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2013年3月

2013年3月28日 (木)

すべて裏目に

 明け方に見た夢。

 夕方のオフィス。みんなが帰り支度をしている。私も置きっぱなしにしていたギターを持って帰ろう。入り口のところに並んでいるケースを開けて、中身を確認しはじめる。

Urame

 そこに男女2人のミュージシャンがやってきた。じゃまにならないように立ち上がってスペースをあけたつもりだったのだが、精悍な雰囲気のギタリストは、「お前、わざとそっちによけただろ? そっちに行かれると通りにくいんだよ」なんてことを言う。え~! そうかなぁ……? 元の位置に戻って通ってもらう。

 そのうしろにいたのはシンガーソングライターのMさん。「Robinさんはまだ帰らないの?」と聴いてくる。「いや、もう帰ろうかと思ってたところです」と応えると、見る間に表情がくもりだした。「じゃあ、なんでそう言ってくれないの?」少し涙ぐんでもいるみたいだ。え? え?@@;

 これは早く支度をしたほうがよさそうだ。ギターは2本いっしょに持って帰るつもりでいたのだが、かさばらない軽めのアコギ1本(1番高いヤツ)に絞る。それを持って階下へ降りていくと、もうガランとしていた。管理人のおばさんが子どもの世話をしているだけだ。おばさんは「みなさんいつものところで待ってるそうですよ」と言う。「いつものところ」なんて言われても、普段からつきあいの悪い私には全然見当がつかない。さてどうしたものか……。

2013年3月27日 (水)

通院日記(11)

 ちょうど1ヵ月ぶりの歯科病院。予約時間は、私にとっては早朝の9時半。なんとかギリギリでたどり着く^^; あ~しんど~。

 若干炎症が見られるということで、歯茎の検査は次回に持ち越し。全体の歯石を軽くとってもらっただけで終了。要するに丁寧な歯磨きみたいなもんだが、請求額はけっこういい値段^^; 歯磨きには保険がきかないのかしらね? よくわからんけど。

 そんなこんなで、午前10時半にはご赦免となる。この時間だと、まだ楽器店は開いてない……。お利巧さんに寄り道せずに帰った。

 次回は4月24日(水)午後4時から。この時間だとラクだな~^^;

2013年3月24日 (日)

サクラサク

 暖かくなったと思ったら、いきなり桜が咲き出して、なんとなくあわただしい気分。

 昨日は地元の飛鳥山まで行ってきた。花見客でごった返している飛鳥山公演は華麗にスルーして^^; 比較的空いている音無親水公園へ。

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 陸橋の下をくぐって石神井川沿いに自宅まで歩く。

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 ちなみに、お昼はとんかつ和幸でエビフライとヒレカツのセット。生ビールも飲んだよと。

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 閑話休題。 「花は咲く」という「復興支援ソング」がNHKでしばらく流れていたけれど、あの曲を書いた菅野よう子さんは、アイリッシュ・トラッドを意識されていたんじゃないのかな?

 このリフレインを聴いて、まず浮かんだのはこの曲。

 こちらもオールスター・キャストって感じですにゃ。個人的には、ボーカルがマレードさんじゃなければもっとよかった気が……^^; ギターを弾いてるのはニューヨーカーのラス・バレンバーグさんだと思う。この人はアイリッシュやスコティッシュ系ではないはずだけど、BBCのケルティック・コネクションには欠かせない人物の1人。

 せっかくなので、ヴァン・モリソン&チーフテンズのバージョンも。こちらはアイリッシュ・ファン以外の方にもお奨め。

2013年3月22日 (金)

横浜で練習再開

 昨日は久々に横浜のスタジオでバンドのリハーサル……っていうか、今年になって初じゃないか! な~にやってんだか……。案の定、古い曲はみんなボロボロだった。普段の練習が大切と、猛省する。

 なにはともあれ、新曲の仕込みをぼちぼちと。今回はオリジナル曲ではなくて、伝統曲をいくつか取り上げてみた。それと、ジーン・クラークさんのカバーも1曲。ま、いろいろ思うところありまして。

 ギターのケーブルを忘れて、スタジオで借りたのも反省点^^; いつものエレアコじゃなくて、最近良く弾いているギブソンのフルアコを持って行ったのだが、前よりも少し鳴ってきたような気が。思いのほか生音も出るみたい。ES-350にしては、ボディが単板に見えるし、トップの板もスプルースだし、よくわからんギターだよな~、こいつは。

