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2012年10月

2012年10月28日 (日)

フラットピッキング・ギターをたっぷりと

 横浜モアーズで有田純弘バンドのインストアライブ。黒澤楽器のイベント、横浜大楽器祭の特設会場で、マーティン・ギターを大々的にフィーチャーしたコンサートだった。

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 メンバーは、ギター、バンジョーの有田さんのほか、ギター、ボーカルの手塚洋輔さん、ベースの手塚里美さん。後半からマンドリンも加わった。レパートリーは、Stony Creek、Vermont Rag、Black Mountain Rag、Blackberry Blossom、Dixie Hoedownなど、ブルーグラスの定番曲中心。Ashokan Farewellのようなスローのワルツも意外なほど多かった。ジョン・ミゲーンさんのCanyon Moonriseは、以前にマンドリンでゲスト参加したライブでいきなり弾かされて、ずいぶん苦戦した覚えが……。なんかコード進行が変わってるんだよね^^;

 インストアライブだし、すぐ終わるだろうと思っていたら、思いのほか長いコンサートでおなかいっぱい。こんなにフラットピッキング・ギターをまとめて聴いたのも久しぶりだ。終演後、会場の楽器をひととおりチェック。ずいぶん安いな~。ついつい物欲が……。

2012年10月27日 (土)

呪術師は笑う

 10年ほど前に、薬害エイズ訴訟の顛末を見て世の不条理を感じ、もやもやした思いをそのまま歌にした。あまりに救いのない内容だったため、そのまましまいこんであったのだが、久しぶりに引っぱり出してみたら、驚いたことに、3.11以降の日本の状況にそっくりそのまま当てはまるではないか!  あの頃から、いや、水俣、あるいはそれ以前から、日本は何も変わっていないのかもしれない。

 --というわけで、古い音源を新たにマスタリングしなおしてみた。いろいろ手を入れたいところはあったものの、ほとんど以前のまま。アコースティック・ギター(J-45)のパートだけ追加した。(※2013年2月25日リミックス)

 素直に読めば「じゅじゅつし」だが、うまく呂律(ろれつ)が回らなかったので、「まじないし」と歌っている。呪術師の暗喩が何を指しているかは、ご想像におまかせしたい。

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 この歌は、珍しくマンドリンで作曲した。リフのフレーズもマンドリンで考えたし、コード進行もそうだ。ギターで作っていたら、こういう歌にはならなかったと思う。録音のときは、低音がほしかったので、フラットアイアンのオクターブ・マンドリンを弾いた。

2012年10月24日 (水)

シーケンサー・ソフトが死んだ^^;

 我が家のシーケンサー・ソフトといえば、長い間OS9上のPerformer 6.03をメインで使っていた。ずいぶん古いシステムとはいえ、とくに不都合はなかったし、それなりに慣れ親しんでもいたので、ず~っとこのままでいるつもりだったのだが、今日になっていきなり「not authorisedうんぬん」というエラー・メッセージが出て、まったく立ち上がらなくなってしまった。どうやらオーソリゼーション・ファイル(不正使用防止のための許認可ファイル?)がぶっ壊れたらしい^^; まあ、その前にごちょごちょとOSをいじくった私がいけないんだが……。

 さて、どうしよう? ネットで検索してみても、OS X向けの対策しか見つからない。とはいえ、壊れているオーソリゼーション・ファイルをいったん削除して、もう一度インストールをし直せばいいようだというのはわかったので、非表示ファイルの検索でそれらしきファイルを見つけて削除。そして再インストール&再起動。……これで手順は間違っていないはずなのに、なぜか事態はまったく改善されないのだった。

 こうした作業の繰り返しで半日つぶした末に、とうとうPerformer 6.03をあきらめて、OSX用のDigital Performer 4(よく覚えてないが無料でアップデートCDをもらっていたはず)をインストールすることにした。とりあえず立ち上げるところまではこぎつけたけれど、メニューがなんかゴチャゴチャしていてよくわからんな。オーディオ・ファイルをコントロールする機能なんかいらないんだけどな。陸に上がった浦島太郎状態の私は、はたして無事にDP4を使いこなせるようになるのだろうか……。

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2012年10月22日 (月)

