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2012年8月

2012年8月29日 (水)

ドッペルゲンガー?

 明け方、脈絡のない断片的な夢をいくつも見る。

 トイレのドアを開けると、素っ裸の自分が中にいる。以前にまったく逆のシチュエーションの夢(トイレに入っているといきなりドアが開き、自分がのぞきこんでいる)を見た記憶があるので、どちらも驚かない。手を取り合って2人で大笑いする。右手で相手の股間をそっと隠してやった。以前にそうしてもらった記憶があったので……。

 ついでにもう1つ。

 アラブ人の経営する旅館に泊まったら食事の時間があまりにも正確だったので、「アラブ人は律儀だな」と感心し、みんなにその話をする。

            

 夢の中で自分の意志どおりに物事が進まないのは、無意識の自主規制が働いているせいではないかと思う。なかなかトイレにたどり着けなかったり、用をたそうとするとジャマが入ったりするのは、その典型的な例だろう。どんどん話が進展して、そのままオネショしちゃったりすると困るものね^^;

2012年8月26日 (日)

マンドリンでもマーティン

 ギターやウクレレほどは知られていないようだが、かつてはマンドリンもマーティン社の主要なプロダクツの1つだった。

 その歴史はかなり古く、19世紀末の1895年には、マーティン社はマンドリンの製造を始めている。初期の製品は、すべてボウルバックの(背中の丸い)いわゆるクラシック・スタイルだった。

 20世紀に入ると、ギブソン製のフラットバック・マンドリン(厳密に言うと「アーチバック」なのだけれど)がアメリカの市場を席巻し始める。この勢いに屈したライバル・メーカーたちも、次々とフラットバックのモデルを投入するようになった。マーティン社も例外ではなく、1914年にはフラット・マンドリンの生産を開始している。

 マーティン初のフラット・マンドリンは、おなじみのフラットトップ・ギターをコンパクトなティアドロップ(流滴)型にまとめたようなデザインだった。スプルースの表板は、一見フラットトップのようだが、厳密にはクラシックのマンドリンによく見られるベントトップ(ソリッドな薄い板をブリッジのあたりで軽く折り曲げてある)。オーバルホールの脇にベッコウ柄のピックガードを配したデザインが、いかにもマーティンらしい。

 裏板はギターと同様のノーマルなフラットバック。木材もギターと変わらぬ(ブラジリアン)ローズウッド、もしくはマホガニーを使用していた。

 1929年になると、削りだしのアーチ・トップ&アーチ・バックを持つ、よりオーソドックスなデザインの(よりギブソン的な)マンドリンも開発された。まずはオーバル・ホールを持った2つのモデル。さらに36年にはfホールを持つモデルも登場した。このfホールのアーチトップ・マンドリンは、その前年に満を持して発表されたマーティン製アーチトップ・ギター、F-9、F-7のマンドリン版とでも言うべき製品だった。

 マーティンのマンドリンは、今日正当な評価を受けているとは言い難いものの、楽器としての性能はけっして悪くない。実際に手にとってみると、仕上げも丁寧だし、サウンドもしっかりしていることがわかる。個人的には、もっと人気が出てもいいのになと不憫に思っておるのだが……。

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 1959年製の2-15。マーティンには珍しい、fホールを持ったマンドリンの1つだ。短命に終わったモデルが多いマーティンのアーチトップ・マンドリンの中では、36年から64年までの生産と、比較的長命だった。同時期のギブソンのA-50などと比べても、楽器としての格はこちらのほうが上かもしれない。

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 サンバーストのフィニッシュ、fホールのデザインなどは、当時のマーティンのトップラインだったアーチトップ・ギター、F-9、F-7とよく似ている。

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 バック&サイドのメープルはたいへん美しい柾目のトラ杢。

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 ネックのフレイム・メープルもいっさい妥協なし!

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 ペグ・ヘッドはたいへんシンプルなデザイン。これが上位モデルだと、上部に透かし彫りの入ったより複雑なシェープになる。

2012年8月23日 (木)

12フレット? それとも14フレット?

