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2013年3月 8日 (金)

マロ・カワバタさんのこと

 シカゴやナッシュビルを拠点に活躍していたギタリストのマロ・カワバタさんが亡くなったという。今年も5月に日本ツアーがあると、ご本人から告知があったばかりだっただけに、あまりに突然の話で、正直戸惑っている。どのような死も悲しいのは当然ながら、インタビューをしたことのあるミュージシャンの訃報となると、やはり特別だ。

 1962年京都生まれ。本名は川端光麿。「みやびなお名前ですね」と素朴な感想を伝えたときに、「名前負けでございます」と謙遜されていた表情が忘れられない。細い柔和な目の笑顔が印情的だった。

 インタビューは、2008年の日本ツアーの際に実現した。ロンサム・リバー・バンドのサミー・シーラー、アンディ・ボールのお2人にマンドリンの秋元慎さんを加えた、4人編成のバンドのツアーのときだ。マロさんは、メンバーのサミーさんやアンディさんの通訳も快くよく引き受けてくださった。サミーさんがブリストル・セッションで有名なシーラー・ファミリーの末裔であること、ロンサム・リバー・バンドがバージニアを拠点としてバージニアの伝統音楽をベースに活躍している意義など、要所を押さえたフォローをしてくださったのも、たいへんありがたかった。それと、近年の日本ではめったに聞けなくなった美しい日本語を話していらっしゃったのも、いまとなっては感慨深い。

 インタビューのスケジュールが直前までなかなか決まらず、当日の朝10時に「大崎のホテルで11時からインタビュー」という電話が入り、あわてて着替えて駅までダッシュしたことを思い出す。取材道具は前日のうちに揃えておいてあったので、なんとか事なきを得たけれど、あのときはずいぶんあせったな。インタビューのあとでホテルの庭で写真撮影。そのままマロさんたちは帰国のために空港に向かったはず。思えばずいぶん綱渡りの取材だったのだ。

Maro

 これがそのときの写真。マロさんを中央に、左がサミーさん。右がアンディさん(アコースティック・ギター・ブック27より)。

 ブルーグラス・ミュージックを広めるために、自ら架け橋となって日米の交流を図ったマロさんの功績は大きかったと思う。まだまだお元気で活躍していただきたかった。あまりうまくまとめられなかったけれど、その節はたいへんお世話になりましたとお礼を述べて、追悼の言葉に代えさせていただく。合掌。

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コメント

ご存知の方 と言うだけでなく
直接 言葉を交わされた方だったのなら なおのこと
心にずん、と来るものがあるのでは・・・と思います。
  
まだ お若いですのに 残念なことですね。
ご冥福を お祈り申し上げます。

>花mameさん

もっとお話をうかがっておけばよかったな
と思う方がどんどん増えていきます。
一期一会ってこういうことを言うのかな……なんて。

正直、私はドライな人間でして、
人付き合いも苦手なんですけど(アスペっぽいというか^^;)、
もっと積極的に人と接しようと思う今日この頃。

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