まったときには、なにやらジーンとくるものが。お若い頃はわりとしわがれた声のイメージがあったのに、それが歳を経た現在は澄んだクリアなボーカルになっている。本当はこんな歌い方をする人だったのか。この発見には感動させられた。ギブソンJ-45(……とご本人はおっしゃっていたけれど、見た目はナチュラル・フィニッシュのJ-50のような感じだった)のサウンドを活かしたギター・ワークも素晴らしい。

 最後に村上律さんを迎え入れてのセッション。高田渡さんの「鉱夫の祈り」「生活の柄」を2人で演奏して、フィナーレはもちろん「風景」。「吹雪哀歌」と共に19歳のときに作った歌であることをMCで知ったけれど、その歳でよくこんな歌詞を書けたものだ。

  僕が よぼよぼの 爺さんに なったならば
  僕は 君を連れ この街を 出るんだ

 最後はお客さんも加えて全員の大合唱。およそ50年を経たいまとなっては、この歌に歌われているとおりの年齢層によるシングアウトになってしまったような。それでも歳を重ねたことで実は得たものもあるのでは、と思わせてもらえるひとときだった。

 終演後は、お客さんも参加しての打ち上げ。なんと500円の追加料金で飲み放題、心づくしの料理も食べ放題という、採算度外視の大盤振る舞いである。中塚さん、村上さんともゆっくりお話ができて、やはりはるばる福生まで来てよかったのかも。

2019年1月25日 (金)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(4)

◆ポストプロダクションの実態

 インタビューの間は、基本的に麻田さんのターンと言っていい。こちらはたんに話を引き出す係にすぎない。それはそれで、ある程度の技術は必要であるにせよ。

 インタビューが終わったあとしばらくは、逆にこちらのターンで、録音テープ(正確にはICレコーダーのデジタル音声データ)を、なるべく忠実な形で文字に落とし(いろいろな考え方があるかとは思うが、これが私の流儀)、その素材を取捨選択して、ストーリーの流れに沿って並べていく作業になる。

 この過程で重要なのは、何を取り上げるかではなくて、むしろ何を切り捨てるかを判断することだったりする。また、同時多発的にいろいろなできごとが起きている場合には、時系列に沿って並べていくだけだとグチャグチャになりかねないので、すんなりと読めるように配置を工夫しなくてはならない。麻田さんは、ミュージシャン、音楽ライター、ツアー・マネージャー、映画の助監督、役者……といった役割を一度にこなしていた時期もあるため、それをすっきり収めるのには、かなり苦労した。

 これと並行して、本文全体の構成や章立て、章題、中見出しなども考える。章題は、麻田さんが大の車好きということで、「イグニッション」「バイパス」など自動車絡みの用語を並べてみることにした。このアイデアは、実は以前から温めていたものだった。最初に計画していた評伝も、ルート66をたどる麻田さんの旅の話で初めて、最後にまたルート66に戻ってくる構成にしようかと考えていたくらいだ。

 ちなみに私自身は自動車の知識はゼロに等しい。このためテクニカル・タームの選択が適切かどうか、まったく自信はなかったのだが、こちらの意図を知ってか知らずか、麻田さんは最後まで何もおっしゃらなかった。

 当初は2018年の9月には出版する計画だったため、5月末の時点で初稿を上げて編集の坂口さんに渡した。麻田さんのインタビュー終了の時点から、ほぼ1ヵ月半。その間にグッズの撮影や、アシュラさんへのインタビューや、麻田さんとバラカンさんの対談などもあったため、スケジュール的にはかなりきつかった^^;

 さて、ここからはふたたび麻田さんのターンで、この初稿をチェックして、足りない部分を加筆していただくことに。ところが、この時点で思いもよらなかった問題が出てきた。

 --というところで次回に続く。

2019年1月23日 (水)

