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2013年11月

2013年11月28日 (木)

通院日記(22)

 毎度おなじみ、御茶ノ水の歯科病院。歯茎の腫れがひいたようで、やっと奥歯の歯型が採れた。

 その前に歯の詰め物をほじくり出されたのだが、このときのグラインダーの振動がこれまでと全然違っていて、低周波で脳みそをぐらこんぐらこん揺すぶられる感覚。あまりに気持ち悪くて、吐くかと思った^^;

 なにはともあれ、無事に歯型が採れてめでたしめでたし。次回は12月12日(木)午後2時から。もう年末だな~。今年中に元どおりに治るのだろうか?

 帰りにちょっと寄り道をして、岩本町の楽器店、ウッドマンを覗く。何を隠そう、先日出たばかりの「フェンダー'50sギターガイド」に載っていた、57年製のエレクトリック・マンドリン(マンドキャスター)をチェックに行ったのだ。おぉ、あるある。実物を見ると、なかなかいい感じに貫禄がついてるな~。ツィードのオリジナル・ケースもしっかり残っているし、ん~。ほしい。

 その隣には、この楽器を復刻したニュー・モデル、マンドストラトも並べてあった。こちらは3トーン・サンバースト&ローズウッド・フィンガーボード。以前私が所有していた60年代末頃のモデルと、ほぼ同じ仕様だ。

 マンドストラトというモデル名は、正直イマイチな感じだけど、「マンドキャスター」の商標は他のメーカーが持っているために使えなかったのかしら?

2013年11月27日 (水)

真打はあとから登場?

 こんなことを書くのは自分でもおこがましいとは思うのだが、なんだかんだでよく似た本なのだ。

 いりぐちアルテス004「JAZZ 100の扉」(アルテスパブリッシング)。拙著「アメリカン・ルーツ・ミュージック」が「いりぐちアルテス003」だから、同じシリーズの続き番号という関係になる。そして判型も、幅の広い帯のデザインも、100+200枚のディスクガイドという構成も、そっくり同じ。

Jazz100

 出版された順番もあって、傍目には拙著を踏襲した企画のように見えるかもしれないが、実際の経緯はまったく逆で、村井康司さんの「JAZZ 100の扉」のほうが先輩。「アメリカン・ルーツ・ミュージック」のディスクガイド版を出そうという話が持ち上がったときに、「このシリーズの次の本でいきましょう」と見せられたのが、見開き2ページのゲラ刷り見本。これが「JAZZ 100の扉」のいわばパイロット版で、私はそれを参考にさせていただいた。

 --というわけで、拙著の体裁は、すべてこの村井さんの本を雛形としている。途中でこちらが追い抜いて、先に書き上げてしまったという次第(それでもお姉さんより先に結婚するわけには……てな感じで、しばらく待っていたのだが)。

 さらに源流をたどると、音楽之友社から出版された小野島大さんの「ロックがわかる超名盤100」という、もう1つの原型もあるそうだが、こちらは未読^^;

 なにはともあれ、そんな事情があるものだから、この本の執筆の過程とか、全体の勘所とかも、なんとなく見えてきちゃうのだった。たとえば、メインのアルバムにくっつける関連アルバム2枚を選ぶ作業に辟易しながら、実は思いっきり楽しんだり……みたいな(私の勝手な妄想?)。同じミュージシャンの別の作品でオーソドックスにまとめるか。意外な線ではずすか。判じ物じみた考えオチにするか。こうした著者の心理を読み解いていくのも面白い……かもしれない。

 まだパラパラ見ている途中だし、ビバップ以降のモダン・ジャズにはまったくうといしで、私に本の内容をどうこう言う資格はないのだが、それでもやっぱり面白い本だと思う。事情を知らなくても、サクサク読める。わかったような気にさせてくれる。押し付けがましくはないけれど、主張すべきことはしっかり主張してある。とにかく、人柄がじんわり伝わってくるいい文章だよなぁ。……エラソウデスミマセン。

 え、これがジャズ?というようなアルバムが、ところどころに混じっているセレクトも面白い。だって、ザ・バンドにビーチ・ボーイズにジャニス・ジョプリンにスティーリー・ダンにニール・ヤングにライ・クーダーにカーティス・メイフィールドにスライ&ファミリー・ストーンだよ!