テールピース交換の意外な落とし穴

 火曜日にちょっとしたホーム・レコーディングを行なう予定なので、土日はその下準備。リズム・トラックを作り、ガイド・ボーカル(そのままOKテイクになる可能性もあり^^;)を重ねる。シーケンサーで打ち込んだベーシック・トラックにアコースティック・ギター(000-18)を追加し、ドラムスとギター以外のパートをいったん消して、あらためてボーカルをダビング--という回りくどい手順になった。

 時間が余ったので、編集(いくつかキープしたテイクのよいところをつなぎ合わせる)も日曜日のうちに済ませてしまう。1テイクで完璧な演奏ができれば一番いいんだけどねぇ……。

 ついでに懸案だったバンジョーのテールピースの交換作業にも着手。手馴れた作業だし、簡単にすむだろうと思っていたら、これが意外に難物だった。

 まず交換パーツのネジがゴツすぎて、楽器のネジを通す穴に入らない。オリジナルのネジを残そうかとも思っていたので、この段階ではまだ余裕があった。ところがネジだけ交換しようとしたら、ゴツすぎるほうのネジがテールピースから取り外せない! ウソだろ? 角度を変えていろいろ試してみたが、ネジ山がどうしてもひっかかてしまう。まるで知恵の輪のように、もうちょっとで外せそうで外せないところが、にくたらしい。う~。

 --というわけで、ただいまペンディング状態。トラスロッドのネジを緩めれば、ネジを通す穴を広げることはできそうな気もするのだけれど、ここはあんまりいじりたくないしな。さて、どうしよう?

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金属疲労で2つに割れたテールピース。バンジョーの弦を張るための重要なパーツだ。

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汚れて見にくいけれど、「GROVER PATENT Presto」という刻印がある。もしかしてオリジナル・パーツ?

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こちらは新しいテールピース。そして抜けそうで抜けないネジ……。ちなみに旧パーツはマイナス・ネジで、新パーツはプラス・ネジ。

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新旧2つのテールピース。右の新しいもののほうが実は仕上げはよい。旧パーツは4弦用に手作業で弦を通す穴を1つ加えてある。こういうさりげないところから、時代背景がしのばれる。

2012年10月20日 (土)

ミャンマーから来た女

 明け方に見た夢。

 父と母がミャンマーから私の嫁候補を連れて帰ってくる。ちょっと太めのもっさりした女だ。向こうで勝手に見つけてきたらしい。父と母はミャンマーで家を買ったそうで、どうやらそこの管理人夫妻の娘のようだ。そのご夫妻もいっしょに付いてきた。相変わらず安直な親たちだなと嘆きつつも、6人でいっしょに暮らしはじめる。

 数ヵ月ほど暮らしてみたが、女とはどうもうまくいかない。話が全然合わないし、女性としての魅力も感じない……。とうとう別れることに。帰国する女は、やけに元気そうだ。笑顔で両手を振りながら飛行機に乗り込む女を見ていたら、なんだかむかついてきた。

2012年10月19日 (金)

女難の相……ではなかったみたい

 歯茎の腫れがなかなか治まらないので、歯科病院に電話をかけてイレギュラーで診てもらうことにした。

 いつものイケメン先生はいらっしゃらないそうなので、日直の先生に代診していただく。これが若い女の先生で。若い女性の歯科医というと、実はイヤな思い出があるのだが(このブログではない昔の日記に書いた覚えが……)、まさか2回続けてあんな目に会うこともあるまいよ。

 --なんて思う間もなく、いきなり麻酔をうたれて、ガリガリと歯石を削られる。薬をもらうだけのつもりでいたのに、やっぱりこうなるのか~。とほほほほ。とはいえ以前の女医さんとは違って、手際はたいへんよかったような。

 30分弱で施術は終了。化膿止めの薬と痛み止めの薬をもらって帰る(もちろん途中で楽器店をチェック。今日は中古楽器店を中心に)。やれやれ。今夜は痛み止めを飲んで寝よう。

2012年10月17日 (水)

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 歯茎の腫れがなかなかひかない。体調がモロに影響している感じ。憂鬱な気分だ。

 昨日は自宅の固定電話の件で、NTTに連絡をした。ず~っと話し中状態で、電話をかけることも受けることもできなくなったもので。気がついたのは一昨日だが、めったに電話は使わないから、いつからそうなっていたかはよくわからない。