丸ごと1冊ギブソン

 枻出版社のムック『Vitage Guitars 丸ごと1冊ギブソン』が届いたのでご紹介。

Eigibson

 ギターの写真はとてもきれいに撮れていると思う。私は、P.74~P.91のギターの解説を書かせていただいた。モデルで言うと、ファイヤーバード、ES-335、345、355、メロディメーカー、L6-S、RD、マローダー、ザ・ポールなど。

 個人的にもこのあたりのギターはけっこう持ってたんだよね~。64年のファイヤーバードIIIとか、70年のES-345とか、70年代のL6-Sとか。いまはみんな売ってしまったけれど。

 ついでに、ちまちました余談。L6-SとかL5-Sとかいうモデル名が以前から気になっている。L-5のソリッド・バージョンがL5-Sという位置づけのはずなので、本来ならL-5Sと表記すべきなんじゃないのかな、なんて……。

2019年1月22日 (火)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(3)

◆評伝ではなく自伝で

 最初の実務的な打ち合わせは、翌18年の1月23日。実はこの時点では、私は麻田さんの評伝を書くつもりでいた。ところが担当編集者に決まったリットーミュージックの坂口和樹さんは、自伝のスタイルにしたいとおっしゃる。ちなみに麻田さんはこのときまだ中国にいらっしゃったはずで、この打ち合わせには関わっていない。

 この展開は予想していなかったものの、第三者の書く評伝よりも麻田さんの自伝を読みたい人が多いだろうということは、容易に想像がつく。とにかく麻田さんの本を出すことが第一であると思い直し、評伝の企画は取り下げることにした。

 自伝となれば、私は書記に徹して、麻田さんの言葉を脚色なしにそのまま文字に起こすべきだろう。インタビューを元に本をまとめるという大枠は変わらないにしても、実際の作業は全く違ったものになる。現実には紆余曲折会あって、100%この方針のとおりにはいかなかったけれど、その理念自体はおおむね貫けたのではないかと思っている。

 麻田さんへのインタビューは都合3回実施した。それとは別にアシュラさんへの取材や、バラカンさんとの対談も行なった。この間の主な日程を下に整理しておこう。

2018年2月21日
 第1回インタビュー

4月10日
 第2回インタビュー

4月13日
 第3回インタビュー

4月20日
 パンフレット、Tシャツなどのグッズの撮影

4月26日
 伊藤あしゅらさんインタビュー

5月12日
 麻田さんとピーター・バラカンさんの対談

 2月21日は、本当は麻田さんも交えて、全体のコンセプトや今後の日程を話し合う最初の打ち合わせになるはずだったのだが、麻田さんが日にちを間違えて前日にリットーミュージックを訪れたため、急遽私抜きでの打ち合わせとなり、翌21日は前倒しでインタビューを行なうことになった^^; この日は少年時代の話から始まって、トムスを立ち上げるまでを一気に。

 4月10日は、招聘アーティストの話を中心に、トムスの立ち上げから倒産まで。そして13日はトムス以降現在に至るまでの活躍について。

 こうしておよそ9時間ほどの録音テープができ上った。この音源をどのように料理していったかについては、次回にまたあらためて。

2019年1月19日 (土)

FMラジオでプロテスト・ソング

 1月18日午後4時より、麻布十番のスタジオで、FMラジオ「A・O・R」の収録。すでに書いたように、特集のテーマはプロテスト・ソングだった。

 17世紀のブロードサイド・バラッドの話から始めて、1962年の「ブロードサイド」誌の創刊の話へつなげる。選曲は、フォークの曲だけではいまいち面白みが足りないので、ロックやソウルのミュージシャンも取り上げることにした。ディランやバーズは欠かせないとして、あの人や、あの人も……。

 放送は、1月24日(木)午後8時から。電波の届く地域の皆様はぜひお聴きくださいませ。

 収録の当日は、ちょうど『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)の発売日でもあったので、新宿へ寄り道して紀伊国屋を覗いてみる。別館(アドホック館)のM2階に無事置いてあるのを見つけた。平積みになってはいたものの、音楽書全般にあまり厚遇されているとは言えない雰囲気で、いまいちワクワク感が……。もっと頑張らなくてはいかんぞな。

