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2016年6月

2016年6月26日 (日)

アイリッシュ・ギター入門講座

 本屋B&Bというお店は、ビールが飲める書店だそうな。おまけにインストアのイベントも連日企画しているという。面白い!

 25日(土)の午後に、下北沢の同店でアイリッシュ・ギターの講座が開催されると聞いて、出かけてみることにした。主催はおなじみアルテスパブリッシング。講師はおおしまゆたかさん、司会はトシバウロンさんという名コンビ(?)。ゲスト講師はアイリッシュ・ギター奏者の長尾晃司さん。

 前半は長尾さんが、実演を交えながらアイリッシュ・ギターの基礎について紹介した。チューニングの種類、コード・バッキングのやり方、ジグのピッキング、ギターのブランドなど。

 休憩をはさんだ後半は、おおしまさんが音源をかけながら代表的なプレイヤーを紹介し、長尾さんの実演でそれぞれのプレイヤーの特徴を語る。これがなかなか面白くもあり、示唆的でもあった。

 以下は紹介されたプレイヤーに関する個人的な覚書。

デイビー・グレアム

 いきなりイングランドのギタリストが出てきたのでびっくりしたが、アイリッシュでよく用いられるDADGADチューニングの元祖ということで取り上げたようだ。ここでいきなりおおしまさんに、「デイビー・グレアムが最初でいいんだよね?」と、振られて面食らう。どうやら休憩時間にご挨拶にうかがったのがいけなかったようだ。いまいち確信が持てなかったので、「スコットランドではディック・ゴーハンが……」みたいな話をしてごまかす。

 とはいえ、デイビー・グレアム → バート・ヤンシュ、ジョン・レンボーンというDADGADの流れがあったのは確かで、おおしまさんもおっしゃっていたけれど、DADGADはアイリッシュのプレイのために考え出されたチューニングではない。……と、ここでちょっとしたアイデアがひらめいてしまったのだが、これはそのうちふくらませて1冊の本にまとめたいと思う(できれば^^;)。

ポール・ブレイディ

 アイリッシュ・チューンにギターの伴奏をつけた最初のプレイヤーと言える人。シンガーとしての存在感が圧倒的ではあるけれど(ポールさんのコンサートを見ていたら涙が止まらなくなったことがある)、ギターやマンドリンもほんとにうまいんだ。レギュラー・チューニングで弾いていると紹介されていたけれど、ステージでは2本のギターを並べて曲によって使い分けているので、おそらく2つのチューニングを併用しているはず。

ミホール・オドンネル

 個人的に大好きだったボシー・バンドのギタリスト。アイリッシュ・ギターが進化したいまとなっては地味なスタイルではあるけれど、それでもなんかいいんだよな~。この人が妹のトリーナさんといっしょに来日したときのステージを見られたのは幸いだった。

 アイリッシュのギタリストには珍しく、ジグをダウン・アップのオルタネート・ピッキングで弾く(アイリッシュのスタンダードはダウン・アップ・ダウン、ダウン・アップ・ダウンのくり返し)と紹介されていた。ちなみに私も、ジグはオルタネート・ピッキングで弾く派。これでダイナミクスをつけると、なんか血が騒ぐんだよな。

ジョン・ドイル

 ソーラスのコンサートでこの人がギターを弾いてるところを目の当たりにできたのも、個人的には貴重な体験だった。まぎれもないアイリッシュ・ギターの革新者だったと思う。ドロップDチューニングの使い手なのだが、まるでDADGADを使っているかのような変幻自在のコード・ワークをする。ステージ・アクションもかっこいいんだ!

ドノ・ヘネシー

 この人は、ルナサで来日したときに見てないのだよね。いまさらながら見ておけばよかったな~。ベーシストがいるバンドだったのでギターの役割が変わった、という解説が面白かった。まあ、当然といえば当然の話なのだが。

スティーブ・クーニー

 オーストラリア人のアイリッシュ・ギタリスト。この人はリアム・オメンリーといっしょに来たときに見たんだっけな? ガット・ギターでものすごくパワフルな演奏をしていたのが強烈な印象だった。

ジム・マレー

 この人もガット・ギターを弾く。一時アイリッシュのギタリストの間でガット・ギターを弾くのが流行ったことがあったとか。へ~、そうだったのか~。

デニス・カヒル

 アメリカ人のアイリッシュ・ギタリスト。マーティン・ヘイズとのデュオで知られる。コードの数の少ない、ニュー・エイジ・ミュージックのような独特の浮遊感のある伴奏をする。これがめちゃくちゃいかしてる。この人もガット・ギターを弾くと紹介されていたけれど、私が見たときはマーティンのドレッドノートだったような。サウンド・チェックのときにブルーグラスのリード・ギターを弾いていたのにはびっくりした。やっぱそっちもバリバリ弾ける人なんだ!

