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2017年4月

2017年4月30日 (日)

ベルウッドをもう一度

 連休初日の4月29日(土)午後3時から、武蔵小山Againで三浦光紀さんのトーク・ライブ「ベルウッド45周年記念レコード“いい音” Live」 。

 ベルウッドの生みの親である音楽プロデューサー、三浦さんのお話をうかがいながら、ベルウッド関連の名曲をまとめて味わおうというイベントだ。会場にはエルプのレーザーターンテーブル(レコード・プレーヤー)が用意され、オリジナルのLPで当時の音を再体験することができた。

 かけられた曲は、プレ・ベルウッド期の小室等、高田渡、大瀧詠一から始まって、はっぴいえんど、細野晴臣、はちみつぱい、加川良……、さらにはアフター・ベルウッドのあがた森魚、矢野顕子、喜納昌吉&チャンプルーズまで。興味深いことに、ほとんどロック・サウンドの曲ばかりだった。

 最後に発売されたばかりのニュー・アルバムからも2曲。あがた森魚&はちみつぱいの『ベいびぃろん』から「クリーニングはエイハブ」、そしてコンピレーションのベスト盤『The Best Songs of Bellwood』から矢野顕子&細野晴臣のデュエット「ろっかばいまいべいびい」。

 ベルウッドに関しては、個人的な思い入れもいろいろあって、なかなか客観的になれなかったりもするのだが、こうやってあらためて聴き返してみて、やはりよいレーベルだったなという思いを強くした。三浦さんにはさらに新たな作品を生み出すべく、まだまだがんばっていただかないと。

2017年4月29日 (土)

サイバー・パンクの逆襲

これは僕が書いた君のうた 手紙をくれた君たちの
とても古いことだから きっとみんな忘れているでしょう
                (サイバーニュウニュウ「宇宙」)

 たしかにずいぶん時は過ぎた。1980年代末のバンド・ブーム。その象徴とも言うべきTBSの深夜番組「いかすバンド天国(イカ天)」に出演したのが、89年11月。このときの印象が鮮烈だった。サイバーパンクなファッションと個性的なパフォーマンス。正直、演奏の技量はいまひとつのような気もしないではなかったけれど、それを補ってあまりある強烈な個性とセンスがあった。

 ひと目で気に入り、その後の活躍に期待したが、時代は彼らに微笑まなかったようで、バンド・ブームの終焉に呼応するかのように姿を消す。いつしか噂も聞かなくなった。

 そんな彼らが去年になって、バンド名そのままのタイトルのニュー・アルバム『CYBER NEW NEW』(MEDICOM TOY)で突如復活したのには驚いた。セカンド・アルバム『秘密のバス』からちょうど25年めの再始動である。サウンド的には以前よりもバラエティに富んだ印象もあるものの、毒を含んだするどい言葉使いは健在で、うれしくなった。

Cybernewnew

 現在のメンバーは、ボーカル、ベースのレプリ・シン、ギターのメカ・エルビス、ドラムスのセミメタルA太郎、パフォーマンスの忍者ボーイ・ヒデの4人。ドラムスがオリジナル・メンバーの真空管飛之助から入れ替わり、新たにパフォーマーが加わった編成だ。バンドの核となっているのがオリジナル・メンバーの2人、レプリ・シン、メカ・エルビスであることは間違いないだろうが、タイトなリズムのドラムスもいい。

 収録されている曲は2つのタイプに大別できる。1つめは、打ち込み風の4つ打ちダンス・ビートを前面に押し出した『スペースキャット』『サムライトランス』『Without Love』。とくに沖つ白波(井手コウジ)がリミックスしたという『Without Love』は、思いっきりボーカルを加工しまくったテクノ・ポップで、らしくないと言えばらしくないのだが、これが実によくできている。個人的にはベスト・トラックの1つだ。

 以前からのファンをとまどわせそうなこれらの曲に比べると、残りの4曲はレプリ・シン主導と思われるサイバーニュウニュウらしいサウンドに仕上がっている。とはいえ、ブラス・セクションをフィーチャーした16ビートのファンク・ナンバーや、民族音楽的な要素を盛り込んだ曲などもあって、一筋縄にはいかない。梅津和時のサックスをフィーチャーした「ダイナマイト☆不ユカイ」のように、ゲスト・ミュージシャンに助けられた部分も大きいかもしれない。

 3ピースのパンク・バンドという初期の印象にいちばん近いのは、最後に収められた「アシッドキングに捧げるうた」か。この曲ではいかにもメカ・エルビスらしいトリッキーなギターも堪能できるが、最後にちょっとした仕掛けが……。

