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2013年4月

2013年4月30日 (火)

クレオールでイングランド・ビールを

 適当なテーマを決めて曲を集め、オリジナルのコンピレーション・アルバムを作ったことのある人はけっこう多いのではないかと思う。私もこの「暇つぶし」が大好きで、カセットテープの時代から、あ~でもない、こ~でもないと、いろいろなバージョンを作ってきた。

 実は連休中もiTunesのプレイリストを使っていろいろ試行錯誤していたのだ。仕事がからむとそれなりにたいへんだったりもするのだが、本日CD-Rに焼いて、とりあえず完成。CDで聴きなおすと、また違った気分になるから不思議だ。

 昼過ぎに家を出て、東長崎(--なんていっても東京である。念のため)のクレオール・コーヒースタンドというお店へ。ルイジアナの音楽をBGMにコーヒーを飲む……つもりだったのだが、最近気になっているイングランドのBASSビール(ペールエール)が置かれているのを見つけ、つい1本頼んでしまった。これも仕事がらみといえば仕事がらみなのだ、言い訳だけど^^;

 初めて寄せてもらったけれど、こじんまりとした、なかなかいい雰囲気のお店だよな~。コーヒー1杯250円だし。ザディコやケイジャンのレコードもいっぱい並んでいるし(売り物だそうな)。

 そんなこんなで、今日もたいへんハッピー。世は並べてこともなし???

2013年4月27日 (土)

植物園の休日

 連休中は草むしりと庭木の剪定……のつもりでいたのだが、ふと気が向いて小石川植物園に出かけてみる気になった。

 その前にインド料理店に寄って腹ごしらえ。各種カレーにタンドリチキン、ご飯とナンとラッシー、ついでに生ビールも1杯。なんだかんだでちょっと食べ過ぎる^^;

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 植物園の入り口付近。事前の予測どおり、そんなに混んでいなかったのでよかった。

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 藤の季節はそろそろ終わり。それでもまだ花のきれいな品種もあった。

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 いたるところにうっそうとした森が広がっているのが、小石川植物園のいいところ。

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 日本庭園の背景はほとんど山のよう。

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 こちらはメタセコイアの林。

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 大型のギボウシの群落。まわりには小型のギボウシも。どちらも斑の入らない青色の品種だった。

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 トキワマンサクがこんな大木になるなんて知らなかった! 成長するとしだれ桜みたいな樹形になることも。左下にいる人と比べると、その大きさがよくわかる。これで赤花の品種だったら、さらにインパクトがありそう。

2013年4月26日 (金)

ミスター・ナショナル・ギターの思い出

 また1人、インタビューでお世話になったミュージシャンが亡くなってしまった。ナショナル・ギターの研究家・収集家としても知られていた、ボブ・ブロズマンさんだ。

 つい先日、日本公演があったばかりだったので、あまりに突然の知らせに我が目を疑った。正直かなりのショックだ。曙橋のステージを予約しようとしたら早々のソールドアウトとかで、またの機会もあるだろうと思ってあきらめた経緯があっただけになおさらだ。こんなことになるんだったら、無理にでもおしかけて、ご挨拶だけでもしておけばよかった。

 ブロズマンさんの取材をしたのはその前の日本ツアーのときだったから、2009年のことになる。演奏を聴いてかなり変人っぽい印象を持っていたし、ライブのMCもかなりシニカルな感じだったしで、ちゃんとコミュニケートできるのだろうかと危惧していたのだが、実際にお会いしてみたら、とってもフレンドリーな人で、パフォーマンスをまじえながらのトークもたいへん面白く、驚くほど楽しい取材になったのだった。なぜか奇妙に波長が合う気もして、「この人となら友だちになれるかも」なんてことまで思ったもんだ。

 インタビューの終わりに、持参したブロズマンさんの大著「THE HISTORY & ARTISTY OF NATIONAL RESONATOR INSTRUMENTS」にサインもいただいた。左手でカタカナまじりのサインを書いてくれた様子を、いまでも覚えている。この人も左利きの右弾きギタリストだったんだ!