 熱心なマーティン・ファンなら先刻ご承知だろうが、マーティンのギターには、同じサイズ名が付いていながらボディのデザインが異なるモデルが存在する。

 たとえば同じ000(オーディトリアム)でも、ネックとボディが12フレットのところで接続されている12フレット・ジョイントのモデルと、14フレットのところで接続されている14フレット・ジョイントのモデルの2種類がある。

Compare

 結論から書いてしまうと、実は12フレット・ジョイントのほうが古いデザインなのだ。14フレット・ジョイントのモデルが新たに登場した背景には、ジャズの流行やフラットピッキング奏法の普及など、さまざまな事情がからんでいたと思われる。その最初の試作品が完成したのが1929年の7月末、あるいは8月初頭頃。当時絶大なる人気を誇っていた4弦バンジョー兼ギター・プレイヤー、ペリー・ベクテルのアイデアに基づいてマーティン社が新しいボディを設計した。

 ベクテルの要望は、以下のようなものだったという。

  1)000-28をベースにした14フレット・ジョイントのボディ
  2)(ベクテルが愛用していた)ギブソン・スタイルOと同等の指板の幅&グリップの形状
  3)ピッキングの傷がつかないようにするためのピックガード

 こうして生まれたギターが、OM-28ということになるのだが、このOMは「オーケストラ・モデル」の略称で、本来はスタンダードな12フレット・ジョイントのモデルと14フレット・ジョイントのモデルとを区別するために、新たに作られた用語だった。つまり、000や00はもちろん、D(ドレッドノート)でも当初は12フレット・ジョイントがスタンダードで、14フレット・ジョイントのドレッドノートも、当初はオーケストラ・モデルに分類されていたのだ。

 モデル名としてのOMは33年でいったんとだえ、その後は14フレット・ジョイントの000がこれを引き継いだ。000はOMを経由して12フレットから14フレットに生まれ変わったと解釈してもいい。000とOMの関係について詳しく説明しようとすると、かなりややこしい話になるのだが、大まかな捉え方としては、「OMは14フレット000のバリエーション」という程度の解釈でいいと思う。スケールの長さがどうのこうのなどと言い出すと、どつぼにはまりかねないので……。

 余談ながら、ここまでの経緯でわかるように、OMはもともとフラットピッキング用のギターとして開発されたモデルである。いつの間にかフィンガーピッキング専用のギターのようなイメージが定着してしまったのは、実に興味深い。

 --というところで、上の写真は、左が12フレット・ジョイントの000-28、右が14フレット・ジョイントの000-18。2フレット分のスペースを稼ぐため、ボディの長さが1・1/16インチ短くなっているだけでなく、ボディ・シェープ自体も変更され、上半身(アッパーバウト)が横に広がっている。また、ボディの容量を稼ぐために、胴の深さも1/16インチ増している。

00028t2m

 この12フレット000-28は、正確には000-28GE。GEは「ゴールデン・エラ(黄金時代)」の略で、かつての名器の復刻モデルに当たる。このモデルは1996年のみの限定生産で、全部で367本製作されたという。

 ピラミッド・ブリッジ、スロテッドヘッド、ヘリンボーン・トリム、ダイヤモンドスクエアのポジションマークなど、20年代のデザインを忠実に再現している。唯一ピックガードは時代的にそぐわないのだが、これでオリジナルである。ピックガードがなく、より原型に近い製品(モデル名は同じ)も同時に作られた。

 ネックもビンテージのモデルを意識してかなり太めだが、弾きにくいというほどのことはない。何よりも、12フレット・ジョイントのボディは響きが豊かで、とても美しい音がする。余裕があったら、0や00の12フレット・ジョイントのモデルもほしいんだけどな……。

2012年8月20日 (月)

トリニテのライブに行ってきた

 昨夜は渋谷・公園通りクラシックスに、トリニテのアルバム発売ライブを見に行った。ほぼ満席状態で、ほっと一息。……う~む、アルバムのプロモーションに関わっていた関係で、ほとんど自分のライブのような気分になっている。バカだねぇ。