 携帯電話を持っていないため、外へ出て公衆電話からかけなければならない。めんどくせ~な。ざっと状況を説明すると、担当者を検査に向かわせると言う。「それはいつ頃?」「午後1時から3時の間くらいに」

 そんなに早く来るとは思っていなかったので、あわててジャマな荷物を片付け、掃除機をかける。PCを2台移動させたら、やっと電話の差込口(モジュラージャック)が見えるようになった。

 NTTの担当者は1時半頃やってきた。検査の結果、NTTのケーブルの側に問題があることがわかり、無償修理となる。ほっ。実は、ルーターがいかれたのではと思い、ネットで買い替えを検討していたところだったのだ。早まって注文しなくてよかったよ。

 3時頃ケーブルの交換が完了。無事電話回線が復旧した。それはそれでいいとして、朝からバタバタしていたら、また歯茎が腫れだしたみたいで……。

2012年10月14日 (日)

平安朝のサロン・ミュージック?

 ここのところなぜか邦楽づいている。昨日は東洋大学伝統文化講座「源氏物語 楽器尽くし」を聴講してきた。

 その日記を読むと、紫式部はさまざまな楽器を所有し演奏していたことがわかる。「源氏物語」の中にも楽器の登場する場面は多い。そこで「源氏物語」に出てくる楽器について解説し、実際の演奏を聴かせようという意図の下に開催されたのが、今回のイベントだ。

 それはいいとして、講座の冒頭で写真撮影は禁止だと告げられた。え! 楽器の写真を撮りたかったのに。ぶ~ぶ~。しょうがないから、代わりに会場の前に立っていた井上円了先生の銅像の写真を。この方は東洋大の創始者としてよりも、妖怪博士としての業績のほうが興味あるんだけどね。そのうち本格的に調べてみたいもんだ。

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 源氏物語に出てくるほとんどの楽器は、上流の貴族たちが自分たちでセッションをして楽しむために用いていたものらしい。以下、出てきた順番に整理していく。基本的に講師の石田百合子先生(専門は古典文学との由)のお話+私の感想。裏取りはおいおいゆっくりと。

<筝(そう)>
 いわゆるひとつのスタンダードな琴。紫式部の時代には誰でも弾くようなポピュラーな楽器だった。とくに女性のたしなみという印象あり。メロディを弾く楽器かと思っていたが、実演ではアルペジオ(分散和音)風の伴奏楽器として使っていたような。左手のベンド(チョーキング)のない右手のみの演奏のようにも見えた。当時はまだベンドを使わなかったのか? それともたまたまか?

<横笛>
 主に竜笛(りゅうてき)。より径が細く音域の高い高麗笛(こまぶえ)の実演もあった。笛は男のための楽器。平安貴族の女性は笛を吹かず、歌も歌わなかった。人前で口元を見せるのがはしたないと思われていたからだろう--との解説。そんなわけで、笛と筝の合奏は、男女の絡みを描くのに適したシチュエーションということになる。実演場面は「源氏物語」紅葉賀の巻より、源氏、若紫に筝を教えるの段。

<琵琶(びわ)>
 琵琶は筝よりも難しい楽器という認識で、演奏者は限られていた。「源氏物語」では明石の上が琵琶の名手。左手で弦を押さえて、しゃもじのような大きなバチでポロロンと弾き下ろす。ギターでゆっくりコード・ストロークする感じに近い。正直、傍目にはそれほど難しそうでもないが……。実演場面は「源氏物語」橋姫の巻より、宇治の八の宮、姫君たちに筝、琵琶を教えるの段。笛の旋律を宇治の八の宮が口で伝えるのが面白かった。これを唱歌(しょうが)というそうな。時代的には後先逆になるが、口三味線のようなもの。スコットランドやアイルランドのマウス・ミュージックにも近いか。

