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2012年6月

2012年6月30日 (土)

ブルーハーツ「チェルノブイリ」

 原子力発電に反対する曲をメジャー系のレーベルから出そうとすると、親会社が原発関連の事業をやっていたりする関係で待ったがかかり、結局自主制作の形で発売--というのはよくある話。

Bluehearts

 88年発売のこのシングル盤は、タイトルからもわかるように、86年のチェルノブイリ原発事故を受けて制作されたものだが、当時ブルーハーツが所属していたメルダックからは発売できずに、放射線マークを思わせるロゴの自主レーベルから発売された。ちょっと見海賊盤風のシブいジャケットだ。

 片面シングルのドーナツ盤で、価格は360円(税込371円)。作詞作曲はメンバーの真島昌利さん。

 正直、楽曲のできはいまひとつというか、歌詞も消化不良なきらいはあるけれど(発売するとさしさわりがあるような過激な内容ではない)、反原発ソングの草分けという意義は大きい。実際、RCの「サマータイム・ブルース」などよりも、ほんのちょっぴり早いのだった。

 ……と書いていてふと思ったのだけれど、誰でも歌えるような反原発ソングって何だろう?

2012年6月27日 (水)

暗闇の騎士の回顧録

 アメリカン・コミックの影響を受けた日本の漫画家は少なくない。あまり指摘されることはないようだけれど、実は水木しげるもそんな1人だったのではないか。

 映画「ダークナイト」をテレビの洋画劇場で見て、またバットマンのコミックを読み返したくなり、書庫を探しているうちに、あらためてそんな思いに囚われてしまった。

 たとえば、バットマンの50年の歩みを1冊にまとめたハードカバー「THE GREATEST BATMAN STORIES EVER TOLD」(1989 近代映画社)の裏表紙はこうだ。

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 マントのひだが作る影の処理、目だけ白く光る黒い顔。コントラストを強調したそのタッチは、驚くほど初期の水木しげるの絵柄に似ている。おどろおどろしいアメリカン・ゴシック・ホラーの世界観が、日本の妖怪漫画に影響を与えていたとすれば、ちょっとした事件である。

 とはいえ、それをいまゆっくり考察している余裕はない。バットマンのコミックを探すのが当初の目的だったはずだ。

 上記のハードカバーは、バットマンの版元、DCコミックス社が、バットマン生誕50周年の記念に出版した傑作選の日本版で、1939年に発表された1作めから、83年のブルース・ウェインの回顧録(バットマンの結婚のエピソードが語られる)まで、26本の作品を集めてある。主要なキャラやエピソードはほとんど網羅されていて、これ1冊でバットマンの50年の歴史を概括できるのがうれしい。

 50年の間には描き手もずいぶん変わったけれど、まとめて一気に読むと、やはりニール・アダムス以前と以後でガラリと画風が変わっている印象を受ける。いささかトホホなSF路線に迷い込んでいたバットマンを、原点の怪しい闇の世界に連れ戻し、さらにアダルトな魅力を加えたアダムスの功績は大きい。

 そのアダムスとニール・ジョルダーノが作画を担当した「HALF AN EVIL」(1971)は、敵役の1人、トゥーフェイスのキャラクターがよくわかるエピソードだが、これは映画「ダークナイト」の元ネタの1つと言えるのではないか。

 たとえば、このピエロの強盗団のビジュアル・イメージは、そのまま映画の冒頭にも活かされていた。

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 トゥーフェイス誕生のいきさつは、少し原作とは異なるが、善と悪の2つの側面を持つキャラクター設定はそのままだ。

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 それはいいとして、この本に収められたニール・アダムスさんの作品は、ゴシック・ホラー色が薄いのがちょっぴり不満。やっぱりこの人は、こういう怖くてきれいで色っぽい女の人を描いてくれないとね^^;

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2012年6月25日 (月)

アカペラ・カルテットのワークショップ

   純然たる仏教徒(ただしかなり罰当たり^^;)ではあるのだが、今日(24日)はありがたい賛美歌の講習を受けてきた。東京聖三一教会で開催された、アラバマ州立大学のティム・クック教授によるシェイプ・ノート・シンギングのワークショップである。

 シェイプ・ノートというのは、楽譜が読めない人たちが賛美歌を歌えるようにと、アメリカ合衆国で考え出された楽譜の表記法で、たとえば「ド」なら三角、「レ」なら半円……のように、音の高さごとに音符の形を変えて記譜する。これがいつしか、その表記法で書かれたハーモニー・アレンジの意に転じ、コーラス・スタイルの一形式として認知されるようにもなった。

 南部の教会ではこの伝統はいまでも残っているばかりでなく、オールドタイムやブルーグラスのあの独特なハーモニーの起源にもなったと言われる。また、アパチアン・ダルシマーの楽譜は、いまでもシェイプ・ノートのスタイルで書かれることが多い。

Shapenote

 --というところで、シェイプ・ノートで書かれたアパラチアン・ダルシマーの楽譜の一部を私の本(音楽之友社「アメリカン・ルーツ・ミュージック」)から引用。……思いっきり宣伝すみません。まあ、こんなことを書いた手前、一度くらいはちゃんと習ってみたいと思っていたので、今回は渡りに船だったのだ(アメリカのブルーグラス・フェスで、日曜朝のゴスペル・ワークショップに参加したことはあったけれど)。

 ワークショップはかなり実践的--というか、ほとんど能書きは抜き。4声のアカペラ・コーラスの楽譜を渡され、各パートを1回ずつ練習しただけで、即ハモり。1時間半あまりで、4曲ほどこなした。いかにシェイプ・ノートとはいえ、まったく読譜のできない人にはかなりきついスケジュールだったかもしれない。少なくとも私はかなりくたびれた^^;