ジョン・ブレイク、ドーナル・クランシー

 この2人は、今回初めて聴いた。最近アイリッシュ聴いてないからな。ちょっと反省。

2016年6月22日 (水)

音楽フェス騒乱考

 フジロック・フェスティバルにSEALDsのメンバーが出演するという発表を受けて、「ロックに政治を持ち込むな」という批判が起きた。

 60年代以降の(ニュー・)ロックの歴史を振り返ってみれば、政治的なメッセージ(より限定して反体制的なメッセージでもいい)を発信するミュージシャンはたくさん存在していたわけで、そうした事実までを否定しようとするのは、さすがに無理があるだろう。これが「フジロックに政治を持ち込むな」という主張であれば、少しは理解できなくもない。とはいえ、そもそもこれまでのフジロックが政治的に中立なイベントだったのかというと、必ずしもそうとは言い切れないようだ。

 今回のフジロックに限らず、主催者の思惑と聴衆の思いは、いつも微妙に異なっていたりするもので、その食い違いがトラブルにまで発展したケースも少なくない。そのあたりの事情を少し検証してみよう。

第5回ニューポート・フォーク・フェスティバル
 1965年7月25日

 ボブ・ディランがロック・バンドを従えてステージに立ち、これに不満を抱いた聴衆が演奏を中止させる。観客側の主張をひとことでまとめれば「ニューポートにロックを持ち込むな」である。当時のフォーク・ファンにとって、ロックは打倒すべき商業主義の象徴、あるいは体制側の音楽だったと言えるのではないか。その後のロックの歩みを考えると、皮肉な話ではあるが。

ウッドストック・フェスティバル
 1968年8月15日~18日

 ウッドストックで起きたのは、イデオロギーの対立ではない。主催者側の入場ゲートの管理の不手際で、チケットを持たない群集が退去してなだれ込んだことが問題となった。騒乱を回避するために、主催者はフリー・コンサートの宣言をする。つまり観客側の主張は(もしあったとしたら)、「タダで見せろ」^^; もちろん大規模なコンサートを開催するにはそれなりの資金も必要となるし、ミュージシャンを無料で出演させるわけにもいかない。ムチャな要求と言わざるを得ないが、ウッドストック以降、このセコい「あわよくばタダで見てやろう」という思惑が、商業主義の批判と結びついて、ある種の正義のようになり、音楽フェスの主催者たちを苦しめることになる。

フェスティバル・エクスプレス
 1970年

 ウッドストック以降の混乱の様子をよく伝えているのが、フェスティバル・エクスプレスの記録映画だ。このイベントは、列車の車両を借り切ってロック・ミュージシャンたちを運び、カナダを横断しつつ各地でコンサートを開く、という画期的な試みだったのだが、行く先々で「フリー・コンサートにしろ」と主張する集団と衝突することになる。観客側の主張は、やはり「タダで見せろ」なのだが、やや理論武装が進んで、「ロック・コンサートは無料でなければいけない」という形に進化した。ここでも商業主義反対の思想が見える。

オルタモント・フリー・コンサート
 1969年12月6日

 時期はやや前後するが、ウッドストック以降のフリー・コンサートの流れは、同じ年のオルタモントで早くも破綻している。カリフォルニア州のオルタモント・スピードウェイで開催されたローリング・ストーンズをメインとしたフリー・コンサートで、警備を担当していたヘルス・エンジェルスによって観客の1人が殺害されるという事件が起きたのだ。この悲劇の主たる原因は、主催者側の準備不足、力量不足だったと言わざるを得ない。20万人にも及ぶ聴衆をコントロールするには、よほどの覚悟がなければいけなかったということだ。ともあれ、この事件を境に、盛り上がっていた大型コンサートのブームは一時下火となる。