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 終演後にあらためてご挨拶に行き、自分の本を見せて「ここにあなたのことも載ってますよ」なんて、普段の私からは考えられないくらい大胆な行為に及んでしまったのは、きっと昼間の取材の余韻のせいだったんだろうな。まあ、結局、友だちにはなれなかったわけだけど……。

 開いたページの反対側にオスカー・アルマンの写真を見つけたブロズマンさんが、オスカー・アルマンについて熱く語りだしたのもうれしかったよ。「彼はジャンゴ・ラインハルトに匹敵する偉大なギタリストだ」とまとめたあとで、「でももっとファニーだけどね」と付け加えたときの表情がまた素敵だった。

 そういえば、「この本、くれるの?」と聴かれたりもしたんだっけ。そんな恐れ多いこと夢にも思っていなかったから(日本語の本だし……)、赤字の書き込みがいっぱい入った訂正用の本しか持って行ってなかったので、あわてて首をふるしかなかったのだけれど。……失敗しちゃったなぁ。できることなら、今度出る続編もお見せしたかった。

2013年4月22日 (月)

タンデム、曹操、そして地理のお勉強

 日曜の朝に見た長い夢。

 児童養護施設のようなところで暮らしている。そろそろ大学に行く時間だ。50人乗りくらいのタンデム自転車のシートにすわる。自分が一番の年長らしく、周りは小学生ばかりだ。ワイワイガヤガヤやっていて、なかなか出発できない。まだ乗っていない子を1人1人自転車のシートに座らせる。

 やっと全員が乗り込んで、50人乗り自転車は走りだした。ムカデのようになりながら、ペダルをこいで道路を直進。しばらく進むと、向こうから「蒼天航路」風の曹操がやってきた。配下の武将を2人ほどしたがえて、やはり自転車に乗っている(こちらは1人乗り。パラグライダーのような大きな幟には、「曹」の一字が書いてある)。「遅いから迎えに来たぞ」さわやかな、しかし有無を言わせぬ口調で語りかけてくる曹操。恐縮しつつ曹操たちの後について大学へ。

 すると今度は女の人が道をふさぐ。養護施設の先輩で、心を病んでいなくなっていた人だ。見た目はずいぶん年上に見える。自分が養護施設を出た理由を語りだした。「みんなのデリカシーがないのにがまんできなかった」というようなことを言う。「『きれいな女』みたいな言い方が許せない」。反発する男がいて、もめそうになったので、「いろいろな考えの人がいていいんじゃないかな」てなことをごちょごちょ言って丸く治めようとする。

 大学に着くと、もう講義が始まっている。自分の教室を探してうろちょろ。屋上に上がって歩いていくと、オーケストラの演奏に出くわした。よく聴くと、朝鮮語で指導をしているようだ。あれ? 間違ったところに来ちゃったみたいだな。あわてて引き返す。どうやらこちらの大学はうちの大学と連絡橋でつながっているらしい。

 連絡橋を戻ると、大学の中庭に下りる階段が見つかった。そこを降りていくと、大学に行く途中で会った男がビラを配っている。話を聞くと、ベネズエラにかかわる仕事をしなければならないのだという。「ベネズエラがどこだかわからない」と言うので、指で空中に地図を書いて説明する。左側が丸く突き出した南米の地図を描き、左肩のところを指して「このあたり」と示した。「南米の地図はそんな形ではないだろ?」と文句をつける男。そばにいた男もその意見に同調する。困ったヤツらだ。ここはアメリカ大陸全体を描いてわかってもらおう。「北米はこうなっていて、ここが中米」と描き進めたところで、さっき描いたのが南米ではなくてアフリカの地図だったことに気づいた。あ、いけね! 今度は右側のとがった地図を書き、左端の長いのがチリ、下のほうにアルゼンチンがあって、大きく場所をとってるのがブラジル、残ったこのあたりにベネズエラがある--と説明して納得してもらった。

2013年4月21日 (日)

もう一つのチーフテンズ

 WINDS CAFE 196「もう一つのチーフテンズ」。西荻窪・トリア・ギャラリーで、おおしまゆたかさんと川村恭子さんの講演を聴く。「アイルランドの至宝」チーフテンズの昔の曲を聴きながら、お2人のトークを楽しむというイベントだ。

 ここだけの話、初期のチーフテンズはあまりちゃんと聴いていなかったのだが、今回のお話で、いろいろと新たな発見があって、あらためて聴き返してみる気になった。クラシック音楽の方法論をアイリッシュ・トラッドに持ち込んだという視点で聴き直すと、たしかに面白い。ペニー・ウィッスルのデュオ・アルバムも探してみよう。

 おおしまさんがお元気そうなのはなによりとして、川村さんもしばらく入院していたという話はびっくり。身体だけは大事にせんと……。

2013年4月20日 (土)

家のまわり

 花の咲いたモッコウバラの様子を下から撮ってみた。西日よけのつもりで誘引したのだが、こうなればなったで、剪定の心配が……。

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 ギボウシもニョキニョキと姿を見せはじめた。これは品種名を忘れちゃったな。何ていったっけ?