 リハ後の「反省会」は、地上25階で横浜の夜景をながめながら。--とはいえ、やっぱり居酒屋で。ホタテのバター焼き、マグロのメンチカツ、イカのルイベ、タラバガニの雑炊ほかを注文。生ビールはプレミアムモルツだったみたい。どれもなかなか美味だった^^ 満腹&酩酊状態で帰宅。

2013年3月21日 (木)

勝手に張り紙

 明け方に見た夢。

 小学生くらいの女の子が塀の前に立って、何かをしている。気になって近づいてみると、塀に開いた穴に指をつっこんで、中にあるものをはじくりだそうとしているようだ。面白そうなので私もやらせてもらう。指で塀の穴を広げると、中から寸詰まりのミミズのような、赤くて丸っこい虫が跳び出してきた。

 女の子は合唱団に参加しているらしい。合唱団の世話役のおばさんがたずねてきて、女の子のお母さんと話し出す。お母さんは合唱団とあまり関わりたくない。話し合いは長いこと続いたが、なんとか世話役のおばさんは引き上げた。これで一安心と思うお母さん。しばらくして、おそるおそる外に出てみると、家の表札の上に張り紙がされている。そこには大きな文字で「なんとか合唱団○○支部」と書かれているではないか!

2013年3月20日 (水)

短命に終わったオリジナル・ファイヤーバード

 1950年代末のギブソンは、これまでの保守的なイメージを一新するかのような、ラディカルなデザインの変形ギターを次々と発表した。その代表的なモデルが、エクスプローラーとフライングVだ。

 63年に発表されたファイヤーバードは、こうした変形ギターの第2世代に当たるモデルで、エクスプローラーのアイデアを発展させたような、より革新的なデザインを持っていた。

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 中でも特筆すべきは、当時としては斬新なスルー・ネック構造を採用していたこと。ネックからボディまでを1本の材(ただし単板ではない)で作成し、ボディの両サイドにウィングを接着してあった。また、バンジョー・ペグを1列に並べたヘッドのデザイン(フェンダーのペグ配列を左右逆転させたようなデザイン)もユニークだった。

 ミニ・ハンバッキング・マイクをマウントしたそのサウンドは、フェンダーを思わせるような固めのトーンで、従来のギブソンのイメージとはかなり異なっている。おそらく、デザイン、サウンド両面ともに、フェンダーを強く意識した製品だったのだろう。

 ファイヤーバードは、I、III、V、VIIの4つのモデルが作られた。Iは1ピックアップ仕様。IIIとVは2ピックアップ仕様だが、Vのほうが装飾のグレードが高い。VIIは3ピックアップの最上位モデルだった。

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 1964年製のファイヤーバードIII。ボディと一体となったスルーネックは、マホガニーとウォルナットの9プライ。ボディ部は、両サイドのウィングよりも厚みがあるデザインになっている。スルーネックの弱点と言うべきか、経年変化で若干ボディの変形が見られ、音程が合いづらくて苦労した。サウンド的には大当たりで、私が所有していたエレクトリック・ギターの中でも1、2を争うごきげんな音がしたのだけれど……。

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 ピックガードにはファイヤーバードのエンブレム。どことなくスポーツカーを思わせるようなデザインだが、実際に自動車のデザイナーが設計したのだそうな。ネジ留め部分に破損が見られるのは、経年劣化でピックガードが縮んだのが原因だろう。

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 板バネ式のトレモロ・システムが採用されたテールピース。ここにトレモロアームを取り付けてビヨヨ~ンと音程を揺らすことができる(1つ上の写真も参照されたい)。金属製のブリッジに弦長補正のための段差がつけられているのにも注目。

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 独特のリバース配列のペグヘッド。ノブが下向きについたバンジョー・ペグの採用はデザイン的な効果を狙ったものか?