 ステージは2部構成。1部は『prayer』以外の曲を、2部は『prayer』全曲をアルバムの順番どおりに。とりわけ『prayer』の組曲は、これまで以上にホットな演奏になっていたように思う。終演後、バイオリンの壷井彰久さんが、「やっと(作曲者の)shezooさんの意図していることがわかってきた」と語っていたけれど、冗談半分であるにせよ、レコーディングを経たことで、よりこなれてきた感触があったことも間違いあるまい。

 アルバムとは違うアレンジ(インプロビゼーション?)が随所に聴かれたのもよかった。「Baraccone 2」のガムラン風の演奏がビリンバウに代わっていたのは、今回のハイライトの1つだったかも。

 終演後の打ち上げにもお邪魔させていただいて、上記以外にもいろいろ興味深い話をうかがった。なぜか、有田純弘さんや原さとしさんの話題でも盛り上がる。アイリッシュ・フィドルも弾く壷井さんはともかく、クラリネットの小森慶子さんまでバンジョーの話に乗ってくるとは意外。--というか、お見それいたしました^^;

 なにはともあれ、これでアルバム発売に関わる一連のプロジェクトもひとまず終了。この間の成果としては、トリニテのWebサイトの開設(これには私はタッチせず)とFacebookページの開設。メディア関連では、CDジャーナル誌、ラティーナ誌のアルバム紹介記事(予定)など。あとはUstreamで曲を流してもらう話も実現するといいな。

2012年8月18日 (土)

サルの社会にいじめはないのか?

 大津の中学校のいじめの事件が、どうにも頭から離れない。なかなか解決策が見出せないような、複雑かつ深刻な問題には違いないのだが……。

 大学時代に生物学を専攻していたもので、何かの答に窮したときに、動物の世界と比較してみたりすることがある。たとえばサルの社会だったらどうなのか?

 社会性を持つ多くの動物に見られるように、集団で暮らすサルの中にも、グループ内に厳然としたランキングが生まれる。ボスザルを頂点としたヒエラルキーがしっかりとできあがって、下位のサルは上位のサルに逆らえない。自らの力で地位を逆転させない限りは。

 力の論理が支配するこのような社会では、いついじめの問題が起きてもおかしくないような気もするが、それで群れが崩壊したという話は聞いたことがない。チンパンジーだったか、ニホンザルだったか失念したけれど、そこには巧妙ないじめ防止のシステムが存在するらしい。

 仮に上位のサルと下位のサルの間で、いさかいが起こったとする。仲直りがうまくできて平和が戻れば心配はいらない。仲直りが成立せず、上位のサルが下位のサルを一方的に攻撃するような状況が生まれると、より上位のサルが仲裁に入ってくる。この際に必ず、自分と地位が近いほうのサルを攻撃するのだという。

 つまり地位が低いサルを地位の高いサルが攻撃していた場合、より地位の高いサル(たとえばボスザル)は、地位の高いサルのほうを攻撃することで、一番弱いサルを助ける。一番偉いサルにしてみれば、地位が近いサルが暴れているのをいさめることで、自らの地位を安泰にしたというだけのことかもしれないが、これが結果的にいじめの防止につながり、グループの秩序の安定に貢献することになるわけだ。

 いじめの問題がメディアで取り上げられるたびに、「見て見ぬふりをするのは卑怯だ」というような提言が出てくる。たしかにおっしゃるとおり。居合わせた第三者がその場で仲裁するのが理想的であることは、言うまでもない。とはいえ、「見て見ぬふりをしない勇気を」というのは、あくまでも強者の論理で、すべての人にそれを期待するには無理がある。むしろ、できなくてあたりまえなのだ。

 かくいう私も、学生時代にけんかの仲裁をしたことは何度かあるし、社会人になってから往来で見知らぬ人どうしの暴力沙汰を止めたこともあるけれど、いま振り返ってみると、無事に済んだのはたまたま運がよかったからとしか思えない。もう一度そうした場に居合わせたときに、同じことができる自信もない。結局人間もサルとたいして違いがなくて、自分より強そうな人に立ち向かうのは、心底おそろしいはずなのだ。結局は「強い人」に期待せざるを得ないということだろうか? 教室を例にとれば、まずは先生がそうなるべきなのだろうが、現状ではなかなか難しい事情もあるようで……。