第3回全日本フォーク・ジャンボリー
 1971年8月7日~9日

 71年の中津川フォーク・ジャンボリーの顛末は、『ベルウッドの軌跡』という本にも書いたので、詳しくはそちらを参照していただきたい(と宣伝^^; 宣伝ついでに、Amazonじゃなくてお近くの本屋さんから注文していただけるとモア・ベター)。ひとことでまとめると、2日めの夜に起きた騒動でコンサートは中止になった。騒動の原因はいろいろ考えられるのだが、ベ平漣が以前からジャンボリー粉砕を主張していたという話もある。だとすれば、反体制的な傾向を持つグループ同士の、いわば内ゲバだったということだ。騒動を起こしたグループの言わんとするところをざっくりとまとめれば、「商業主義反対」。「フォークに商業主義を持ち込むな」という主張は、今年のフジロックをめぐる動きと好対照と言えるだろう。

第3回春一番コンサート
 1973年5月5日~6日

 73年の春一番コンサートのトラブルの発端は、主催者側が当時まだ日本語のオリジナル曲を歌っていなかった憂歌団の出演を拒否したことだったと聞く。いわばマネージメントのトラブルが招いた騒動ということだ。う~む……(その後、春一番と憂歌団は和解)。

 こうやってまとめてみると、正直、つまらないことが原因で騒動になっているケースが多いという印象だ。当事者になると冷静でいられなくなる意持ちもわからないではないけれど、できればみんな仲良くハッピーに。せっかくの音楽フェスなのだからね。

2016年6月21日 (火)

勲章

父親の葬式が終わって間もない頃だったと思う。
心当たりのない小包が届いた。

Kunsyo

封を開けると、七宝の小さな勲章が出てきた。
勲六等単光旭日章。
どういういわれの品か、さっぱりわからないものの、
父親が国家公務員だった関係だろうと見当はついた。

はっきり言って、
私には何のありがたみもないシロモノだったけれど、
生きているうちに届いたら、
きっと父親はすごく喜んだだろうと思う。
国からの授かり物だと言って。

本当に欲しい人のところには届かず、
いらない者のところに届く贈り物はせつない。

2016年6月19日 (日)

父の日

 歳が離れていたせいもあるだろうが、父親とはうまく話がかみ合わないことも多かった。

 たとえば、いっしょにテレビを見ていても、ほとんど話が通じない。

 子どもの頃に、こんなドラマがあった。水商売の女に、若い純情な男が恋をする。女は男を手玉にとっているつもりだったのに、次第に心を引かれ、本気で好きになってしまう。やがて男は世間に認められて……。いまにして思えば、『椿姫』のプロットを意識した筋立てだったのだ。

 女は自分が男に釣り合わないと思うようになり、わざと裏切ったふりをして身を引く。男は大成功して、新聞に大きく取り上げられる。その記事を目にして、うれし泣きをする女。

 なかなかよいシーンだと思って見ていたら、父親が「ざまあ見ろ!」と言い出した。私がポカンとした顔をしたからか、さらに詳しく解説をしてくれようとする。「この女はロクでもないヤツでな。男を騙して捨てたんだ。その男が成功したもんだから、悔しくて泣いてるんだよ」

 ええっと……。そのとき私はもう中学生になっていただろうか? 小中学生にもわかるようなこのベタなストーリー展開を、どうやったらこれだけ思いっきり取り違えられるんだろう? 脚本家も演出家も浮かばれないな。何かの都合で最終回は見られなかったように記憶しているので、結局父親がこの誤解を解く機会はなかったはずだ。

 実はこういうことはたびたびあった。やはり私が小学生の頃、西部劇のきれいなおねーさんが、「私はあなたに賭けてみたいの」と男に告げたときに、父親ははたと膝を叩き、「いいか、お前、よく覚えておけ。アメリカ人というのはな、何にでも金を賭けるんだ」

 バラエティ番組も、父親の魔の手からは逃れられなかった。人気の女性歌手(ちなみに山本リンダさんではありません)がヘソ出しルックで登場したときは、急に怒り出し、「この番組はふざけている! 笑わせようと思ってヘソを出すとはなんたること!」だって。

 そういえば、お笑い番組はほんとに嫌ってたな。人を笑わせようとするのがマジ許せなかったみたいで……。そういう父親の気持ちはわりと理解できるのだけれど、あのヘソ出しに限っては、当時のNHKとしてはせいっぱいのサービスだったと思うよ……。

 そんな父親のことを、しばらく前に歌にしたことがあった。どこかで紹介したような気もするけれど、父の日にあらためてもう一度。

  おやじのこと 思い出してたんだ
  2人で電車を見に行った頃
  陸橋の上 肩車で
  赤羽線が通るのを 見てた

  よくキャッチボールもしたっけ
  なんで やらなくなっちゃったんだろう?
  いっしょに酒を飲んだことも
  数えるほどしかなかったしね

    おやじのこと 思い出したら
    あの頃にまた 戻りたくなった
    いまでは何も 残ってないけど
    あの家にまた 帰りたくなった
    この歳になって そんなこと思うなんてな