 ところで、販売元のメディコム・トイは、フィギュア・メーカーだそうで、その関係か、これまでにはなかったような販売戦略が試されている。

 「Without Love」は、ミュージック・ガジェットNY@BRICK(ニャーブリック)なるミュージック・カード付きのフィギュアで先行販売もされた。このミュージック・カードを使ってネットからスペシャル音源をダウンロードできるというサービスが斬新だ。

 ネットにアップロードされた「Without Love」や「ダイナマイト☆不ユカイ」のプロモ・デオもなかなか凝っているし、アルバム自体もエンハンストCDだし、テレビ番組のエンディング・テーマにも使われていたしで、この気合の入れようはどうだ! 今後の展開にも注目しなくては。

2017年4月27日 (木)

20世紀骨董館 カセットテープ編

 昨日のマクセルの取材に関連して、いろいろ珍しいアイテムも発掘した。

Maxell

 まずはマクセル・ブランドのカセットテープ。やはりUDのパッケージ・デザイン(72年~78年頃?)が秀逸だ。もっとも私はUDよりも価格の安いULのほうをもっぱら愛用していたのだけれど……。

Porta05

 こちらはカセットテープ・ベースのマルチ・トラック・レコーダー(MTR)、Tascam Porta05。ご存知のように(……って若い方は知らないか)、カセットテープにはA面、B面があり、それぞれステレオ2トラック(右チャンネルと左チャンネル)が使えたから、合計4トラック分の録音ができる計算になる。裏表ひっくり返さないで、この4トラックをまとめて使えば、4パートの演奏を重ねられるではないか--というのが、カセットMTRのアイデアだ(オープンリールのMTRの仕組みをカセットに応用したとも言えるけれど)。カセットテープの音質の問題(とくにヒス・ノイズ)には、テープの走行スピードを倍速にしたり、高音質のメタル・テープを使用したりすることで対応した。この発明のおかげで、パーソナル録音は一気に身近なものになったと言える。

 何を隠そう、カセットMTRの1号機となるサウンドクッキー144も、早々に手に入れていたのだが、こちらはやけにかさばるサイズで使いまわしに苦労し^^;、ポータブルなPorta05が出た時点で早々に乗り換えたのだった。

 Porta05はたいへん使いやすかったので、頻繁に多重録音をするようになった。おまけしてもらったフット・スイッチを足で操作して、1人パンチ・イン/パンチ・アウトもずいぶんやった。デジタル録音に慣れたいまとなっては、二度とできない芸当かもしれない……。

Mar

 普段は安価なノーマルテープばかり使っていたけれど、カセットMTRにはメタルテープが必須となる。以前にTDKのカセットの原稿を書いたときにはすっかり忘れていたのだけれど、その後、ごそごそやっていて、独自のシースルー・ダイキャスト・フレームを持つ、あの高価なMA-Rが出てきたときには心底驚いた。こんなもの買ってたのか! もったいなくて使えなかったものか、1本は未使用のままだし……。いまとなっては貴重な品かもね。

2017年4月26日 (水)

サークル・ゲーム

 午後1時から品川の日立マクセルで取材。復刻版のカセットテープの話をうかがう。

 メーカーの方に取材をするのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。ここしばらくは、ミュージシャン関連のインタビューが多かったから。何を隠そう、業界紙の記者をやっていたこともあるので、この手の取材は意外と得意なのだ。「実勢価格は? 売上実績は?」みたいな質問を繰り返しているうちに、妙に懐かしい気分になってきた。

 そういえば、当時の会社はカセット・ジャーナル社という名前だった。これも何かの因縁かな? 何だかんだ言って、人生というのはどこかで輪を描いてつながるようにできているのかもしれぬ。

2017年4月22日 (土)

お受験の顛末

 小学校に入るときに「お受験」をさせられたことがある。いまでも窮屈な思いをした記憶が残っているから、おそらくせいいっぱいのおめかしをさせられて、蝶ネクタイでも首に巻いていたんだと思う(どこに出しても恥ずかしい^^;)。

 出掛けに両親が「お前の受ける学校はこれこれこういう名前のところだよ」と、変わりばんこに何度もくり返した。やけに長い名称だった。口でははいはい言いながら、「めんどくせ~人たちだな~。知ってるよ、要は教育大付属小学校でしょ」--と話半分に受け流していた。自分では素直に育ったつもりでいたのだが、こうやって振り返ってみると昔からひねくれたところもあったのだな……。

 それはさておき、試験はこんな風に始まった。教室に入ってきた先生らしき人が、開口一番に言う。「君たちはお父さんやお母さんから、この学校がなんていう名前なのか聞いてきたと思います。その名前を教えてください」。すると、周りの子たちがいっせいに「はい! はい!」と元気に手を上げて、大きな声で答えだした。どうやら略称ではなくて、「国立東京教育大学付属小学校です!」みたいに正規の学校名を答えることが求められているらしい。あ、両親の言っていたのはこのことだったんだ、とここで気づいた。事情をちゃんと説明しといてくれればよかったのに……。