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 こちらのギボウシはサガエ(寒河江)。出てきたばかりで、まだ緑と黄色のコントラストがはっきりしていない。ちなみに周りのトゲトゲは野良ネコよけ^^; これがないと、根元から折られてまいますねん!

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2013年4月18日 (木)

アルバム300枚をチェック(モッコウバラの季節)

 単行本の行数調整、やっと終了。なんだかんだで1週間近くかかった^^;

 アルバムごとの曲目とパーソネルのデータが予定のスペースに入りきらないため、やむを得ず一部を削ることにしたのだが、ものが100枚分あるとこれだけの作業でもなかなかたいへんだ。ついでに関連アルバムのデータ・チェックもやろうとしたら、結局300枚のCDとLPをあらためて引っ張り出すはめになってしまった。

 「アメリカン・ルーツ・ミュージック」(音楽之友社)という本を書いていた頃から、そのディスクガイド版を出そうという構想はあったのだ。刊行後に「ディスクガイドがほしい」というご意見もいくつかちょうだいした。できればもっと早く実現させたかったのだが、私の力不足で今日まで来てしまった。その間に鬼籍に入ってしまったミュージシャンも多い。アール・スクラッグス、ドック・ワトソン、アーティ・トラウム、ゲートマウス・ブラウン、レス・ポール……。時の流れは非情なものだ。

 ……いや、やっとここまでたどり着いたのだから、神妙な話をしている場合ではない。さきほどもアシュラさんの描いた表紙のカバーのラフを見せていただいた。おぉ、かっこいいではないか! これなら中身はともかく、外見のほうはばっちりだな。ふっふっふ。

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 写真は本文とは関係なく、我が家のモッコウバラ。3階のベランダはもうずいぶん咲き出した。

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 下を見下ろすとこんな感じ。けっこうすごいことになってるな……。

2013年4月13日 (土)

花よりジャグ……とはいかんのだ^^;

 結成50周年記念の再結成日本ツアーだそうである。ひえ~。

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 昨夜は、日本橋三井ホールに、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのリユニオン・コンサートを見に行ってきた。正直、どんな音を聴かせてくれるのか、開演までは不安な気持ちもあったのだが(だって50年経ったら、20歳の若者も70歳になっちゃうんだぜ)、あっと驚く現役バリバリのパフォーマンスだった。とくにフロントの3人、ジム・クエスキン、ジェフ・マルダー、マリア・マルダーの元気なことといったら……。リチャード・グリーンのフィドルも、いままで見た中で一番良かったかも。いい具合に力の抜けた暖かい音使いのように感じた。

 終演後、我が師匠の仁さん、夢弦堂店主さん、ギタリストの奥沢明雄さんたちと合流、東京駅近くの飲み屋で一杯引っ掛けてから帰宅。

 一夜明けた今日は、横浜ジャグフェスの日。連日のジャグ三昧となれば最高だったのだが、その前にうちの庭をどうにかしてやらなければ、にっちもさっちもいかん^^; 結局ジャグフェスはパスして、終日土いじり。

 まずは、スペアミントとワイルドストロベリーに占拠されている一画を整理して、ここに先日買ったクレマチスを地植えするスペースを確保しなければならない。ここ1週間くらいの間に、クレマチスのつるがぐんぐん延びて、油断していると寝てる隙に首を絞められかねない状況になっていたのだ^^;

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 作業前はこんな感じ。我が物顔に茂った株を引き抜き、オベリスクを撤去して、スコップで整地。適当に土を耕してからオベリスクを戻し、クレマチスを移植する。気をつけたつもりだったのに、長く伸びたつるを傷つけてしまった。やっぱり1週間早く植えつけるべきだったな……。

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 なにはともあれ、結果はご覧のとおり。スペアミントとワイルドストロベリーがなくなって、ずいぶんすっきりした。クレマチスの根は直射日光を嫌うそうなので、地表に小石を並べて日よけにしてみた。

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 ワイルドストロベリーを整理したら、隣のアスパラガスがずいぶん伸びているのに気づいた。かなり太くて長い^^ さっそく今日のうちに収穫……と。

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 続いて低木の剪定。適当なところで全体の様子をチェックする。右手のコーナーは少し整理しちゃったほうがいいかもな。