Guitarmag1

 そういえば、同じ版元のギターマガジンの2月号は、カントリー・ミュージックの大特集号なのだった。「カントリー最高説。」と題して、実に116ページにわたってカントリーの話題を取り上げている。おなじみアシュラさんのイラストが、表紙はもちろん、記事中でも大きくフィーチャーされているし、麻田浩さんのインタビューも掲載されているしと、まるで『聴かずに死ねるか!』の刊行に合わせていただいたかのようだ! まあ、私は何も書いてないんだけどね^^;

Guitarmag2

 ところで、「カントリー最高説。」になんとなくデジャビュ―感があって探してみたら、同誌の2017年2月号で「ブルース最強説。」という特集が組まれていたのを見つけた。「最強」と「最高」だから、とくに矛盾はないよね、たぶん。

2019年1月18日 (金)

ラジオの日

 ジタバタともがいているうちに、時間がどんどん過ぎていく。今日はFMラジオの収録の日ではないか! まだ前回の放送についてまとめてないというのに。

 そんなわけで今日の特集は、プロテスト・ソング。前回の特集がボブ・ディランだったし、その前がディプレッション・ソングだったし、すでにフォーク・リバイバルの特集もやっているしで、内容がけっこうかぶっているような……。ディランの曲は入れないわけにはいかないし、さて困った。

 ここだけの話、プロテスト・ソングって音楽的にそんなに面白く感じられないものも多いんだよね~^^; 正直、苦手な分野かも。まあ、フォーク・リバイバル以外のネタで攻めればいいか。

 どうせプロテスト・ソングを取り上げるなら、ブロードサイド・バラッドあたりの話からじっくりやりたかったんだけどな。すでにマーダー・バラッド(殺人の歌)の企画は出してあるのだけれど、こういうヘビーなテーマはラジオ的には難しいのかしらね?

 それはともかく、去年の12月13日に放送されたボブ・ディラン特集の件も書いておかないと。

 まず、番組のサイトにアップされていたオンエアリストは以下のとおり。

  20:02 Frankie & Albert / Bob Dylan  
  20:08 Subterranean Homesick Blues / Bob Dylan   
  20:13 Pretty Peggy-O / Bob Dylan
  20:16 The Ballad Of Hollis Brown / Bob Dylan 
  20:23 Tears Of Rage / Bob Dylan & The Band
  20:29 Duquesne Whistle / Bob Dylan  
  20:36 Like A Rolling Stone / Bob Dylan  
  20:41 Girl from the North Country / Bob Dylan
  20:46 Simple Twist Of Fate / Bob Dylan

 なんだかんだで、60年代の録音が多くなってしまった。とりあえず、弾き語りのトラッド・シンガーだった頃からプロテスト・ソング期を経て、フォーク・ロック、カントリー・ロックへ……という流れは押さえたつもり。ザ・バンドやジョニー・キャッシュとのセッションもあり、4ビートのジャズもありと、それなりにバラエティに富んではいるけれど、いかんせん、ディランのキャリアを1時間にまとめるのは苦しい……。

 ちなみに、今回リストアップしたのに放送から漏れてしまった曲はこちら。

  Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again(『BLONDE ON BLONDE』1966)
  It Ain't Me, Babe(『THE BOOTLEG SERIES VOL. 5』2002<1975年録音>)
  My Blue Eyed Jane(『THE SONGS OF JIMMIE RODGERS: A TRIBUTE』1996)

 ジミー・ロジャースの曲をカバーした「My Blue Eyed Jane」は、あまりにもカントリーすぎるので嫌われたのかな? ディランのルーツを知る上では、このあたりも重要ではあると思うのだけれどね……。

2019年1月17日 (木)

エンケン大博覧会!