 なぜだかわからないけれど、このときには一度出てきた言い方は二度と使ってはいけないルールがあるような気がしていた。同じ答を何十回も繰り返させるわけがないと思ったせいかな? となると、他人の答を真似して答えるわけにもいかない。しょうがないので、「あぁ、ちゃんと聞いておけばよかった」と思いつつ、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。傍目には、元気に手を上げる周りのライバルたちの様子を落ち着きなく見回している挙動不審な虚弱児童に見えていただろうと思う。

 この試練に耐えたあとには、ちょっとした知能検査らしきものもあった。先生が短いストーリーを語ったあとで、配られたテスト用紙の絵をそのストーリーのとおりに並べる(実際には数字を書き込む)というものだ。そんなに難しい内容ではなかったはずだけれど、このときにはもうメンタルがボロボロになっていたので、うまくこなせなかった。

 当然ながら試験は落ちた。思えば、あのときからうまく世の中を渡っていくことができない運命であることは確定していたのかもしれない^^;

 もっとも物は考えようで、ああいう風に元気に手を上げて大声ではきはきと答えられる人材を求めているような学校だったら、入らなくて正解だったとも言える。そんなクラスメートたちに囲まれて楽しい学校生活が送れたとは思えないから。なにしろフツーのお子さんたちが集まっていたはずの幼稚園でも、うまくコミュニケーションがとれなくて1人浮きまくっていたくらいだものね。

 考えてみたら、こうしたズレたキャラクターはいまでも全然変わっていないような気がする。……というところで、この話はもしかしたら続くかも?

2017年4月14日 (金)

サクラチル

 隣の中学校を建て替えるとかで、ここしばらく前からあわただしい。門の撤去が始まったかと思ったら、昨日はまだ花の咲いている桜の木を切り出した。子どもの頃から慣れ親しんできたあの桜が伐採されるのかと、暗澹たる気持ちにもなったけれど、この日は枝を全部落としただけで終わったようだ。

Kozi1

 切られた桜は1本だけだったので、あとはこのまま残してもらえそうな気もする。工事にじゃまな枝を払うだけでよかったのだ、きっと。

 希望的観測のように思われるかもしれないが、まったく根拠がないわけでもない。校庭脇の木に根回し(移植の準備)らしいことをしているのは以前から気づいていた。だとすれば、なるべく庭木は残す方向で工事が進む可能性はある。……というか、そう信じたい。そのぶんお金がよけいにかかるのかもしれないけれど。

2017年4月13日 (木)

平和な海戦?

 明け方に見た夢。

 イギリス軍の艦隊と戦うために戦艦に乗り込んでいる。敵の船が近づいてきたので、左手の袖を引っぱり、指先まで隠れるようにする。袖先をピンとのばして指で2つのくぼみを作ると、両目の大きさの異なるニャッキの顔のようになった。

Sode
↑こんな感じ

 上官の指示に合わせて、この顔をいっせいにイギリス軍に向けてつきつける。相手は面白がっているようだ。そのまま砲撃は交えずにすれ違う。

 さらに航行を続けると、今度はアメリカ軍の戦艦が見えてきた。さっきと同じように顔を作ってつきつけると、今度はバカウケした。大歓声。アメリカ人たちは手を叩いて爆笑している。至近距離まできたので相手の様子が手に取るように見える。2階建てになった甲板には大勢のアメリカ人兵士たち。白を基調として金色の装飾の入った美しい制服を着ている。ミニスカートをはいた女性兵士の数も多い。

 ここでいきなり戦闘モードに突入。あわてて後ろに下がり、甲板に伏せて敵の様子をうかがう。急に波も荒くなって、水しぶきが霧のように舞い上がる。

2017年4月12日 (水)

吹けよ風、呼べよ嵐

 明け方に見た夢。

 広い道が交差する十字路。向こう側に渡ろうと信号待ちをしていると、突風が吹いて大きな木が飛ばされてきた。道の向こうの広場にバウンドしてころがる大木。あんなものに当たったら大怪我をしそうだ。固唾を飲んで様子をうかがっていると、風に乗ってさらにどんどん木が飛んでくる。これではとても渡れそうにない……。

2017年4月 9日 (日)

蝶を描く

 昨晩の宵寝の夢。

 女性研究員が蝶の羽根の拡大写真をトレースしている。非常に複雑な模様を、ていねいに鉛筆でなぞっていく。水滴のような楕円の中に小さな楕円をいくつもいくつも。「ここの人たちは毎日これをやっているんです」と語る研究員。「1つ描いては休んで、また1つ描く。そのくり返し」。研究所の日常について語りだす研究員。まるでテレビのドキュメンタリー番組の一場面のようだ。

2017年4月 6日 (木)

やっと満開

 東京では4月2日(日)に満開宣言が出たようだけれど、この時点では家の周りはまだ三分咲き程度。気象庁が早めに宣言を出さざるを得ないような政治的圧力が働いたのか、はたまたなんらかの忖度か……とかんぐりたくなるようなあわただしさだった。

 それでも2日遅れくらいでなんとか満開にはなったようだ。昨日は石神井川沿いの桜並木を歩いてみた。

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 好きになるのに理由はいらない。春になれば花は咲く。

2017年4月 5日 (水)

もうひとつのアメリカン・ルーツ・ミュージック?