<和琴(わごん)>
 日本古来の琴。6弦。現代の雅楽では使われないが、紫式部の時代には、サロンのセッション(管絃の遊び)における重要な楽器の1つだった。他の楽器とは異なり、アンサンブルの中で、カウンター・パートを即興で挿入したりする。紫式部は、この楽譜にとらわれずアドリブで弾いていい楽器であるところを好んでいた。「源氏物語」では、源氏のライバル頭中将(とうのちゅうじょう)が和琴の名手。光源氏が七絃琴の名手であるのと対比的に描かれていて興味深い。実演場面は、「源氏物語」若菜上の巻より、源氏邸の遊びの段。そして、和琴の弾き語りによる「青柳」。こちらは「古代歌謡集」を元に復元(要するに昔風に作曲)した歌で、元の楽譜は残っていないそうな。

<笙(しょう)>
 17本の竹を束ねた笛。吹吸同音。サウンドはハーモニカに近い。指で穴を押さえて、鳴る音を調節するようだ。17管ということは、両手の指の数からして、すべての音を止めることはできないはず。常に和音が鳴り続けているあたりは、バグパイプのサウンドにも近いか。源氏物語では、子どもが吹く楽器として描かれている。演奏前に温めるのは、結露防止のためだそうな。体温と同じくらいにして吹くということか。実演場面は「源氏物語」賢木の巻。曲は定番中の定番「越天楽」。終始和音が鳴り続けて、アンビエントな響き。

<七絃琴(しちげんきん)>
 読んで字のごとく7弦の琴。琴柱(ブリッジ)はない。よりプリミティブな構造の楽器と言えそうだ。テンションも弱いのではないかと想像する。音量はかなり小さい。ボディは桐製。漆で塗装してある点が他の楽器とは異なる。螺鈿のポジションマーク(スモール・ドット)が13箇所。クロマチック(全音階)ではなく、とびとびに配置されていた。記憶を頼りに模式的に描くと、だいたいこのような配置。
  ・・・・ ・ ・  ・  ・ ・ ・・・・
 開放弦の演奏はもちろん、スライド(ポルタメント)を駆使した押弦でメロディも演奏する。特筆すべきはハーモニックスの多用だ。ポジションマークの位置は、このハーモニックス・ポイントを示すものか? それとも特定の旋法(スケール)のポジションか?
 紫式部はこの楽器が一番好きだったようだ。実際、源氏物語でも主人公の持ち楽器として使われている。君子の弾く楽器、スピリチュアルな楽器というイメージもあったとか。紫式部の時代にもすでに古典楽器扱いで、弾く人はかなり少なくなっていたという。なお、「宇津保物語」は、この七絃琴をめぐる求道の物語。読んだことはないけれど、ライ・クーダーが音楽を担当した映画「クロスロード」みたいな内容だったりして。紫式部はこの「宇津保物語」をかなり意識していたようで、もしかしたらそのアンチテーゼが「源氏物語」だったのかもしれない。実演場面は「源氏物語」須磨の巻より、源氏、須磨で琴を弾くの段。曲は「昭君怨」。

<篳篥(ひちりき)>
 平安貴族たちが愛用していたこれまでの楽器と異なり、篳篥は楽人(プロフェッショナル)のための楽器。西域からシルクロードを経て伝えられたという。ダブルリードの縦笛で、サウンドはボンバルドに近いか(音域は少し高いかもしれない)。清少納言は「枕草子」の中で、「クツワムシのようにやかましい」と批判している。私はいい音だと思うけどな。「源氏物語」では、若紫の巻に「篳篥吹く随人」が登場する。

 以上、駆け足のまとめ。それにしても、琴も琵琶も笙も和音の楽器なのに、なんで日本では和声の理論が発達しなかったんだろう?

2012年10月12日 (金)

歯石は続くよどこまでも

 昨日は御茶ノ水の歯科病院に行った。

 歯周病の治療の3回め。さらに細かく念入りに歯石をとる。今回は、つるはしで歯と歯の間をガリガリされるような感じだったな^^; 長野旅行でコンディションをくずしたのか、歯茎がかなり腫れていたため、けっこうしんどかった。うがいをするだけでしみるような状態だったから……。

 所要時間は1時間半ほど。私もそうだったけれど、先生もさぞかしくたびれたことだろう。お疲れ様でした。

 次回は、11月7日(水)午後2時から。歯茎の検査と、まだまだ続く歯石の除去。麻酔をして1本ずつ治療をしていくような話だった。ふ~。

 実は最初の日に「左上の奥歯は抜かないといけないから覚悟しておくように」と脅されていたのだが、今日の話では「残せるかどうか微妙なところだから」に変わっていた。半歩前進……かな?