 東京・原宿にあるファッション・ブランド、ビームスのアンテナ・ショップ。その3階のトーキョーカルチャートで開催中のエンケン大博覧会に行ってきた。遠藤賢司さんのデビュー50周年を記念したイベントだとかで、愛用のギターやアンプ類はもちろん、ステージ衣装、レコード、ポスター、その他の私物まで、ありとあらゆるエンケン・グッズが展示されていた。

 写真を撮ってもかまわないかお聴きしたところ、「どうぞご自由に」ということだったので(なんとまあ、心の広い!)、そのときに撮影した画像を貼り付けておく。

Enken1

 おなじみのギターたち。マーティンはD-35のほかに、D-18と00-21。グレッチはホワイト・ファルコンが1本、ロック・ジェットが2本。ヤマハFG(-180?)が4本。アコギの多くには、すさまじいピック・スクラッチの痕が生々しく残っている。

Enken2 Enken3

 アンプ類は、わりと新しめなオレンジと、年季の入ったフェンダー・スーパー・リバーブ&バイブロラックス・リバーブ。そしてステージで背中に担いでいたローランドのキューブ。

Enken4

 ハーモニカ、ピック、カポなどをまとめた小物入れ。なんかカッケー! キンカンも入れてたのね。

Enken5

 ステージ衣装もたくさん並べられていた。フリンジのついたカウボーイ風のジャケットも、パッチワークだらけのジーンズも、なんか見覚えある……。

 エンケン大博覧会は、1月23日までの開催だそうな。入場無料でもあるし、お時間の許す方は一度覗いてみられてはいかがだろうか?

  https://www.beams.co.jp/news/1298/

2019年1月16日 (水)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(2)

◆そもそものはじまりは……

 話は2017年11月にまでさかのぼる。

 板橋区の仲宿商店街に、Dream's Cafeという名のロック喫茶があるのをご存知だろうか? ほとんどウェストコースト・ロック専門店と言っていいようなお店だそうだが、このロック喫茶で、2017年11月11日に麻田浩さんのトーク&ライブが開催された。トークのテーマは、長年の友人であるジャクソン・ブラウンとの交流を語るというもの。このお話が「!」の連続で、たいへん面白かったのはもちろんだけれど、ある意味それ以上にインパクトがあったのが、途中で麻田さんがポツリと漏らしたひとことだった。「以前から本を書かないかと言われているんだけど、自分で書く余裕がなくてそれっきりになっている。誰か書いてくれる人がいれば……」

 実はそれ以前から麻田さんの本を書きたいという思いは持っていた。トムス・キャビンが招聘したミュージシャンたち--たとえば、ジェフ&エイモス、ハッピー&アーティ・トラウム、デビッド・ブロムバーグ、ジョン・コーワン・バンドなど--への取材をコーディネートしていただいたりもしていたし、拙著『アメリカン・ルーツ・ミュージック』(アルテスパブリッシング)のときは、二度目の渡米のときの話を中心に、麻田さんのインタビュー記事をまとめさせていただいたこともあった。 その勢いで、これまでの麻田さんの業績をすべてまとめた書籍を出せないかと考えるようになり、実際に企画書を書いたこともあったのだ。

 とはいえ、そもそも麻田さんは名文家として知られている。ご自身が書くのがいちばんというのは正論だろうし、現にそのような噂もちらほらと聞こえてきていた。企画書も通らず半ばあきらめかけていた頃に、この突然の朗報である。あとさき考えずに「やりたいです!」と名乗り出ていた。

 非才の身を棚に上げて、こんなことを書くのもおこがましいのだけれど、事情がよくわかっていない人にテキトーな仕事をされるのだけは勘弁という思いもあった。それならいっそ自分がやって、当たって砕けたほうが諦めがつく(おいおい^^;)。ともあれ、こちらの熱意が通じたのか、終演後にお話をすると、麻田さんもいっしょにやろうと言ってくださった。

 「リットーミュージックの○○さん知ってる?」
 ここで麻田さんの口から具体的な出版社名が出た。

2019年1月15日 (火)