  ちょっとズレてたおやじだったな
  ずいぶん 歳も離れてたし
  でも今にして思えば
  あれでずいぶん遠慮してたみたい
  気を使うことなんてなかったのに

  生意気ばかり言ってごめんね
  自慢できる息子でもなかったし
  あんなにいっしょに暮らしてたのに
  何もしてあげられなくて ごめん

2016年6月16日 (木)

忘れた頃の歯科治療

 4ヵ月ぶりの歯科病院。イケメン先生の都合で、当初の予定から日にちが少しズレたけれど、本日とどおこりなく歯茎のチェックと歯石の除去をしてもらえた。

 とくに問題はなかったとはいえ、ガリゴリガリと歯石をはがされるのは、あまりいい気持ちではない。月1ペースの頃は、それでもまだなじみ感が残っていて、わりと平気でいられたのに、間があくとすっかり勝手を忘れていて、新鮮な気分でまたイチから苦しめる^^; ともあれ、経過は順調なようでなにより。診察時間も30分ですんだし。

 会計で290円なりを払って無罪放免。例によって、帰りに御茶ノ水の楽器店をチェックする。お、黒沢楽器のブルーグラス専門店っていうのができたんだな! そういえばFacebookでも紹介されていたような気がする。

 狭い階段を2階に上がると、ウクレレ、バンジョー、マンドリンなどが並んでいる。バンジョーの品揃えはなかなかと見たけれど、マンドリンはほとんど中国製の新品ばかりだな(それでもギブソンのA-Jrスネークヘッドが1本)。それに、ウクレレはブルーグラスの楽器じゃないし……。なんてちゃちゃを入れてもしょうがないので、ギター以外のアコースティックな弦楽器のたくさん並ぶ店舗が新たに誕生したことを、ここは素直に言祝ぎたい。僭越ながら、商売繁盛をお祈り申し上げます。

2016年6月 8日 (水)

Magic In The Air!

 何年か前に、シンコーミュージックからギブソン・アコースティック・ギターのムック本を出したことがある。その本に、ジャンボ・サイズのギブソンをさっそうと弾きこなす女性ミュージシャンの記事を載せたいと考えて、宮原芽映さんと平松八千代さんの対談を企画させてもらった。その対談が終わりにさしかかった頃に、編集のスワさん(かつてのヤング・ギター誌の愛読者ならおなじみのはず)が、「アメリカにギブソン・ブラザーズという兄弟デュオがいて……」と語りだし、「だったらギブソン・シスターズというユニットもいいかも」という話になった。

Gibsonag

 こんな軽いノリでスタートしたギブソン・シスターズのライブは、これが2回め。6月7日(火)、学芸大学のライブハウス、チェロキー・ライブ・タバーンで、実に3年ぶりのステージが実現した。前回はあいにく見にいけなかったので、私にとっては初体験となる。おとなしくいちばん後ろの席に座ろうかと思ったら、もうほかのお客さんがキープしているという。それなら遠慮せずに、いちばん前の席に座らせてもらおう。この選択が、あとでとんでもない事態を招くことになるのだが、このときはまだ知る由もなかった^^;

 ギブソン・シスターズのメンバーは、前述した宮原芽映、平松八千代(ヤッチー)のお2人。ギターは芽映さんがハミングバード、ヤッチーがJ-200……ではなくて、J-150.。いかにもギブソンらしいデザインのモデルたちだ。これで持ち替えのウクレレも、Gストリングじゃなくてギブソンだったら完璧だったのだが、さすがにそこまでは望めまい。Gストリング(コンサート・サイズかな?)は、ほんとにいい楽器だしね。

 バックはパーカッションの根本久子(チャコ)さん1人。リード楽器のない編成で、始まるまでは正直どうなることかと思っていたけれど、トリオのコーラスはきまっていたし、バックのリズムもキレキレだったし、会心のできと言っていいのではないか。これほどすべての要素がしっくりハマったステージもなかなかない。

 懐かしいソロ時代の曲やSOYのレパートリー、英語のカバー曲など、胸キュンなラブソングが続く。そうか、最近のshiroのライブでどことなく物足りなく感じていたのは、こういうフェミニンな成分の不足だったのか。個人的には「Kissするように叱って」を久々に聴けたのがよかったな。あのギターのリズムはニール・ヤングを意識していた、というMCに一瞬驚いたけれど、あらためて聴き返してみて納得……。