 これから先はほとんど妄想に近いけれど、もしかしたら、すべての生徒を平等に扱おうとする現代教育の理想論に落とし穴があるのかもしれない。教室内にランク付けが存在したほうが秩序は維持しやすく、結果的にいじめをふせぐことにもつながるのかも。でも、こういう考え方って、私のイデオロギーと真っ向から対立しちゃうんだよな……。

2012年8月16日 (木)

トリニテいろいろ

 トリニテのアルバム『prayer』の正規盤が届いた。デモ盤に比べて、音質がずいぶんよくなっているように感じた。より瑞々しく、臨場感も増しているような。

Prayer_jk_2

 自分が弦楽器ばかり弾いているもので、ついついバイオリンの音が気になってしまうのだが、壷井彰久さんのプレイはほんとにすごいと思う。ジャズやクラシックの素養はもちろんのこと、東欧のジプシー・バイオリン、プログレッシブ・ロック、トラディショナルなフィドルのエッセンスまでもが渾然一体となった、ちょっとほかに類を見ない音だ。

  http://tsuboy.internet.ne.jp/

 リンク先のプロフィルを見てもらえばわかるように、鬼怒無月さんや一噌幸弘さんとも共演するなど、幅広く活躍をされているようだが、今回のトリニテの演奏はその中でも白眉の1つと言っていいのではないか。この鬼気迫る骨太なパフォーマンスは、できればブルーグラス・ファンのみなさんなどにも聴いてもらいたいな。

 それはそれとして、アルバムのクレジットを見て驚いた。「どこかに名前を入れておく」と言われていたので、てっきり「スペシャル・サンクス・トゥ」かなんかだろうと思っていたら、「エクゼクティブ・プロデューサー」だって! えぇぇ!? そりゃいくらなんでも違うんじゃないの。う~ん……、怪しげな名誉顧問みたいなもんか?

 もひとつ、ついでに。トリニテのFacebookページも作りました。お暇な折にでもお寄りくださいませ。

  http://www.facebook.com/trinite.jpn

2012年8月11日 (土)

D-45がD-18になった話

 近頃はあまり見かけなくなったような気がするが、ひと頃は、わりと高級な楽器が質屋でちょいちょい手に入ったものだった。私も質屋回りにハマっていた時期がある。そんな頃に体験した印象深い思い出話を1つ。

 その質屋のことは、前から気になっていたのだ。ウインドウにいろいろな商品を展示している中に、ちょくちょく楽器が混じっていたからだ。わりとエレクトリック・ギターが多かったような気がするが、その日置いてあったのはマーティンD-18だった。

 すでにD-28を持っていたので、D-18はそんなにほしかったわけでもないのだけれど、値段が安いのが気に入った。お店のおやじさんに頼んで、往来で試奏をさせてもらう。70年代の楽器らしい。オリジナルの樹脂製ケースも付いている。音はまずまず。「クラックを1箇所修理しなくちゃならない」と難癖をつけると^^;、1万円まけてくれた。それで交渉成立。

 商談がまとまってからも、気のいいおやじさんはいろいろ話しかけてくる。「お客さん、ギターうまいね」なんていうお世辞は話半分に受け流していたのだが、そのうちにこちらが心底仰天するようなことを言い出した。

 「お客さんだったら、もっといいギターがあったんだけどな。マーティンのD-45だったんだけど。69年の」。え! 69年のD-45っていったら、戦前のオリジナル・モデルとまではいかないにしても、ブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)製のかなりのレアものじゃないか! 「ちょっと前に売れちゃったんだよ。業者に電話したらすぐやって来てさ。ケースもなかったのに、45万円で喜んで買っていったよ。すごい珍しいギターなんだって言ってた。安かったかな?」

 安かったもなにも、そのまま右から左へ持っていっただけで、おそらくウン百万円の値段がつくことでしょうよ。--なんて思ったけれど口には出さず。ひとこと「安かったと思いますよ」とだけ答えるワタシ。う~ん、釣り落とした魚はおそろしくデカかった……。

D18t

 これがそのとき手に入れたD-18。もう手元にないため正確な年代はわからないが、70年代の製品であることは間違いない。ペグはグローバー・ロトマチック。ピックガードはアセテート製のブラック。D-18はD-28と違って、70年代に入ってもボディの材質が変わってないのが大きい。それにつけてもD-45……。