 それと日本人のアルバムがけっこう入っているのは、ちょっぴりうらやましくも感じたな。アメリカン・ルーツ絡みでもすぐれた日本人アーティストはたくさんいるけれど、アルバム100選に加えるのをためらうような雰囲気がまだ残っている--というか、シーンがそこまで成熟していないような気がしてしまうから。

 さて、続き番号のよしみで、うだうだと書いてしまった。この本がきっかけになって、私の本ももっと売れればいいな、と半ば本気で思う。「相乗効果」と書けないのが、こちらの力不足ではあるけれど……。

2013年11月26日 (火)

フェンダー'50sギターガイド

 60年代ギブソンのあとは50年代フェンダー--というわけで、やっぱり出ました「フェンダー'50sギターガイド」(三栄書房)。

Fender50

 まあ、なんちゅーか、王道中の王道だわな、この時期のフェンダーは。

 残念ながら……というか、私はギタリスト紹介と、現行フェンダー・アンプの記事しか書いてないのだけれど、各モデルの写真は、例によってすばらしい。なんかしらんけど、50年代のフェンダーって、実物以上に写真写りがいいような気がする。まさにフォトジェニック!

 ストラトキャスター、エスクァイヤー、テレキャスター、ジャズマスター……ときて、おぉぉ! エレクトリック・マンドリンもしっかり載ってるじゃないか! それもブロンド・フィニッシュの57年製。できればこのモデルの解説だけでも書かせてもらいたかったにゃ~。まあ、まったく企画には関わってないので、しょうがないんだけど。

2013年11月24日 (日)

恵比寿で見た若手ギター・デュオ

 11月23日(土)。午後7時半から、恵比寿のギターショップ、ドルフィンで、ギター・デュオSOUL GAUGE(ソウル・ゲージ)のインストア・ライブ。

 ソウル・ゲージは、アコースティック・ギターの井草聖二さん、エレクトリック・ギターの磯貝一樹さんによって今年3月に結成されたばかりという新しいユニットだ。井草さんのステージは、6月にコットンクラブで拝見していたものの、磯貝さんはこれが初めて。もちろんソウル・ゲージとしてのライブも、これが初体験だった。

 井草さんのギターは、カッタウェイの入った小型ボディのメイトン。磯貝さんはギブソンのセミアコ、ES-335。2人ともフィンガーピッキングのみで、フラットピックはまったく使わない。

 フィンガーピッキングのインスト・デュオと聞いて、「ああ、よくあるサウンドね」--なんて思ったあなたは、とりあえずそのイメージを払拭していただきたい。むしろロックやジャズのバンド編成に近いような、リズムの強調されたグルービーな音だったのだ。たった2人で、こんなご機嫌なサウンドを作るとは……。

 ステージ前のお忙しい時間にいろいろお話を聞かせていただいた、ソウル・ゲージのお2人に、この場を借りて感謝。--ということで、そのあたりの話も交えたライブ・レポートは、次号の「アコースティック・ギター・ブック」(シンコーミュージック)に書く予定です。乞うご期待。

2013年11月22日 (金)

パスカルズ@サムズアップ

 大所帯のバンドなのでステージに収まりきらず、一部が客席まではみ出している。一番前のテーブルに陣取ったため、演奏が始まったら、なんだかメンバーに囲まれて座っている気分になってきた。その臨場感たるや……。正直、音量バランスの点ではベストなシチュエーションとは言えなかったものの、この迫力の前では、そんな瑣末なことはどうでもいい。

 アコーディオンにメロディオン(鍵盤ハーモニカ)、トイピアノ、リコーダー、ホーン、バイオリン、チェロ、ギター、バンジョー、ウクレレ、マンドリン、パーカッション、ドラムス……。パノラマ状に広がる楽器群から放たれる音の壁に、ただただ圧倒された。それに、演奏者の手元までこんなにはっきり見えるコンサートなんて、めったに体験できるもんじゃない。

 横浜サムズアップ、11月21日。奇妙なアコースティック・オーケストラ、パスカルズのステージ。以前から感じてはいたけれど、やっぱりこの人たちはチンドンに目覚めたペンギンカフェみたいなグループだ。妙にあやしげで、オタク臭もして、そこはかとなく不器用で、へんてこなグルーブで、おまけにめちゃくちゃかっこいい!