 充実したステージの中でいちばんのハイライトを挙げるとすれば、やはり2部のオープニングということになるだろう。パーカションのチャコさんが、なんとクリスタル・ボウルをプレイ。その静謐かつ幽玄な響きにヤッチーの透き通ったスキャットが重なると、会場の空気が一変した。そこに登場したのが、ゲストの舞踏家、岡 佐和香さんだ。

 目の前でダンスが始まる。やけに距離が近い! 会場の隅にパーカッションが置かれていて、その前に主役の2人のシンガー。そしてステージと観客席の間のわずかなスペースで踊るダンサー。

 いちばん前の席に座っていたもので、おそろしく近い位置に顔が来る。息がかかりそうな距離で、高速度撮影のようにゆっくりと舞う姿をまじまじと見つめることになった。普段もきれいな人なのだけれど、目の前で踊っている姿は神々しいまでに美しい。しかもバックには天上の音楽が流れている。胸のドキドキが止まらなくなった。こんな気分になったのは、何年ぶりだろう。

Gibsonsisters

 ネットにそのときの証拠写真が上がっていたので、勝手に拝借して貼り付けておく。手前のジャマな頭が私だ^^; このときはもうだいぶ引いているように見えるけれど、実際にはクリスタルボウルのテーブルと、横のモニター・スピーカーの前にいる時間が長かったから……。

 ところで前の席のハプニングは、これだけでは終わらなかった。クリスタル・ボウルを片付ける間の場つなぎのつもりだったのだろう。宮原芽映さんにひょいとマイクを渡されて、ギブソン・シスターズの結成のいきさつについて説明させられることになった。ちょうどいいところにいたわけだ。振られたからにはしゃべらんわけにはいくまい。おかげで現実に戻ることができたかも。

2016年6月 6日 (月)

フェス2日め--あるいは秘めたる狂気の薦め

 東京は梅雨入り宣言があったようだが、日曜日の雨も昼ごろには上がった。これ幸いと、昨日に続いて池袋西口公園へ。池袋フォーク&カントリー・フェスティバル。2日めはフォークデーである。

Folkday

 今日も出店をひやかしてぶらぶら。お客さんは多いし、西日はきついし、立ちっぱなしはつらいし……ということで、途中で西武デパートの屋上庭園に逃げて休憩したりもした。

Okuzyo

 リニューアルしてまだ日が浅いこの場所は、デパートの屋上とは思えないようなほっとする空間だ。スイレンの池を眺めながら、しばしの休息。隣では、結婚式らしいイベントもやっていた。

Nagira

 ずーっとこのままぼーっとしていたい気分にもなったけれど、そうもしていられない。当初の目的を思い出して、ふたたび西口公演へ。フェスの最後を飾るのはなぎら健壱さん。前日のカントリーデーに出ても違和感のないようなカントリー・スタイルのバンドを従えて、貫禄のステージを見せてくれた。話題の人、舛添都知事の歌も出してくるあたりはさすが! 1時間を超える入魂のステージで、2日間にわたるフェスは幕を下ろした。

Kuwabara

 --というところで、フェスの物販で昨日手に入れた桑原達也さんのCDについても少し。4曲入りのマキシ・シングルといった感じだろうか? 収録曲は、「introduction」「さおり行きの各駅停車」「鳥取駅にて」「さおり行きの各駅停車(カラオケ)」の4曲。もちろんすべて桑原さんのオリジナルだ。

 ジャケットの印象どおりと言うべきか、ナルシスティックで、ストーカーチックで、すっげ~面白かったけれど、こういう狂気(いや、ご本人はそう思ってないかもしれんけど)はもうちょっと内に秘めててもいいのにな、なんてことを思わないでも……。たとえば私だったら、まっとうなラブソングらしく始めて、少しずつ破綻させ、最後に「あ、こいつ狂ってたんだ!」と、ゾッとさせるようにしたいかも。……だったら、自分で作れよという話だね。すいません^^;

 タイトル曲は、アコースティック・スイング風のコード進行が美しい歌。満を持して登場する気持ち悪いボーカル(褒めてます!)もかっこいい!