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 今年もトキワマンサクが満開。冬の剪定がうまくいったみたいで、いい感じに花がまとまっている……と自画自賛^^; ソメイヨシノの開花がずいぶん早かったのに比べ、ほぼ同じ時期に咲くはずのトキワマンサクは、ほぼ例年並か。

2013年4月11日 (木)

骸骨さんとの接近遭遇

 家の近くをぶらぶら歩いていたら、中学校の理科室にでも置いてありそうな等身大のヒトの骨格模型(こんなヤツ)に出くわしてしまった。粗大ゴミのシールが貼られて、フツーに玄関脇に置いてあったんだけど、いったいどういういきさつやら? あんまり一般家庭にあるもんじゃないよね、骨格模型。

 ちょっぴりもったいないような気もしたのだけれど、かといって持って帰るのもなんだかね~。いっそ「ご自由にお持ちください」とでも書いといてくれればよかったのに。いや、家に飾ってもしょうがないとは思うんだけどさ。なんか使い途ないかな~……。

2013年4月 8日 (月)

だいぶ形が見えてきた?

 ふたたび新宿で単行本の打ち合わせ。本日はカトゥーニスト/イラストレーターのアシュラさんを交えて、表紙のデザインについてのディスカッションをした。

 正直、私はいなくてもいいような状況ではあったのだが、アシュラさんに表紙を描いてくださるようお願いした当事者でもあり、とりあえずご挨拶だけでもしておかねばということで。それに、編集の鈴木茂さん(あの有名なギタリストではないよ)とアシュラさんは初対面だったので、及ばずながら橋渡し役みたいなことができればとも考えて(意外と気配りの人なのだ^^;)。

 これが功を奏したかどうかはよくわからないものの、無事にイラストの発注までこぎつけたのは何より。おかげでだいぶ本の形が見えてきたような気がする。

 思えば、暇を見つけてぼちぼちと原稿を書き続け、書き上がってからもいろいろあって、一時はほんとに出せるのかと半信半疑だっただけに、やっとここまでたどり着いたかと思うと、ほろほろ涙がちょちょぎれる……なんちって。とはいえ、出版までにはまだ一山、二山あるから、気合を入れていかねば!

 それはいいとして、打ち合わせの際にアシュラさんの作品をいただいてしまった。さすがに原画ではないけれど。--ということは、7日間に三度の打ち合わせで、全部お土産をもらっちゃったことになるな。にもかかわらず、私のほうからは何もなし。まあ、差し上げるものもないから、しゃ~ないか……^^;

2013年4月 6日 (土)

怒涛の打ち合わせ週間第2弾

 不思議とスケジュールというのは集中するもので、ここ1週間で書籍がらみの打ち合わせが3本重なってしまった。めったに仕事をしない(?)私にとっては、これは驚異的なペースと言っていい^^;

 --というわけで、今日は池袋の喫茶店で、女性編集者とのミーティング。いわゆるひとつのデートである(違うだろ!)。まだ企画を煮詰める以前の段階なので、ネタを持ち寄って、あ~でもないこ~でもないとアイデア出しをする。いろいろと貴重なアドバイスをいただいた。まだ海のものとも山のものとも知れないものの、感触は悪くない。資料となる本まで頂戴して、まことにありがたや。

 結局、2時間ほど話し込む。嵐になる前になんとか帰宅。さて、早々に構成案を練らねば。

2013年4月 5日 (金)

上から見てもハナミズキ

 強剪定をした去年は、ほとんど花が咲かなかったけれど、今年は少し復活してきた。

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 アメリカハナミズキ。東京市から寄贈したソメイヨシノのお返しにと、1915年にワシントンから贈られてきた木だそうな。要するに、お中元のやりとりみたいなことが、100年前に行なわれていたわけだ。「つまらないものですが……」なんて言ったかどうかは知らん。

 困ったことに、日の当たらない枝には花が咲かないらしく、日陰の多い我が家の庭では、下から見上げた様子はいまいち。そこで2階から俯瞰してみると……。

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 ここからの眺めは悪くない。カラスだったら終日楽しめるんだろうけどねぇ……。 上から見ても下から見ても美しい桜は、やっぱりすごい?