 どの曲も面白かったけれど、個人的には友部正人さんのカバー、「6月の雨の夜チルチルミチルは」に感激したな。

 ところで、今回はいつもの流儀に反して女の人をお誘いしてみたのだけれど、なんかこちらの予想以上に唖然としていたご様子。はたしてこれでよかったのかどうか……。

2013年11月20日 (水)

馬から落ちて落馬して……

 近頃は「おみおつけ」なんて言葉、あんまり使わないのかな? 言うまでもなく「味噌汁」のことなのだが、これを漢字で書くと「御御御汁」となるらしい。

 もちろん最初からこんな言い方をしていたわけではない。初めは「汁(つけ)」と呼んでいた。これに接頭語の「お」をつけて、ていねいな表現にしたのが「おつけ」。

 ところが、長い間「おつけ」と呼んでいるうちに、接頭語+名詞という本来の語源があいまいになり、「おつけ」で1つの名詞のように思われだした。そうなると、ていねいな言い方をするためには、また接頭語をつけなければならない。「おおつけ」ではゴロが悪かったのか、今度は「みおつけ」と呼ぶようになった。

 話はこれで終わらない。さらに時代がくだると、「みおつけ」もたんなる名詞と認識されるようになる。そこでさらに接頭語をつけて「おみおつけ」。この言葉もすでに耐用年数が切れかかっているとみえて、現代では「おみおつけ」がていねいな言い方であるという認識は、あまりなさそうだ。

 言語は世につれ、世は人につれ……。人の世が続いていく限り、言葉の意味がどんどん変化していくのはしかたないことなのだろう。--と理屈ではわかっていても、あんまり気持ちのいいもんじゃないんだよな、これが。

 最近気になってならないのが、「ダントツトップ」というあまりお上品じゃない言い回し。本来「ダントツ」は、「断然トップ」の略のはずだから、この言葉も、しっかりおみおつけしてるよな~。

 それから、食堂のお品書きで「カツ丼ぶり」なんて書いてあるのも、個人的にはかなり気持ち悪い^^; あのね、「丼」は1字で「どんぶり」と読むの。それをめんどくさがって「どん」と略して呼んでるだけなんだから。

 まあそんなことを言いだすと、「よくありがち」とか「まず最初に」とか、ほとんど常態化している重複表現も多いんだけどな……。

2013年11月18日 (月)

流れ星の夜

 昨夜は獅子座流星群がピークだったそうだけれど、あいにくの曇り空。早々に観察はあきらめた。寒い夜にじっと流れ星を待ったり、役に立たないことに夢中になったり、新しい夢を育てたりするには、それなりのパワーがいる。体力以上に心のエネルギーが。それは補充しないでいると、少しずつ磨り減ってしまうものらしい。

 ずいぶん以前に獅子座流星群を見たときに、「流れ星の夜」という歌を書いた。その頃はまだ魔法のパワーが残っていたものと見える。

  流れ星の夜
  僕たちは 小さなベランダにのぼり
  寝袋にくるまって
  獅子座の空を見上げた

 冷えそうになる身体をバーボンで温めながら、ぼ~っと夜空を眺めていると、いろいろな思いがあっちへ行ったり、こっちに来たり。

  たくさんの出会いと
  たくさんの別れを
  繰り返しているうちに
  僕たちは ここへたどり着いた

 青く、あるいは赤く、フレアのように輝く火球。光って、光って、光って燃えつきるまで光って……。星に願いをと思ってみても、20も30も続けて流れていくと、だんだんわけがわらなくなってくる。案外こんなときに、自分の本当の気持ちに気づくのかもしれない。

  いつだって会えるに違いない
  そんな人のことを願うとは
  なんという贅沢な 流れ星のムダ使い!