2012年8月 8日 (水)

全身金色のヨン様……

 明け方に見た夢。

 往年の特撮ドラマ「マグマ大使」をリメークすることになる。その撮影現場。マグマ大使役は、韓流スターのペ・ヨンジュンさん(!)。全身金色のコスチュームを身に着けて、スタッフに囲まれている。髪の毛も金髪の予定だったが、ダメ出しされて7色のかつらに変更になる。

      ※   ※   ※   ※   ※

 ……ただこれだけ(短い!)。、韓流ブームとはまったく無縁に生きているのに、こんな夢を見るなんて不思議。でもマグマ大使は日本人じゃないから、案外ヨン様でハマったりして。

2012年8月 6日 (月)

マーティン超入門

 マーティン・ギターの3回め。

 D-28、000-18など、マーティンのモデル名は、比較的すっきりした規則に基づいて付けられている。マーティン・ファンにとっては常識的な話ではあるが、「何のこっちゃ?」という方のために、ここであらためて解説しておく。

 マーティンのモデル名は、サイズ名とスタイル名の組み合わせでできている。名前の頭の「D」「000」などがサイズ名で、ボディの大きさ(およびシェープ)を表わす。これに続く「28」「18」などがスタイル名で、装飾や材質の違いを表わす。

 マーティン社がボディ・サイズやデザインのグレードを明確に意識するようになったのは1850年代からだと思われる。当初、一番大きなサイズ名は「1」で、これは「スタンダード・サイズ」とも呼ばれていた。この下に「2」「2・1/2」「3」「3・1/2」といった、より小さいサイズもあった。少し遅れて登場したのが、「1」よりも大きなサイズの「0」だ。こちらはステージで使うことを前提に開発されたプロ仕様のモデルで、「コンサート・サイズ」の名でも知られている。

 このあとも、00(グランド・コンサート)、000(オーディトリウム)、D(ドレッドノート)……と、より大きなサイズのギターが次々と開発されて今日に至る。

 現在一番大きなサイズは、M(グランド・オーディトリアム=0000)やJ(0000よりもボディの厚みがある)だが、それほどポピュラーではないので、無理して覚えるまでもないだろう。D、000(≒OM)、00くらいのサイズ名を覚えておけば、充分だ。

 スタイル名もいろいろあるが、重要なのは、「18」「28」「45」の3種類(と断言!)。ざっくりまとめると、スタイル18はバック&サイド材がマホガニー、スタイル28はローズウッド。スタイル45もローズウッド・バックだが、貝細工の装飾が全面にほどこされた最高級モデルという位置づけになる。

 ちなみに、1904年まではスタイル42が最高級モデルだった。このスタイル42を元に、さらに豪華な装飾を施したのがスタイル45だ。

 逆にスタイル41は、スタイル45の廉価版という位置づけになる。

 このほかのスタイル名についてもふれておくと、スタイル18の装飾でバック&サイドの材質をローズウッドにアップ・グレードしたのがスタイル21。幅の広い良質の材の不足を補うために、バックのローズウッドを3枚合わせ(3ピース)にしたのがスタイル35(本来はブックマッチの2ピース)だ。

 ところで、ひとくちにローズウッドといっても、1970年以降とそれ以前とでは大きく材質が異なっている。69年までのマーティンにはブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)が使用されていたが、その後は在庫不足のためインディアン・ローズウッドに変更された。このため、ブラジリアン・ローズウッドを使ったモデルは、その希少価値のため、高価で取り引きされているのが現状だ。

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 --というわけで、これはブラジリアン・ローズウッド最後の年である69年製のD-28.。ドレッドノート・サイズの大きなギターだけに、かなりの音量がある。とくに低音の迫力がすばらしい。

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 69年のスタイル28にしては、なかなか木目のきれいなブラジリアン・ローズウッド。やっぱりマーティンは柾目じゃないとね~。

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 サイドの板も柾目のきれいなブラジリアン・ローズウッド。

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 ペグヘッドの角の丸み、グローバー・ロトマチックのペグなどの仕様は、60年代のお約束どおり。