 オリジナル・ファイヤーバードの生産は63年から65年までと、ごく短命に終わっている。65年末にはデザインを一新したノン・リバース・モデルと呼ばれるラインアップに切り替わる。スルーネックもバンジョー・ペグも、こちらのリニューアル・モデルには採用されていない。オリジナル・ファイヤーバードのラディカルなデザインは、少し時代の先を行き過ぎていたのかもしれない。

2013年3月16日 (土)

青山でバンジョーのデモを見る

 NHK文化センター青山教室まで、原さとしさんのバンジョー講座のミニ・コンサートを見に行ってきた。プログラムは、生徒さんをまじえてのデモ演奏で「Foggy Mountain Breakdown」と「Swanee River」。

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 さらに原さんのソロで、幕末の横浜で披露されたミンストレル・ショウの曲から、「Picayune Butler」と「Ladies Won't You Marry?」。ブルーグラス・バンジョーからガット弦を張った古いフレットレス・バンジョーに持ち替えて、当時のスタイルを再現してくれた。

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 短い時間だったけれど、これだけ多くのバンジョー奏者を目にする機会もめったにないことだし、会場のお客さんにはよいデモンストレーションになったのではないかと思う。

 終演後の原さんに無事お会いできて、個人的な用件も片付き、めでたしめでたし。あ、そういえば、NHKのEテレで始まる人形劇「銀河銭湯パンタくん」(音楽担当はマンドリンの竹内信次さん)で、原さんのバンジョーが聴けるそうなので、要チェック!

  http://cgi2.nhk.or.jp/navi/detail/index.cgi?id=13h3620130412

2013年3月13日 (水)

趣味のリストア インレイの再接着編

 暇を見つけて、久々の楽器のリストア。ラップ・スティール・ギターとマンドリンのインレイがはがれていたのを修理した。

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 ラップ・スティールは、リッケンバッカーのB-6。「パンダ」の通称でも知られる白黒デザインの楽器だ。ボディとネックは木製ではなくて、ベークライト製(昔なつかしい黒電話と同じ材質)。おかげでたいへん重たい^^;

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 修理前はこんな感じ。ケースを開けたら、小さなドットのポジションマークがポロンと落ちてきた。直径2~3mmのアジのウロコみたいなシロモノ(?)である。なくさないでよかった~。

 接着にはタイトボンドを使うことにした。はみ出さないように爪楊枝の先に少量つけて、フィンガーボードのくぼみに塗り塗り。慎重にポジションマークを押し込んで、ニュルッと出てきた接着剤をふき取れば一丁上がり。

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 ついでにマンドリンのインレイのはがれも直しておこう。ものは以前にもご紹介したボウルバックのマンドリン。カターニア製のなかなか凝った装飾の楽器である。

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 トップの周りにびっしりと張られたパールのインレイの1枚が、経年劣化ではがれてしまったようだ。元はニカワで接着してあったのかな? こちらもタイトボンドでちゃっちゃとすませる。いつもこんなに簡単だといいのだが……。

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2013年3月11日 (月)

アイルランドのシンガーソングライターのソロライブ

 人生に幾多の悔恨がある中で、その最たるものと言えそうなのが、なぜポール・ブレイディの声を持って生まれてこなかったのかという思いだ。あんなにシブくて、パワフルで、説得力があって、おまけにセクシーな声で歌えたら、きっと違った人生があっただろうにな、なんて夢想してしまう。

 昨夜は吉祥寺のスター・パインズ・カフェまで、そのポール・ブレイディのソロ・コンサートを見に行ってきた。ゲストの山口洋が何曲かでサポートした以外は、たった1人だけの弾き語りパフォーマンス。ローデンのアコースティック・ギターをメインに、ピアノ、ブズーキ、マンドリン、ペニーウィッスルと、さまざまな楽器を駆使して、独自の歌世界を築いていく。

 いまどき珍しく、すべてプラグインなしの生音。それもほとんど1本のマイクでボーカルもギターも拾っているような(両サイドにサブのマイクも置いてあったようだが)非常にシンプルな音響システムだった。かなりのオフマイクにも関わらず、ボーカルのパワーが、ダイレクトにビンビンと伝わってくる。Arthur McBride、Nothing But The Same Old Story、Steel Claw、The Homes Of Donegal、The Lakes Of Pontchertrainといったおなじみのレパートリーたち。とくに山口洋のギターが加わってからの後半のステージは圧巻だった(前半はいささかお疲れ気味だったのか、微妙にノリきれていなかったような……)。

 数年前に渋谷クアトロで見たときは、情けないことに涙がとまらなくなって困ったけれど、今回は泣かないですんだぞと。最後の最後にちょっとだけうるっときたけどね。

 ステージのハイライトと言っていい山口洋さんの日本語の歌も入ったアンコール曲、The Homes Of Donegal。これは去年のステージだと思う。

 こちらの映像はだいぶ以前のパフォーマンス。ドーナル・ラニーさんのブズーキが加わったNothing But The Same Old Story。

 いささか余談めくが、オープニングがジミー・ロジャースを思わせるようなカントリー・ナンバーだったのには意表をつかれた。あまり自信がないけれどハンク・ウイリアムスの曲?