 帰りにギターワークショップに寄って、バンジョーのテールピースを購入。ギブソンTB-3コンバージョンに付いていたのがぽっきり折れてしまったので、その交換用に。人間も楽器も、長いこと経つといろいろあるねぇ。

 カーシュナー・タイプも薦められたけれど、無難にこれまでと同じプレスト・タイプにした。換装したら、ここでまたご紹介したいと思う。

信州紀行番外編

 出立の朝に見た夢。

 白木の壁に囲まれた明るい日本料理店にいる。板前はホンジャマカの恵俊彰さん。お薦めは「なんとかイカの放り投げ揚げ」だというので、それを注文する。「危ないから気をつけてくださいよ」と恵さん。見ると、おっかなびっくりの様子で、油の入った大きな鍋に遠くからイカを投げ込もうとしている。あわてて壁際まで避難した。ほかの客も全員避難。おそるおそるイカを投げ込む恵さん。それから鍋に近づき、素手で鍋をかきまわす。「あ、思ったより熱くありませんね」こちらに笑顔を向ける恵さん。これまで作ったことなかったんかい!

 お皿に盛り付けられていくイカの天ぷら。恵さんはまだ料理を続けている。ふと、「こんなところにうちの飼い犬がきたらたいへんだ」と思う。おそろしいほどやんちゃな犬だったので。するとその飼い犬が現われ、天ぷらをバクバクと食べだした。食べ終わると、料理中の恵さんの背中を思いっきりどつく。不意をつかれた恵さんはピョンと跳び上がり、両手を上げたえび反り状態で油鍋の中に。そのまま天ぷらになってしまいましたとさ……。

 跳び上がった恵さんは、ものすごい顔になってたな~。夢とはいえ、天ぷらに揚げて申し訳ありません。

 この夢とその後の旅には何のつながりもないと思っていたけれど、そういえばAさんのお店でご馳走になっていたときに、2頭のでっかいエアデールテリアにずいぶんどつかれたっけ。予知夢? まさかね^^;

2012年10月11日 (木)

信州紀行その3

8日

 最終日。夕方の便で東京に帰る予定。それまで木曾路をぶらつくことにする。

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 Aさんご夫妻も同行するというので、再びダイニング小曾都デールを訪問。昼の光で見ると、また趣が違って見える。2日前は暗くて写真が撮れなかったので、あらためて撮影。

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 この日もかなり寒かった。薪ストーブで暖をとる。カントリー・ライフってヤツっすか?

 車は1台のほうが楽だろうということで、BMWからAさんのレンジローバーに乗り換えて、いざ出発。BGMはニール・ヤング。

 途中でワイナリーに寄って試飲などもしつつ、車は奈良井宿へ。ここは中仙道の宿場町だったとかで、昔の町並みがそのまま残っている。ということは、この道をず~っと歩いていけば、我が家までたどり着くんだな。急に距離が縮まったような、不思議な気分。

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 そういえば、子どもの頃の記憶とどこか似ている懐かしい景色だ。

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 新酒ができましたよの杉玉。ず~っと昔から続いている伝統なんだろうな。

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 こちらは民宿。いかにも旅籠っていう風情がいい。2階が張り出しているのは、多くの家に共通する特徴と見た。

 もっと長くいたかったけれど、時間がなくなってきたため撤収。遅めの昼食は、Mさんのたっての希望で回転寿司。ちゃっちゃと食べて、あわただしく帰り支度。最寄りの塩尻駅まで、Yさんに送っていただく。ほんとに最後の最後までお世話になりました。

 --旅の記録はここまで。短いようで、いろいろなことがあった3日間だった。心残りがあるとすれば、常に満腹状態で駅弁を食べ損なったことかな。もっとも、最後の最後に新宿駅でシュウマイ弁当を買って帰ったんだけど。

2012年10月10日 (水)

信州紀行その2

7日

 松本市内のホテルに宿泊。基本、食事なしの素泊まりだが、600円出すとバイキング形式の朝食が食べられる。ここでめいっぱい詰め込んで、昼夜は軽くすますのもありだろうな。とはいえ、昨夜はたいへんご馳走になったし、今夜もそうなる予定だしで、現実はごく控えめに。麦ご飯、納豆、とろろ、味噌汁のみ。