 今度キミと会えるのはいつの日かな? いや、流れ星のことだけど。

2013年11月15日 (金)

ポールとの再会

 ポール・マッカートニーに顔が似ていたので、高校では「ポール」なんて呼ばれていたものだ。同じクラブだったからそれなりに話もしたけれど、私生活についてはほとんど知らなかった。まあ、私とは違って、女の子にはけっこうモテていたのではないかと思う。

 大学卒業後はロサンゼルスに渡り、そのまま住みついたと風のうわさに聞いた。それ以来ず~っと会う機会もなかったのだが、奇妙な偶然というか、本家ポール・マッカートニーの日本ツアーとちょうど同じ時期に一時帰国するという。そんなわけで、高校の同級生で集まって池袋で飲もうということになった。

 それが昨夜の話。久しぶりにあったポールさんは、老けたポール・マッカートニーのようになっていた。若いときは似ていても、歳をとると似ないものかと思っていたのにな。とりあえず元気にしているらしい。それはなにより。

 月並みではあるけれど、旧友との再会を祝して(?)、ビートルズの「When I'm Sixty Four」をYouTubeから。ボードビル調の曲で、まったくロックではないけれど、私はけっこう好きだよ。

 それにしてもちょっと飲みすぎたようだ。今日は1日調子が出なかった。歳かな^^;

2013年11月13日 (水)

セミアコとフルアコ

 ソリッド・ギター、フルアコ、セミアコと、これまでいろいろなエレクトリック・ギターをご紹介してきたが、ここであらためて用語を整理しておきたい。こうしたカテゴリーの使い分けに、一部混乱が見られるようなので。

 まずは、エレクトリック・ギターが生まれる以前の話から。フルアコ、セミアコ・ギターの原型となるアーチトップ・ギターのデザインがほぼ固まったのは、20世紀初頭の頃だと思われる。それまではクラシック・ギターのようなフラットトップのギターばかりだった。ボディのトップやバックの板をバイオリンのように削りだしてアーチをつけるというアイデアを思いつき、アーチトップ・ギターを作り上げたと言われるのが、ギブソンの創始者に当たるオービル・ギブソンだ。このあたりの経緯も追いかけると面白そうなのだけれど、本日のテーマからあさっての方向に逸れてしまうため割愛。

 なお、英語では、「archtop guitar」「arched top guitar」と2つの表記があり、日本誤で「アーチド・トップ・ギター」と書くこともあるが、「アーチトップ」のほうが呼びやすく、字数も少なくてすむということで、こちらに統一させていただく。

 また、アーチトップ・ギターには、「ピック・ギター」という異名もある。アーチトップが構造上の特徴を表わす用語なのに対し、ピック・ギターは奏法に注目した用語だ。もともと指で爪弾く楽器だったギターをフラットピックで弾くようになったのも、アーチトップ・ギター以後に広まった習慣かもしれない。

 初期のギブソン・アーチトップ・ギターは、オーバル・ホール(楕円穴)やラウンド・ホール(丸穴)のタイプばかりだった。fホールのモデルが登場したのは1922年のことだ。

L301m
ラウンドホールを持つ1920年製のL-3

 このアーチトップ・ギターにピックアップをつけたものが、エレクトリック・アーチトップ・ギターである。最初の頃は、まだフルアコ(フル・アコースティック)・ギターなどとは言わない。むしろ、先行していたスライド専用のエレクトリック・ハワイアン・ギターと区別するために、「エレクトリック・スパニッシュ・ギター」と呼んでいた。ギブソンのエレクトリック・アーチトップ・ギターのモデル名「ES-○○○」は、すべてこれに由来する。

 フルアコ・ギターという用語が定着するのは、アコースティックなボディを持たないソリッド・ギターがポピュラーになり、さらに、ソリッド・ギターとアーチトップ・ギターのハイブリッドのようなセミアコ(セミ・アコースティック)・ギターが登場してからだ。つまり、後発のセミアコと区別するために、フルアコという用語が新たに必要になったと言っていい。

 フルアコとセミアコの違いは、厳密な定義があるわけでもないのだが、ギブソンのセミアコ・モデルの仕様がデファクト・スタンダード(事実上の標準)として認知されているようだ。