 ギターを2本使い分けていたのは、おそらくチューニングの違いだろう。1本はレギュラー・チューニング? もう1本は……。このあたりの事情はどなたかインタビューしてるのかしら?

2013年3月 8日 (金)

マロ・カワバタさんのこと

 シカゴやナッシュビルを拠点に活躍していたギタリストのマロ・カワバタさんが亡くなったという。今年も5月に日本ツアーがあると、ご本人から告知があったばかりだっただけに、あまりに突然の話で、正直戸惑っている。どのような死も悲しいのは当然ながら、インタビューをしたことのあるミュージシャンの訃報となると、やはり特別だ。

 1962年京都生まれ。本名は川端光麿。「みやびなお名前ですね」と素朴な感想を伝えたときに、「名前負けでございます」と謙遜されていた表情が忘れられない。細い柔和な目の笑顔が印情的だった。

 インタビューは、2008年の日本ツアーの際に実現した。ロンサム・リバー・バンドのサミー・シーラー、アンディ・ボールのお2人にマンドリンの秋元慎さんを加えた、4人編成のバンドのツアーのときだ。マロさんは、メンバーのサミーさんやアンディさんの通訳も快くよく引き受けてくださった。サミーさんがブリストル・セッションで有名なシーラー・ファミリーの末裔であること、ロンサム・リバー・バンドがバージニアを拠点としてバージニアの伝統音楽をベースに活躍している意義など、要所を押さえたフォローをしてくださったのも、たいへんありがたかった。それと、近年の日本ではめったに聞けなくなった美しい日本語を話していらっしゃったのも、いまとなっては感慨深い。

 インタビューのスケジュールが直前までなかなか決まらず、当日の朝10時に「大崎のホテルで11時からインタビュー」という電話が入り、あわてて着替えて駅までダッシュしたことを思い出す。取材道具は前日のうちに揃えておいてあったので、なんとか事なきを得たけれど、あのときはずいぶんあせったな。インタビューのあとでホテルの庭で写真撮影。そのままマロさんたちは帰国のために空港に向かったはず。思えばずいぶん綱渡りの取材だったのだ。

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 これがそのときの写真。マロさんを中央に、左がサミーさん。右がアンディさん(アコースティック・ギター・ブック27より)。

 ブルーグラス・ミュージックを広めるために、自ら架け橋となって日米の交流を図ったマロさんの功績は大きかったと思う。まだまだお元気で活躍していただきたかった。あまりうまくまとめられなかったけれど、その節はたいへんお世話になりましたとお礼を述べて、追悼の言葉に代えさせていただく。合掌。

2013年3月 5日 (火)

ギター・アンプの存在すら忘れかけていた^^;

 先週末から日曜日にかけて、ちょっとした自宅録音をした。珍しくエレクトリック・ギターを使って、オーバードライブのかかったコード・リフを弾こうと思ったのだが、これがなかなか難しかった。

 いろいろ理由はあるとはいえ、やっぱり一番の問題は、普段ギター・アンプを使って弾いてないってことなんだろうな。住宅事情もあって大きな音で鳴らすのははばかられるし、ケーブルをつないだりスイッチを入れたりするのもめんどうだし……^^;(ダメじゃん!)

 以前はギター・アンプも何台かあったけれど、いま手元に残っているのはフェンダー・プリンストン・リバーブのみ。12Wの小出力アンプだが、これでも家で鳴らすときはボリュームを2まで上げられない(念のために書いておくと、最低が「1」最高が「10」。「0」はない)。せっかく持ってるんだからもっと使ってやらんとな~。

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 70年代の銀パネ仕様。音は悪くないみたいなんだけど、そろそろオーバーホールに出さないといかんかも。あ、右脇にちょこっと見えているのは、携帯アンプのピッグノーズ。

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