 本日はスタンダードな観光ということで、当初は上高地へ向かうつもりでいた。ところが、マイカー規制中で車では行けない→直行バスを利用しよう→ものすごいバス待ち行列→車で行けるところまで行こう→駐車場が満杯で停められない--というような経緯をたどり、結局、上高地の散策はあきらめた^^; ここまでで半日経過。

 車でうろうろしているうちに中央道に入ったようなので、そのまま飛騨高山方面へ向かうことに。う~む、ついさっきまでは、岐阜県まで行くことになるなんて夢にも思っていなかった。まるで私の人生のようだ……。

 BMWのカーナビを駆使して、観光スポットを検索。どうにか安国寺までたどり着く。それから高山駅の近くまで戻って、あたりを散策。たまたま通りがかった陣屋を見学する。

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 安国寺には岐阜県唯一の国宝という経蔵(お経の図書館みたいなものか?)があるそうな。石段の上にある建物がそれ。予約すれば中も見せてもらえる--ということで、今回は遠目に見ただけ……。

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 まったく観光名所然としたところのない静かなお寺で(実際うろついていたのもひょんなことで迷い込んだ我々だけ^^;)、個人的には心惹かれるものがあった。寺の裏山を活かした庭園(?)も面白そうだったのだが、全部回ると2時間くらいかかるということで断念。

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 高山市の陣屋は、江戸時代の代官所跡。入ってみるとずいぶん広い。ちょっとしたラビリンスのようだった。奥のほうにはお白洲もあって、拷問用の道具も置かれていた^^;

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 建て直す前の実家をどことなく思い起こさせる、廊下、障子、壁、そして天井……。

 日が暮れかけてきたところで車に戻り、一路松本市内へUターン。鯛萬(タイマン)という、剃り込みを入れた学ラン姿のにーちゃんでも出てきそうな名のフランス料理店で夕食。昨日お世話になりまくったAさんご夫妻を招待しての晩餐会となった。ちなみに主催はYさん。例によって、私はただのご相伴^^;

 鯛萬は、松本では有数の老舗フランス料理店だという。ヌーベル・キュイジーヌかなにか知らないが、一皿の量はごく控えめ。ほとんど一口サイズだったので、ナイフの出番はなし。フォークだけでハガハガ食べる。味自体はなかなかだったかと。メイン・ディッシュ(たぶん)は、スズキのポワレと牛肉のステーキ。一転してデザートは思いっきりこってり系で、これで一気に満腹になった^^;

 かくして2日めの夜はふける。

2012年10月 9日 (火)

信州紀行その1

 6日(土)から8日(月)まで、長野方面に出かけていた。めったにない旅行(20年ぶりくらい?)である。仕事以外で外泊をするのは、もしかしたらこれが最後になるかもな^^;

6日

 新宿駅午前11時。中央本線特急・あずさ13号に乗って松本へ出発。同行者はMさん。乗車時間は約2時間40分。iPodでアルバム3枚ほど聴けた。ハイライトはファーン・ヒル。ウェールズ風味のアコースティック・サウンドが、森を突っ切って進むような中央本線の車窓風景に奇妙に合っていた。

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 松本駅に着くと、京都のYさんがBMWで待ってくれていた。Yさんとその愛車には、結局旅行中ずーっとお世話になることになる。多謝!

 無事合流できたところで遅めの昼食。松本城でそば祭りを開催中だというので、そちらへ向かい、キノコと山菜の入った暖かいそばを食べる。「とうじそば」といったかな?--といま調べてみたら、「投汁蕎麦」と書くらしい。

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 そば祭りの様子はこんな感じ。城下の広場に多数のお店がテントを出していた。

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 そばを食べたあとは、松本城の見学。意外とこじんまりとしたお城という印象だった。周りに大きな建物のない頃は、これでもかなりのインパクトがあったのだろう。

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 実は今回の旅の目的の1つは、Yさんが検討しているという貸別荘の物件を見に行くことだったのだが(なんと物見高い!^^;)、すでに借主が決まってしまったとかで、そちらは急遽パス。代わりの時間つぶしに、ギャラリー牧ヶ原というところを訪ねた。ここがなかなか雰囲気のある建物だったのだ。