2012年8月 5日 (日)

トリニテのサイトができた

 トリニテのオフィシャルWebサイトが、ついにオープンした。

  http://trinite.me/

 これでやっとメンバーの顔も見えるようになったし、『prayer』の音も試聴できるようになったしで、だいぶ話がわかりやすくなっただろう。ほっ。

 試聴のページのリンクがちょっとわかりにくいようなので、そちらへの直リンも貼り付けておく。何はともあれ、お聴きくださいませ。

  http://trinite.me/albums/prayer/

 ライブ情報もお見逃しなく。アルバム発売に合わせたライブは、8月19日(日)。会場は、東京渋谷の公園通りクラシックス(昔のジァンジァンですにゃ)。つーことで。

 ところで、トリニテの絡みでshezooさんとやり取りをしている間に思い出したことがある。アルバム『prayer』にはプロトタイプとでもいうべき作品があったということだ。

Quipu

 Quipu(キプ)というバンドの『天上の夢』(Ohrai Records 2002)というライブ・アルバムがそれで、『prayer』の組曲が、ほぼそのままの曲順で演奏されている。

 Quipuは、Shezooさんがかつて参加していたユニットで、このときの編成は、ボーカル、ピアノ、ベース、パーカッション、サックス。

 トリニテの演奏と比較すると、大きな違いは2つ。1つは楽器編成で、Quipuにはバイオリンはなく、その代わりボーカルとベースが入っていた。また、ホーンはクラリネットではなくてサックスが使われていた。

 『prayer』ではバイオリンの存在感があまりにも大きいため、あらためてバイオリンなしの演奏を聴くと、なんとなく居心地が悪い。演奏自体も、まだこなれていない部分があったようで、今回あらためて録音し直した理由がわかるような気がする。ついでに書いてしまうと、いまのトリニテにベースがいないのは正解かもしれない。

 もう1つの大きな違いは、いくつかの曲に歌が入っていること。グレゴリオ聖歌から持ってきた「怒りの日」はある意味当然として、「人間が失ったものの歌」や「天上の夢」も、もとは歌として書かれたものだったのか。歌モノにしてはやけにむずかしいメロディのような……。

 これはこれで面白いのだけれど、全編インストの現在の形のほうが、やはりバランスはいいんだろうな。

 なにはともあれ、この2つのバージョンを聴き比べることで、10年の歳月がこの組曲をどのように熟成させてきたかよくわかった。先日来の疑問だった、どこまでが楽譜でどこまでがアドリブかという問題にも、なんとなく答が見えたような気がする。

2012年8月 2日 (木)

作曲とアドリブの兼ね合いについて聴いてみた

 トリニテのアルバム『prayer』のサンプル音源を聴いているうちに、1つの疑問が浮かんできた。この演奏が全部楽譜に書かれたとおりのものとは思えない。たとえばMondissiomoなどは、確実にアドリブ・パートが存在するはずだ。

 さて、どこまでが作曲家の書いた音符で、どこからがプレイヤーの裁量に任されているものなのか? へっぽこソングライターでも、やっぱり気になる。ここは作曲家本人にたずねるのが一番早いだろう。--というわけで、shezooさんに質問メールを送りつけた^^;

 いわく--曲のアレンジには各メンバーはどれくらい関わっているのか? 曲の中のアドリブ・パートの割合は?

 不躾な問いにも関わらず、すぐ返事が返ってきた。それによると、『prayer』はトリニテのレパートリーの中では書き譜の割合が多い曲だそうな。「アレンジにメンバーが関わることはありませんが、譜面をもとにそれぞれのメンバーが自由に踊れるフィールドをしっかりと創ることを心がけています」とのこと。

 ふ~む。ほかの組曲に比べるとアドリブ・パートは少ないのか~。さすがに、コードだけふってあとはお任せ--なんてことはないだろうと思っていたけれど、想像以上にきっちり作曲されていたのだな。このあたりの力関係は、やはりジャズとはひと味違うような。

 ところで、質問ついでにトリニテ結成のいきさつについてもうかがってみたのだが、これはかなり込み入った話らしい。委細はまた日をあらためてゆっくりと……。

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