 すなわち、ソリッドなセンターブロックを持つアーチトップ・ギターというところがポイントで、たとえばES-330のようにセミアコ・モデルと同形の薄いボディでも、センターブロックを持たないタイプは、一般にセミアコとは呼ばれない。

Es350 Es345top

 典型的なフルアコ(左・ES-350)とセミアコ(右・ES-345)の形状の比較。ボディの厚みが違うのがよくわかると思う。ES-345のブリッジとテールピースはボディに直接固定してある。センターブロック構造がなければこうはいかない。

2013年11月11日 (月)

通院日記(21)

 午後から御茶ノ水の歯科病院へ。天気予報では夜はめっちゃ冷えるらしい。ジャンパーを着て出かける。

 本日は歯垢の除去のみ。ガリゴリ削ってから電動歯ブラシで磨き、あっさり15分ほどで終了。懸案の右上の奥歯の処理だが、歯茎の腫れが完全にひかないと歯の型を取れないそうで、がんばってきれいにするようにとのこと。ふ~。

 病院を出ると雨。とほほ。巣鴨に寄って、夕飯とインスタントコーヒーを買って帰る。

 次回は11月28日(木)午後2時から。はたして歯の型は取れるだろうか?

2013年11月 9日 (土)

至高の楽器って何だろう?

 11月3日(日)午後9時から放映されたNHKのドキュメンタリー「至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎」。同時刻に野球の日本シリーズもやっていたので^^; ビデオ録画しておいてあとから見たのだが……。結論から言うと、日本シリーズのほうを選んで正解だったようだ。

 番組のテーマは、バイオリンの名器、ストラディバリの製法の謎、音の秘密を探ること。それはいいとして、「史上最高の名器、ストラディバリの奏でる音色は唯一無二。いまだに誰も彼を超えられない」という結論ありきで検証が進んでいくものだから、なんとなく迷走気味の展開で、どうにも落ち着かない気分になってしまった。

 たとえば、ブラインド・テストではストラディバリとそれ以外の楽器との区別はつかない、という実験結果を提示しつつ、「実際に演奏するバイオリニストたちは明らかに音が異なると言う」と、こちらはブラインド・テストではなく、ストリラディバリの所有者たちの思いっきり主観的な意見を紹介する。どうやってこの2つを比較しろというのだろう?

 このあと、無反響室で42本のマイクを立体的に配置した同時録音を行ない、「ストラディバリは音の指向性が強く、斜め前方の音量が大きい」という定量的なデータが示される。これ自体はなかなか面白いと結果だと思うのだが、音の指向性が必ずしもよい音につながるわけじゃないしなぁ(この点は実験を担当した先生もほのめかしていた)。コンサートホールで音が遠くまで届くとされる理由の説明にはなるかもしれないけれど。

 身も蓋もないことを書くと、そもそも無指向性の楽器というのも珍しい気がする……。

 もう1つ気になったのは、あたかもアントニオ・ストラディバリが独力でバイオリンを完成させたかのような印象を与えかねない構成になっていたこと。ストラディバリの師匠にあたるニコラ・アマティや、後進のジュゼッペ・ガルネリ、ブレシアのガスパロ・ダ・サロ、ドイツのヤコブ・シュタイナーなどについての言及が全然ないのは、フェアとは言えないよな。ストラディバリの音の秘密を本当に探りたいなら、やはり同時代の、そしてそれ以前やそれ以後のバイオリン職人と比較してみないと。

2013年11月 6日 (水)

トリニテの1つの到達点となったコンサート

 1つのバンドの全盛期というのは、意外と短いのではあるまいか。ゆっくりと下ったり、迷走を繰り返したり、いきなり解散したりとパターンはさまざまではあるものの……。

 なんて、極楽トンボな私にしては、珍しくネガティブな話から始めてしまったけれど、そんなよけいな心配をしたくなるくらい、昨夜のトリニテの演奏はすばらしかった。

 初めて訪れたコンサート・ホール、ティアラこうとう。2013年のツアーのファイナル・ステージだけあって、バンドのアンサンブルが練り上がっていたのはもちろんのこと、1人1人のプレイが、おそろしいほど神がかっていた。

