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2018年4月15日 (日)

叙述トリックと意外な犯人

 14日(土)午後7時57分から、三谷幸喜脚本の推理ドラマ『黒井戸殺し』(フジテレビ)を見る。原作はアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』。大胆な叙述トリックが肝と言えるこの作品を、はたして映像でどう表現するのか興味津々で見たのだが、結論から言うと、やはり原作ほどのインパクトを生み出すことはできていなかったような……。

 ……というところで、ここから先はミステリーの結末に言及することになるため、まだ『アクロイド殺し』を未読の方はご注意。読まずにスルーされることをお勧めする。他作品についての言及は興を損ねない程度にとどめるつもりではいるが、勘の鋭い方は、やはり読まれないほうが無難かも。

 『アクロイド殺し』のいちばんのポイントは、(ネタバレ警報!)作者(一人称の登場人物)が犯人という大胆なアイデアにあると言える。この叙述トリックは小説だから可能なわけで、それを映像化した三谷ドラマでは、(ネタバレ警報!)ワトソン(相棒)役が犯人--という意外な犯人トリック以上のものにはなっていなかった気がする。映像で原作のインパクトに近づけようと思えば、たとえばドラマを撮影しているカメラマンが犯人とか、監督が犯人とかいったメタ・フィクションの構造を持ち込む手もあるかもしれないが、それはそれでしんどそうだ。

 クリスティ以降、叙述トリックを用いた小説はいくつも生まれてきた。ミステリーの批評家としても一流だった都築道夫は、この分野の第一人者で、いきなり白紙のページが何ページも続く、私が編集者だったら頭を抱えてしまいそうな作品まで書いている。意外なところでは、筒井康隆も『アクロイド殺し』をさらにひとひねりしたようなトリッキーな長編を書いているし、『富豪刑事』にも小ネタの叙述トリックを使った短編があった。竹本健治にも、現実のストーリーと架空のストーリーが交互に同時進行で進み、最後はどちらが現実だかわからなくなってしまうような長編がある。

 こうした叙述トリックは、犯人の意外性につながるものが多い。元祖の『アクロイド殺し』では、(ネタバレ警報!)作者が犯人だった。意外な犯人といえば、ワトソン役が犯人、探偵が犯人あたりがせいぜいだった時代に、クリスティのアイデアは画期的だったと言える。この作品以降、犯人、探偵、被害者の関係はさらに複雑になった。

 典型的な例がセバスチャン・ジャプリゾの『シンデレラの罠』で、犯人と被害者と探偵が同一人物という、奇抜な一人三役の設定になっていた。ただしこの長編には叙述トリックは使われていない。叙述トリックと一人三役の組み合わせとなると、前述の都築道夫の作品が思い浮かぶ。

 フレドリック・ブラウンには、「読者が被害者」というアクロバットの極致のような短編があった。これも叙述トリックの好例だ。星新一には、「読者が犯人」を狙ったのではないかと思わせるショートショートがあるけれど、読み終わってもそこに気づかない人のほうが多かったりして……。本格的な「読者が犯人」というミステリーはまだ書かれていないのではないか? 我と思わん方は、お早めにどうぞ。

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