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2018年6月10日 (日)

いきなり父親になる

 父の日の日記を母親の話で始めたところで、世間様から後ろ指をさされることもあるまい。

 私の母親は長いこと入院していたため、夕方になると病院まで見舞いに行くのが日課になっていた。病室で母親の思い出話や説教を聞く毎日は、いま思えば長いお別れをしていたような期間だったのだと思う。

 その日はいつもと様子が違っていて、母は私が近づいても気づかないほど熟睡していた。軽く肩にふれてはみたものの、まったく起きる気配がない。無理に起こすまでもないだろうと思い、椅子に腰かけてしばらく様子を見守ることにした。

 ベッドの横で母親の寝顔をぼんやりとながめていると、声をかけてくる人がいる。隣のベッドの患者さんだ。こちらもかなりの年配のご婦人で、これまでは目を固くつぶったまままったく動こうとしないでいたので、ご挨拶をしたことはなかった。正直、会話ができるような状態であるとも思っていなかった。驚いたことに、そんなおばあさんが話しかけてきたのだ。

 その日はよほど調子がよかったものか、それとも所在なげにしている私に気づいて哀れに思ったものか。ともあれ、話しかけられた以上はお相手をせねばなるまい。連日の見舞いのおかげで老人の身の上話を聞くスキルはかなり上達していたつもりだったし、そのときはそつなくこなせるだろうと思っていた。

 ほとんどの会話は、おばあさんの若い頃の思い出だった。「はぁ」「ほぉ」「そうですか」などと、適宜合いの手を入れる。お父上が戦争に行って苦労したという話になったかと思ったら、突然おばあさんが何かに気づいたような表情になり、こう尋ねてきた。「もしかして……、あなたは私のお父さんでは?」

 老人がいきなりとんでもない事を言い出すのには、母親とのやり取りで慣れていたつもりだったけれど、このときはあまりにも予期せぬ展開だったため、かなりの衝撃を受けてしまった。足元が突然2つに裂けて、突如深淵が現れたかのような……。無下に否定するのも申し訳ないような気がして、かといって調子を合わせる才覚もなく、「たぶん違うと思うんですけど……」 とモゴモゴ答えるのがせいいっぱいだった。そのあとの会話はあまり盛り上がらなかったような記憶がある。

 その後、このおばあさんと話をする機会は訪れなかった。あのとき、しれっとお父さんになっていてもよかったのかも--とちょっとだけ思う。

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