制作ノート番外編(楽屋であたふた)

 1月14日(月)、新宿ロックカフェロフトにて、『聴かずに死ねるか!』の発売に合わせた麻田浩さんを招いてのトーク・イベント、「月刊牧村別冊 冬期ゼミ#3」。開場5分前の午前11時55分に到着。

 もしかしたら何かお手伝いすることがあるかもと思い、早めに押し掛けた。あまり早くてもかえってご迷惑かと忖度しての、開場5分前である(こう見えて意外と気を使うほうなのだ。その気遣いの方向が決定的に間違っていることも多いのだが^^;)。

 まずはホストの牧村憲一さんにご挨拶。牧村さんはニコニコしながら、「ついさっき麻田さんから連絡があって、レコードは何を持って行ったらいいかと聴かれましたよ」とおっしゃる。その質問って、まだ自宅にいることが前提っすよね? もうすぐ開場時間なのに……。いやはや、麻田さんらしいというか……^^;

 結局、開場からずいぶん経ってから、大量の資料を抱えて麻田さんは到着した。さっそく会場の2階で、牧村さんと二人の打ち合わせ。どの曲をかけるかのリストアップが始まったようだ。そこからやるんかい! ……というか、持ってきたレコードはそんなにたくさんないのに、ないものをどーやってかけるの? ハラハラするこちらをよそに、牧村さんと麻田さんはいたって落ち着いたそぶりだ。

 そうこうするうちに、販促イベントであるにもかかわらず、肝心の本が1冊もないこともわかった。会場で売ればかなりの数がさばけただろうに、リットーさんの商売っ気のなさったら……! まあ、私も他人のことは言えんか……。

 しょうがないので、念のためにと私が持ってきていた唯一の本を、みなさんに見ていただくことにした。ポジティブに解釈すれば、これで私も少しはお役に立てたということだ。

Loftevent

 何はともあれ、10分遅れでトークはスタート。カメラも用意していったのだが、「関係者は2階にいるように」ということなので、じかにステージの写真は撮れなかった。せめて2階に置かれたモニターの写真を撮っておこう。1階はどうやら満員御礼の盛況だったようで、なによりだ。

 トークの内容は、本に書いてあることがほとんどだったと思う。私がここで繰り返すより、本を読んでいただいたほうが早いだろう(手抜きですみません)。なんにしても、楽屋裏がドタバタだったわりには、つつがなく終了して、ほっと一息……なのだった。

Alisonbrown

 そんなこんなで、この日の個人的な収穫はこれ。トムス・キャビンのグッズ販売コーナーで購入したCDで、ライブDVDも付いて500円。売れ残っていてラッキー!

2019年1月13日 (日)

『聴かずに死ねるか!』制作ノート(1)

◆トムズか?トムスか?

 「トムズ・キャビンとトムス・キャビン。両方使われていますけど、どちらが正しいんでしょう?」
 そうお尋ねすると、麻田浩さんは一瞬とまどったような表情になり、それから「会社の登記はトムス・キャビンでしたね」と記憶を呼び覚ますかのように答えてくれた。

 このやりとりの結果、制作中だった書籍の本文表記を「トムス・キャビン」で統一することが決まる。個人的には長年慣れ親しんできた「トムズ」という呼称に愛着があったものの、事実を曲げるわけにはいかない……。

Tomscabin

 去年の春から作業を進めてきた『聴かずに死ねるか! 小さな呼び屋トムス・キャビンの全仕事』(リットーミュージック)の発売日がいよいよ間近になってきた。私の手元にも見本が届き、あとは店頭に並ぶのを待つばかりだ。

 このあたりでプロモーションも兼ねて、さしつかえのない範囲で制作の舞台裏をご紹介していこうかと思う。あくまでも私の目から見た制作過程なので、麻田さんや編集の坂口和樹さんには、また別の見解もあるかもしれないことを、あらかじめお断りしておく。それをご承知おきの上で、よろしければしばしおつきあいください。

 実は、冒頭に記したやりとりの際に、ふと思いついたことがある。もしかしたら麻田さんにとっては、「トムス」でも「トムズ」でもたいした違いはないのではないか? それぞれの人が呼びたいように呼んでくれればそれでいいと思っていらっしゃるのではないか?