 「鳥取駅にて」は打ち込みっぽいリズムもオシャレなインスト曲。これだけ聴いてると2枚目なのにね~……。

 --というところで、Youtubeで見つけた桑原達也とSNSボーイズのパフォーマンスを最後に貼り付けておく。これもかなりきてますよ。

2016年6月 5日 (日)

池袋フォーク&カントリー・フェスティバル

 ほぼ地元の池袋西口公園で恒例のフォーク&カントリー・フェスティバル。初日の土曜日はカントリー・デーで、テンガロンハットをかぶったお客さんがたくさん。平均年齢はかなり高いようにお見うけしたが、その元気なことといったら! 飲み、食べ、踊り……と、ひたすらサタデーナイト・フィーバー。熟年パワーおそるべし!

Fes1

 そもそもステージの手前にダンスのためのスペースをわざわざ設けてあるのが、いかにもカントリーのフェスらしい。外国の事情はよくわからんが、日本だとブルーグラスもアイリッシュもロックもジャズも、こういうノリじゃないような気がするな……。沖縄のフェスなんかはまた違うのかもしれないけれど。

 会場の周りには食べ物の屋台がズラリと並んでいる。とりあえずソフトドリンクを買い、それから出演者の物販コーナーへ。なかなか手に入らないでいた、イケメン・ナルシスト・バンジョー弾き(?)桑原達也さんのソロCDを購入。桑原さんは、ブルーグラス・ポリスのメンバーとしてこのあとステージに立つはずだ。お店のおにーさんに「ロック好きなんですか?」と声をかけられる。レッド・ツェッペリンのTシャツを着ていたせいかな? 「ええ、好きですよ」「バンジョーも好きなんですか?」「バンジョーも好きですよ」ともごもごとおうむ返しをしてCDを受け取る。「ツェッペリンならマンドリンやろが!」とでも返せばよかったのだろうか?

Bgpolice2

 そうこうするうちに、ステージではブルーグラス・ポリスの演奏が始まった。東京の若手ブルーグラス・バンドのトップランナーだけあって、さすがに活きのいい演奏だ。MCで「Uncle Pen」の紹介をするときに、「ビル・モンローが音楽を習った黒人のフィドラー」と説明していたのには、ちょっとまいったけれど。アンクル・ペンはほんとにビル・モンローと血のつながったおじさんだから、スコットランド系の白人なんだよな。黒人のギタリスト、アーノルド・シュルツの話とごっちゃになってるみたいだな……。前にもいちどやったことがあるけれど、もう一度ブルーグラスの歴史講座を開いてレクチャーをせんとあかんかもしれない^^;

Aitomakoto2

 幕間のユニットを挟んで、1日めのトリを飾ったのは、片山誠史、坂本愛江のお2人による「愛と誠のカントリー」。さすがの実力派シンガーのデュオで、プロフェッショナルな音を聴かせていただきました。

Dobleneck

 余談めくけれど、この真ん中の楽器にはびっくりした。テレキャスターを改造したギターとマンドリンのダブルネック・ギター?!

2016年6月 3日 (金)

カセット復活はあるか?

 CDジャーナルの(株)音楽出版社から、 「カセットテープ時代」なるムックが出た。

Cassette_2

 どちらかというと、「書いてください」と頼まれるよりは、「書かせてください」と頼むほうが多い身の上なので^^;頼まれた仕事は原則断らないことにしている。だから「カセットテープがまたブームになりつつあるんですよ」なんて原稿依頼の際に言われたときも、「え? ほんと?」などと驚いたそぶりはつゆほども見せずに、黙ってありがたくお受けした。そのあとでネットを調べてみたら、たしかにそれらしい記事も散見される。どれも「アナログ・レコードほどではないけれど」という前置きはついていたものの……。

 まあいい。事の真偽はともあれ、こちらは昔のカセットテープの話を書くだけでいいので、何ら悩む必要はない。案外、これがきっかけでブームになったとしても、それはそれで面白いし。

 そんなこんなで、私はTDKをメインに、AXIA、DENON、That's、Scotch、BASFなどのブランドの製品について解説文を書かせていただいた。今回あらためて各ブランドの歴史について調べてみたら、これがなかなか面白かったので、もう少し掘り下げてみるのもいいかもしれない。

 楽器の本などと比べて、カセットテープではビジュアル的に弱いかと思いきや、実際に見本誌が届いて、各製品がズラリと並んでいるのを見たら、思いのほか壮観だった。それにつけても、みうらじゅんさんは相変わらずだな~^^;

 ところで、奥付けの筆者名の漢字が、「宏」じゃなくて「弘」になっていたけれど、まあ、たいした問題じゃないから放置。この間違いってわりとよくあるんだよな。「弘」のほうがポピュラーなのかしらね? いっそ改名しちゃったりして?

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