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2016年9月19日 (月)

幼年期の終わり

 クラシックのようでクラシックでなく、ジャズのようでジャズでなく、民族音楽のようで民族音楽でもない……。何かのなぞなぞのようだけれど、トリニテの音楽を言葉で説明しようとすると、いつもこんな感じにこんがらがってしまう。もちろんジャンル分けにこだわる必要はさらさらなく、それぞれの聴き手が自由に感じてもらえばそれで充分とも言えるのだが、聴いたことのない人にわかっていただくには、ジャンル名を出すのがいちばん手っ取り早いというジレンマが……。

 9月18日(日)。新宿ピットインで、サード・アルバム『神々の骨』の発売に合わせたトリニテのライブ。ピットインは言わずと知れたジャズの小屋だが、観客の反応はクラシック・コンサートに近いようにも感じた。

 『神々の骨』は、『prayer』『月の歴史』に続く三部作の最後の組曲ということになるのだが、曲の多くはバンドの結成当初から演奏されていたはずだ。コンポーザー、ピアニストのshezooさんの頭の中には、全体の構想が最初からでき上がっていたに違いない。見方を変えれば、この三部作を形にするために結成されたユニットがトリニテだったとも言える。

 以前のステージでは、リード楽器のバイオリン、クラリネットと、リズム楽器のパーカッション、ピアノ(!)が、ぶつかりあい、せめぎあいしていた印象が強かったけれど、いまでは、すべての楽器がオーガニックに融合して、三位一体ならぬ四位一体の構造物を作り上げているようにも感じられる。 どちらを好むかは人それぞれだろうが、こと三部作の楽曲に限って言えば、すでにほぼ煉り上がってしまっていて、これ以上スリリングに変化していく可能性は少ないかもしれない。

 1部の最初に演奏された「Baraccone 1」と、2部の最後に演奏された「テロメア」は、緻密にアレンジされたテーマとインプロビゼーション・パートのバランスが絶妙で、安定した演奏ながら、手に汗握るスリルを味わうことができた。アンコール曲の「ララバイ」は一転して明るいメロディ・ラインを持つ魅力的な楽曲で、未来への希望を感じる。

 三部作がめでたく完結したことでもあり、やや気が早いとは思いつつ、新たなコンセプトの楽曲作りに期待したいところだ。

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