 誤解を恐れずに書いてしまえば、麻田さんは細かいことにあまりこだわらない性格であるような気がする。上記のやりとりだけでそう思ったわけではなく、それ以前からそう感じることは何度かあった。小さなことに囚われずに物事の本質を的確に見極める人とでも言ったらいいか。

 この資質は麻田さんの大きな長所の1つだろうと思うのだけれど、あいにくなことに書籍の制作の工程では、細かいことを気にしないといけない場面も多い。こちらがそのあたりをフォローできれば問題はなかったのだが、正直、私自身も大雑把な性格なほうなので、いろいろとたいへんだった。

 そんなわけで、いきなりぼやきから始まってしまったけれど、とりあえず今日のところはここまで。次回からは実際の作業の流れに沿って無難に書いていきたい。

2019年1月 7日 (月)

元の場所に還る

 12月12日の日記の続き。

Syokuzyu6

 こんもりと土を盛られた謎のスペースは、その後整地し直され、工事関係者の車の駐車場となった。正月休みの間に撮った写真なので閑散としているが、平日にはここに車がズラリと並ぶ。左手にはわずかに地面を掘り起こした名残りの土が。その手前にはパイプを組んだ2輪の駐輪スペースも見える。

 ここに集められていた樹木は、どうやら校庭の周辺部にあらためて植え直されたようだ。結局この場所は、一保管用のスペースにすぎなかったのだな。少しほっとした。

2019年1月 4日 (金)

三が日

 1日は寝正月、2日に初詣、3日に墓参りに行って、今日は通常どおり。その間もとりあえず原稿は書いていた。おだやかなよい天気が続いて、なによりだ。

Nanten

 ここに3日に撮った写真を貼り付けておく。この日はほんとに雲1つない快晴だった。ナンテンの赤い実は、「難を転ずる」というダジャレなどよりなんぼか好ましい。

Komeda

 そういえば、2日の初詣の帰りには大塚のコメダ珈琲に寄ったのだった。カツパンとミニシロノワールを頼んだら、一気に満腹に。前から試してみようと思っていたけれど、混んでいて入れなかったから、これがコメダ初体験になる。この次はクリームソーダを頼もう。

 3日の朝も夢を見た。

 知り合いのグループが年末にオールナイトのラジオ番組を企画している。私にも出演しないかというオファーが来た。「午後9時から12時まで。電話出演でいいから」と言う。それなら自宅にいられるからラクでいい。

 この夢も仕事がらみと言えそうな……。なんとなくだけれど、2日の初夢よりは縁起がよさそうな気がする。

 ちなみに今朝の夢は、つる植物に襲われて身体をぐるぐる巻きにされたり、家の押入れの中に透明なお風呂があって中に数人の男女が入っていたりという、一転して非現実な内容だった。やっぱりこっちのほうが面白い。

2019年1月 2日 (水)

初夢の断片

 2日の朝に見た初夢。

 新しい本を書いている。 以前に書いた書籍のインタビューの引用部分を、地の文に書き替えて新作にしよう。いや、そんな安易な企画でいいのか?--ともやもやした気分。そんなときに、インタビュー相手の黒人女性が談話を発表した。彼女はレイプされた体験をありのままに語ったのだと言う。

                     

 う~む……。目が覚めたときは、日常生活とあまり変わらない平凡な夢かと思っていたが、こうやって文字に起こしてみると、わりと重たい内容かも……。ほんとはもっと長い夢だったような気がするのだけれど、ほんの断片しか思い出せなかった。いずれにしてもネタの使いまわしは感心せんな。

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