 4月4日(火)午後5時半より、麻布十番のスタジオで、FMラジオ「A・O・R」の収録。かばんにCDや資料類を詰め込んで出かけようと思ったら、先月のCD(ピードモント・ブルース特集用の音源)が入ったままになっていた。う~む……。

 気を取り直して、スタジオへ。アメリカン・ルーツのアコーディオン特集ということで、ポルカ王のフランク・ヤンコビックに始まり、テックスメックス、ケイジャン、ザディコ、クレズマー……といろいろ並べてみた。スペイン語にフランス語、さらにはイディッシュと、いろいろな言語が入り乱れて、どこの国の音楽の特集だかよくわからなくなってしまったかも^^;

 トランプ大統領の登場で、あらためてアメリカ(USA)の人種問題がクローズアップされた観があるけれど、こうした音楽をまとめて聴くと、いまもアメリカが移民の国であり続けていることが実感できる。

 なにはともあれ、バラエティに富んだ選曲になったことは確かなので、電波の届く地域の皆様はぜひお聴きくださいませ。放送は、4月13日(木)午後8時から。ザ・バンドやブレイブ・コンボもかかると思います。

2017年4月 3日 (月)

ピードモント・ブルース雑感

 明日はFMラジオの収録。--というわけで、ただいまピックアップした曲を聴きながら、トーク用の資料の作成中。

 今回はアコーディオン特集ということでテックスメックス、ケイジャン、ザディコなどを中心に選んでみたけれど、これがなかなかバラエティに富んでいて面白い。いい番組になりそうな予感がする……なんちって^^;

 そういえば、3月2日に放送された前回のピードモント・ブルース特集について、まだご報告がすんでいなかった。まず、番組のサイトに掲載されていたオンエア・リストは以下のとおりだ。

  20:02 He’s A Mighty Good Leader / Beck
  20:07 Jailhouse Blues / Lewis “Rabbit” Muse
  20:08 Travelin’ Blues / Blind Willie McTell
  20:14 Rag, Mama, Rag:Take2 / Blind Boy Fuller
  20:17 Slow Drag / Turner Foddrell
  20:22 Railroad Bill / Etta Baker
  20:25 Ontario Blues / Elizabeth Cotten
  20:30 Fishin’ Blues / Taj Mahal
  20:33 Hit Em’ Up Style / Carolina Chocolate Drops
  20:39 Dry Bone Shuffle / Blind Blake
  20:42 Pure Religion / Reverend Gary Davis
  20:46 Make Me A Pallet On Your Floor / Mississippi John Hurt

 選曲は、ほぼこちらの意図どおり。1曲めは、ベックがインディーズから出したアルバムから選んでみた。

 ピードモント・ブルースの特集で、いきなりベックはどうなの?--なんて思わないでもないのだけれど、おそらくつかみのためにリスナーになじみのある名前を持ってきたというところだろう(私は曲順には関わっていないので)。これがまた、しっかりアコギのスリーフィンガーで、ピードモント・ブルースしてるんだよな。

 何はともあれ、ブラインド・ボーイ・フラー、ブラインド・ウィリー・マクテル、エッタ・ベイカー、エリザベス・コットン、ブラインド・ブレイク、レバランド・ゲイリー・デイビス……と、代表的なミュージシャンはほとんど網羅できたのではないかと思う。

 最後のミシシッピー・ジョン・ハートは、「ミシシッピー」と名乗っていた(より正確には名乗らされていた^^;)くらいで、まったくピードモントの人ではないのだけれど、ギター自体は典型的なピードモント・スタイルだから、やはり取り上げないわけにはいかんだろうということで……。

 自分で特集を組んでおいて、ちゃぶ台返しみたいなことを書くのも申し訳ないが、結局、ピードモントがどーのこーのなどと言って、地域で音楽のスタイルを分けるのにも無理はあるような気がしている。そもそも、ミシシッピー・ジョン・ハートやレバランド・ゲイリー・デイビスなんていう人たちは、ブルースマンですらなく、それより以前からいたソングスターの末裔に当たると捉えるべきではないだろうか? ……でも、まあ、評論をするときには、地域で分類するほうがラクだったりするもんで、ついやってしまうのだけれどね。

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