2013年4月 2日 (火)

単行本の打ち合わせ

 新宿で編集者と打ち合わせ。表紙の絵柄をどうするか、表記法や略語の確認など、なんだかんだで1時間半ほどかかった。

 出かける直前まで、蛇口をひねった水道のごとく鼻水がノンストップで出続けていたのに、打ち合わせの間は奇跡的に止まっていて鼻をかむこともなし。気力で鼻水が止まるのかどうかしらんが、ともあれ助かったよ。

 雨足が強くならないうちに帰宅……と思ったものの、ちょっと寄り道して、花屋さんでクレマチスモンタナの株を購入。以前に冬越しをさせられなくて枯らしてしまったのだよね……。今度は冬の間もちゃんとメンテナンスをしないと。

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 そういえば、打ち合わせのお土産(?)に出版物を何冊かいただいたのだ。読みたかった本ばかりなのでうれしいな。

2013年4月 1日 (月)

シャンセリゼでバンジョーを

 今日ではあまり知られていない事実だが、かのフランスでもかつてバンジョーが注目された時期があった。

 まずは19世紀半ば頃からのミンストレル・ブーム。はるばる大西洋を渡ってやってきたアメリカのミンストレル芸人たちが、パリのミュージック・ホールにも出演し、おおいに人気を博した。もちろん彼らが携えてきたバンジョーは、ネックの途中によけいなペグの突き出た5弦バンジョーだった。

 余談ながら、印象派の作曲家、クロード・ドビュッシーも、このミュージック・ホールのショウを楽しんでいたそうな。一番のお気に入りは、イギリスから来た白人道化師とキューバ生まれの黒人のコンビ、フッティ(Footit)&ショコラ(Chocolat)。やはり2人ともバンジョー奏者だった。彼らもおそらくミンストレル・スタイルの演奏や踊りを披露していたのだろう。

 こうしたミュージック・ホール体験の影響か、ドビュッシーはミンストレル・ショウ起源と言われるケークウォークの曲をいくつか書いている。中でも有名なのは、組曲『子供の領分』の「ゴリウォーグのケークウォーク」だろう。そのものズバリ「ミンストレルズ」というタイトルの曲もある。

 話を戻して。フランスの第2次バンジョー・ブームは、ジャズ・エイジと呼ばれる1920年代から30年代にかけて訪れた。こちらの主役は、4弦のテナー・バンジョーと8弦のマンドリン・バンジョー。さらに6弦のギター・バンジョーも使われたとか。

 この時期には、フランス製のバンジョーもたくさん作られたようだ。米英製のバンジョーとはひと味違った粋なデザインには、独特の魅力がある。とくにマンドリン・バンジョーは、フランスで独自の発展を遂げたようだ。アコーディオンの伴奏楽器として、ミュゼットで使われるようになったのが大きかったと思われる。

 さて、こうしたブームも過去のものとなって久しい1975年。フランスのレーベルから、突如、興味深いアルバムが発売された。『BANJO PARIS SESSION』(CEZEMA 1975)。ビル・キースとジム・ルーニーという2人のアメリカ人ミュージシャンがパリに渡り、地元のブルーグラス系プレイヤーたちとセッションしたアルバムである。ミンストレル・ショウともジャズやミュゼットとも直接関係のない新たな試みだった。

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 一聴しての印象は、ニューグラス風あり、グリスマンのオーパスなんとか風あり、エリアコード風のエレクトリック・サウンドあり、ブルーグラス・アライアンス風の脱力系コーラスあり……という感じ。正直、はっとさせられるような演奏はあまりない。肝心のバンジョーも、ビル・キースと他のプレイヤーとの力量差が目立ってしまうのが気になるものの、それでも関係者の熱意は充分に伝わってくる。

 ハイライトは、フェリックス・アーントのピアノ曲をバンジョー・ピースにアレンジした「Nola」あたり。この演奏は、やはりビル・キースだろう。キース・チューナーを多用した十八番の「蛍の光」も、最後にさわりだけ登場する。若き日のピエール・ベンスーザンがマンドリンで参加している(リード・ギターも?)のも、ファンには見逃せないかもしれない。

 ところで、このセッションのキーマンだったビル・キースが、ジム・クエスキン・ジャグ・バンドのリユニオン・ツアーで、久々に来日するという。これに合わせて、JAPAN BANJO SESSIONなるイベントも開催されるそうだ。これって、BANJO PARIS SESSIONを意識したタイトルじゃないのかな?

  http://www.officek.jp/idaten/ybf/

 日本を代表する(--というか、世界的にもトップクラスの)バンジョー奏者、有田純弘さん、原さとしさんを筆頭に、歴代バンジョープレイヤーコンテストの優勝者を交えての一大セッション。これはきっとすごいことになりそうな予感。

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