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2017年11月15日 (水)

インタビュアー事始

 毎度変わり映えのしない思い出話で失礼いたしやす。

 往々にして、初体験の記憶は忘れがたいものだ。仕事柄、インタビューの数だけはずいぶんこなしていて、トータルすれば数百人は下らないだろうと思うのだが、もともとこちらから望んで始めたわけではない。きっかけは予期せぬ形で、向こうから勝手にやってきた。

 その頃私は『ブルーグラス・リバイバル』という音楽誌の編集に関わっていたものの、仕事は内勤が主で、まだ取材に行かされたことはなかった。いつものようにデスクワークをこなしていたある日のこと、編集長の仁さんが「時間の都合がつかないから代わりにインタビューに行ってきてくれ」と言いだした。取材する相手はアーレン・ロスだという。

 アーレン・ロスといえば、個性的なスタイルで当時売り出し中のギタリストではないか! いきなりのご指名ではあったけれど、頭の中は意外なほど冷静だった。いや、あわてるヒマもなかっただけかな?

 ともあれ、ソロ・アルバムは2枚とも持っていたし、日本版の著書『スライド・ギター』(日音楽譜出版社)、『ナッシュビル・ギター』(ミュージックセールス社)もすでに読んでいた。話のネタには事欠くまい。しかも通訳は小林たけしさんにお願いしてあるという。若くして『カントリー・アンド・ウェスタン』『メロディ・ランチ』といった名門音楽誌の編集長を務め、上記『ナッシュビル・ギター』の訳者でもあった方だ。当然アーレン・ロスとの交流もあっただろう。これ以上の人選は考えられまい。

Slideguitar Nashville

 細かい記憶はあいまいになっているけれど、待ち合わせたのは渋谷のホテルだったと思う。異例なことに単独のインタビューではなくて、求人情報誌『フロムA』との合同取材の形になっていた。おそらく『ジューン・アップル』誌の元編集長だった長谷川健悦さんが、当時『フロムA』の編集長に就任していた関係だったのだろう。そんなわけで、指定された現場にはキュートな女性編集者と、カメラマンのお兄さん(お2人ともめちゃくちゃ若い!)が待っていた。そしてもう1人、取材のコーディネートをしてくださったトリオレコードの竹之内浩一さんも。

 アーレン・ロスは、セイモア・ダンカンのギター・ピックアップのデモ演奏をするために来日していたようだ。肝心の取材対象者はこのとき不在で、代わりにセイモア・ダンカン本人が別の音楽誌の編集者と話をしていた。ちょうど、そちらの取材終わったばかりだったのだろう。せっかくなので、お願いして写真を撮らせてもらった。なにしろジェフ・ベックのギターのメンテナンスをしていた人だもの!

 それはいいとして、約束の時間を過ぎてもアーレン・ロスは姿を見せなかった。たしか2時間くらいは待ちぼうけをくわされたと思う。当時はそんなものかとのんびり構えていたけれど、いま振り返ると、もともと先方がこのインタビューに乗り気ではなかった可能性が高い……。

 何時間か経過したところで、ようやく待ち人がマネージャーの奥さんと小林たけしさんを伴って現われた。やれやれ。場所をコージー・コーナーに移して、インタビュー開始。最初にメロン・ジュースを注文されたのをよく覚えている。

 まずは型どおりの質問からと思い、「今回の来日の目的は?」と切り出したところ、相手はいきなりキレた。「オレはこんな質問をされるためにここへ来たのか?」と、通訳の小林さんに文句を言っている。あ~、やっちゃったな。前途多難を予感させる滑り出しである……。

 やっぱり当初から乗り気じゃなかったんだろうな。こちらがほとんど学生みたいな若造3人組にしか見えなかった(アメリカ人の感覚では)のもよくなかったかもしれない……。

 通訳を介する数少ないメリットの1つに、ワン・クッション置けるということがある。直接怒鳴られるほどは恐怖を感じなくてすむのだ。相手が怒っているのに気づかないようなそぶりで、冷静に質問を続けることにした。さりげなく「こちらはこれだけ詳しくあなたのこと知っているんだよ」というのをほのめかしつつ。

 この作戦が功を奏したらしく、機嫌はすぐに直った。一度心を開いてくれたあとは、何を聴いてもていねいに答えてくれるようになった。さっきまでとはうって変わって、表情もにこやかだ。取材の終わりに著書にサインを求めたときも、わざわざ為書きのために名前のスペルを尋ねてくれた上に、暖かいメッセージも添えてくれたし。なんにせよ、最終的には仲良くなれてよかったよ。

Arlenroths

 そんなわけで人生初のインタビューは、紆余曲折はあったものの、最終的にはそれなりに成功だったような気がする。取材の結果をまとめた記事も、そんなに悪くはなかったような……。

Revival

 このときの体験が、多少なりとも自信につながったところはあるかもしれない。おかげでインタビューの仕事にも怖気づかずにすむようになった。世の中はうまくしたものだ。

 ところで、あのとき仁さんが仕事を回してきたのは、ほんとうに都合がつかなかったからだったのか? それとも、そろそろこいつに試練を与えてもいい頃だというような思惑があったものか? ストーリーとしては後者のほうがぜったい面白いけれど、現実はそんなにしゃれていないんじゃないかな?

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