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 まず何よりロケーションがすばらしかった! 展示販売されていたアート作品もともかく、窓から見える庭の風景が1枚の絵画のようだ。

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 部屋全体をフレームに収めるとこういう感じ。ここは階段を下りたところにある部屋で、上は喫茶室も兼ねた広いギャラリーになっている。

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 こちらが上からの眺め。ここでコーヒーを飲みながら、しばらくぼ~っとする。夜はライブ会場としても利用されるそうで、グランドピアノや音響設備なども片隅に置かれていた。こんな家のオーナーになって、楽器店兼ライブハウスの経営でもできたらステキだろうな、という妄想にかられてしまった。

 夜はこの旅のもうひとつの目的、Aさんご夫妻の経営するダイニング「小曾都デール」を訪ねての夕食会。私は初対面だったのだが、Yさん、Mさんとは以前からのご友人だそうな。旦那様はアメリカン・ミュージックのファンだそうで、私の本も愛読して下さっている由。恐縮です。そんなこんなで、この日のBGMはライ・クーダー。

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 料理を作ってくださったのは、フロリダのフランス料理店で活躍されていたというAさんの奥様。これは前菜で、メイン・ディッシュはまだこれから。すっかりご馳走になりました。我々のために、せっかく入っていた予約のお客様はキャンセルだそうな。いろんな意味で、たいへん申し訳ない!

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 壁にはバンジョーも飾られていた。私もちょこっと弾かせていただいたのだ。たはは。

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 愛犬のエアデールテリアとAさん。農園を経営されているそうで、野菜は自家製。うまいんだな、これが!

 --というところで2日め以降に続く。

2012年10月 4日 (木)

ヤマハといえば赤ラベル

 ヤマハのアコースティック・ギターといえばFG。FGといえば赤ラベル。--というわけで、いまでも人気の高い赤ラベルFGだが、私もこの時期のFG-350というモデルを持っていたことがある。

 神保町の中古楽器店でたまたま見かけ、値段もそんなに高くなかったので、ついふらふらと購入してしまったのだが、とにかく音量のあるギターだった。現物の写真が見当たらなかったため、「丸ごと1冊YAMAHA FG」(枻出版社 2002年)というムックの該当ページをちらっと紹介させていただくことにする。この本は、ヤマハFGのことならなんでもわかるすぐれもので、ヤマハのギターに関心のある方なら必読なのだ。

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 FG-350は、左ページの一番下とその上の2本。周りにある部分拡大写真や、裏側の写真もFG-350だ。ピックガードやペグヘッドのシェープは、ヤマハの特徴をよく表わすオリジナル・デザイン。ブリッジサドルの曲線の処理も、いかにもヤマハらしい。

 創業100周年を記念してヤマハが出版した「ヤマハ100年史」(1987年)には、こうある。「昭和41年(1966)当社ギター設計課は、FG-180をはじめとする3種類のフォークギターを発表した。これは、当時圧倒的な人気があったマーチン(米)、ギブソン(同)などの舶来ギターに対抗するために開発されたものでピアノで培った木工技術がフルに活用されていた」

 FGシリーズの歴史はこのときから始まった。最初のモデルは、ウェスタン・サイズのFG-180、フォーク・サイズのFG-150の2つがよく知られているが、この記述を読むともう1つの製品があったことになる。さて、どのモデルのことだろう?

 FG-350は、少し遅れて69年から72年まで製造された(後継モデルはFG-360。要するに価格が改定されてモデル名も変わったわけだ)。赤ラベル期を代表するモデルの1つと言っていい。ボディ・トップはスプルースの合板、バック&サイドはコーラルローズの合板という、中堅クラスの仕様だった。

 「丸ごと1冊」を読むまで、バック&サイドはてっきりハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)の合板を使用しているかと思っていたが、若干グレードを下げてあったんだな。コーラルローズの詳細はよくわからないけれど、あまり木目のはっきりしないローズウッド系の材という印象がある。

 入手したFG-350は、ほとんど傷のないよいコンディションで、大音量でよく鳴るギターだったのだが、音色がいまいち気に入らず、結局手放してしまった。どうもヤマハのギターには縁がないようで……。

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