 燃え上がるような弓さばきのバイオリン、緻密に構築されたアレンジを気持ちよく蹂躙していくパーカッション……。全体をまとめるはずのピアノもいつになく饒舌だったような。むしろソロ楽器のはずのクラリネットが、バンド全体を包み込むような役割を担っていたのが面白かった。まるで3人のドラ息子とドラ娘にやさしいお母さんといった風情ではないか。

 組曲『PRAYER』をはじめ、演奏された曲はすべて聴いたことのあるものばかり。しかし、どの曲にも新たな展開があり、はっとさせられた。よいコンサートだったと思う。

 今回の「日本ツアー」で1つのピークを迎えた観のあるトリニテ。はたして今後の展開はどうなるか? はらはらしながら見守っていきたい。

2013年11月 3日 (日)

ギブソンのセミアコ・ギターES-345

 1959年の初頭に登場したES-345は、ギブソンのセミ・アコースティック・ギター・シリーズの次男坊に当たる。兄弟分は、ご存知ES-335とES-355だ。

 fホールを持ったアーチトップ・ギターながら、ソリッド・ギターのように薄いボディ、おまけにダブル・カッタウェイのシェープ……。ES-335や345の外観は、個人的にめちゃくちゃ好みなのだった。中でもチェリーレッド・フィニッシュでダブル・パラレログラム(平行四辺形)のポジション・マークを持つES-345は、理想的なルックスと言っていい。だから駒込のセコハンショップでこのギターを見つけたときには、胸が躍った。そしてその場で即お買い上げ~^^;

Es345

 おそらく1970年製。正確なモデル名はES-345TDSVというはずだ。

Es345label
ボディ内部に張られたラベルにはES-345TDと記されている

 Tは「thin body」の略。つまり、ボディの厚みが従来のアーチトップ・ギターよりも薄くなっていることを表わす。

Es345top Es345back

 Dは「double pickups」の略。ピックアップが2つマウントされていることを表わす。

Es345topl

 Sは「stereo」の略。ステレオ・アウトプット仕様になっていることを表わす。フロントとリアの2つのピックアップの音を、左右別々に出力するシステムになっているということだが、専用のステレオ・ケーブルや左右2つのアンプ(スピーカー)が必要になるため、正直めんどくさい。ノーマルなモノ・システムに改造しているオウナーも多いようだ。

Es345head
トラスロッドカバーに「STEREO」の文字

 Vは「varitone switch」の略。ボディ・トップのコントロール類の端にある、いかにも電子回路っぽいロータリー・スイッチがそれ。このスイッチで音色を6段階に切り替えることができる。

 --とまあ、シブめの落ち着いたデザインとは裏腹に、斬新なアイデアをふんだんに盛り込んだ、意欲的なモデルなのだった。

 そもそも、このセミアコ・シリーズ自体が、(エレクトリック・)アーチトップ・ギターとソリッド・ギターを足して2で割ったようなデザインで、ボディ内部にはソリッドなセンター・ブロックが置かれ、それをプレス加工で成形したトップとバックの板で挟みこむ画期的な構造になっている。また、ダブル・カッタウェイの形状も、よく考えてみればSGに先行する新機軸だった。

Es345backl
バックの材は合板のメイプル(トップも同様)

 ギブソン・アーチトップ・ギターの伝統的なスタイルを受け継ぎながら、ソリッド・ギターの利点も取り込んだセミアコ・モデルは、どんな用途にも向いた万能なギターと言ってもいい。ラジカルなアイデアがアイデア倒れに終わらず、とても使いやすいギターに仕上がったことも称賛に値する。まあ、バリトーン・スイッチとステレオ仕様に関しては、とりあえず置いといて……。

 ちなみに写真のストップ・テールピースは、後付けだ。65年以降はブランコ・テールピースがオリジナル。これを64年以前の仕様に戻してある(この改造は定番中の定番)。

 細かいことを言いだすと、チェリーレッド・フィニッシュの場合、ボリューム、トーンのつまみにはブラック・ノブを使うのがお約束のはずなので、これも交換されている可能性が高い。

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