 興味深かった点をいくつか。1)固定ドではなくて、移動ドで楽譜を読む。つまり、キーによって音符の形は変わる。2)今回習ったのはエイケン(Aiken)システムという表記法。セイクレッド・ハープ・シンギングとは表記が少し異なるという。3)ドとソがわかるだけでもずいぶん読譜できるようになると言われた。なるほど。4)北部の教会ではオルガンが普及したため、シェイプ・ノートがすたれ、読譜ができなくなったそうな。

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 ワークショップが開かれたのはこの礼拝堂。正面のステンドグラスが美しい。

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 ワークショップの前には、聖歌隊の合唱と、ブルーグラス・スタイルの・セイクレッド・ソングも披露された。写真は、東理夫さん率いるオザーク・マウンテニアーズのパフォーマンス。

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 シェイプ・ノートの図を示しながら説明をするクック先生。日本語が堪能な上、日本人の奥様のフル・サポートもあったため、たいへんスムーズでわかりやすかった。

2012年6月21日 (木)

テレキャスターからストラトキャスターへ

 フェンダーのエレクトリック・ギターには、「機能美」という言葉が一番しっくりくるような気がする。極限まで無駄をそぎ落とした工業製品の美しさと言ってもいい。

 1950年に発表されたブロードキャスター(後にテレキャスターと改名)には、従来のギターの概念をくつがえすような斬新なアイデアが、たくさん盛り込まれていた。

・ボディは音を響かせるための空間を持たない単なる1枚の板

・カッタウェイを施してハイポジションを弾きやすくしたボディ・シェープ

・ピックアップ・システムや配線をセットするための溝をボディ・トップに設け、これを大きなピックガードで隠す

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・フィンガーボードのない1ピースのネックに直接フレットを打ち込む(上の写真は後年開発されたローズウッド・フィンガーボード仕様のタイプ)

・木工技術を持たない作業員でも組み立て可能な(そして不具合が見つかったときに簡単に取り替えられる)ボルト留めのデタッチャブル・ネック

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 こうした一連のアイデアに共通するのは、職人の技術に頼らず、なるべく作業の手間をはぶいて、生産効率を上げようとする工夫と言っていい。ラインで生産される工業製品の発想に近い。極力装飾を省いたシンプルなデザインも同様の思想に基づくものだろう。機能美の極致のようなテレキャスターはこうして誕生した。

 テレキャスターでソリッド・エレクトリック・ギターの時代を切り開いたレオ・フェンダーは、この発想を押し進め、さらに新たな機能を盛り込んだギターを開発する。これが今日に至るまでエレクトリック・ギターの頂点に君臨し続ける名器、ストラトキャスターだ。

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 ストラトキャスターは54年に発表された。これはその年に製作されたモデルだが、赤い塗装のボディはリフィニッシュと思われる。

 新たに開発された3つのピックアップとコントロールのつまみは、すべて大きなピックガードに直接マウントされている。より生産効率を上げるためのアイデアだろう。

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 ストラトキャスターの最大の特徴と言えるのが、バーの操作でスムーズに音程を変化させることのできるシンクロナイズド・トレモロ・ユニットだ。またブリッジサドルは、それぞれの弦ごとにオクターブ調整が可能なように、独立して動かせる構造になっている。

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 プレイヤーの身体にフィットするようにボディ裏を斜めにカットしたコンター・ボディ(これも当時としては画期的なアイデア)。よりハイポジションが弾きやすい深めのカッタウェイも、ストラトキャスターの特徴の1つだ。

 おまけにオリジナルと思われるツイード・ケースもご紹介。かなりボロボロになっていて、きれいにするには全面張り替えしかなさそうだ。まあ、やらんけど……。

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 内装はなかなかにハイグレードな質感。発売当初から高級感のあるモデルだったということか。

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2012年6月19日 (火)

続テレキャスター物語

 大学を卒業して、多少のゆとりができてきた頃に、初めてコピー・モデルではない「本物」のギターを手に入れた。それが、前の日記でちょこっとふれたフェンダー・テレキャスターだ。

 記念すべき最初のギターがなぜテレキャスターだったかというと、手ごろな価格の中古品があったから。マーティンのアコースティック・ギターになると、中古品でもまだ高くて手が出なかったのだ。

 そのテレキャスターは95,000円で売られていたので、当時の私でもなんとかなった。シリアル番号の頭に「S」が付いていたような記憶があるから、おそらく70年代の終わりから80年代初頭に作られたモデルのはず。メープル・ネック、ナチュラル・フィニッシュのテカテカしたギターだったが、残念ながら写真はなし。

 このギターがどうなったかというと、いまは亡きダディ前田さんがイケベ楽器を辞めてフリーランスになっていた頃に、「何か売るギターない?」と供出させられ(?)、そうこうするうちに「ライブでギンギンに使ってるよ!」みたいな話になり、いつの間にかうやむやにされてしまった^^; もちろんお金はもらっていない。今はどこでどうしているものか……。

 その次に手に入れたテレキャスターは、60年製のモデルで、リフィニッシュされていたため比較的安く手に入れることができた。なかなかによい音のするギターだったが、結局お金に困って売却^^; この際に思いっきり分解チェックをされて、60年製で間違いなしというお墨付きをもらった。

 このギターの写真はいっぱい残っている。

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 全体像はこんな感じ。ローズウッドのスラブ・フィンガーボード、ホワイト・ピックガードなど、もろに60年代初頭の雰囲気--と言いたいところだが、このピックガードは、白-黒-白の3プライ。まあ、サンバースト・フィニッシュのモデルにはすでに使われていたようだから、オリジナルでないとも言い切れないが……。

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 ボディはリフィニッシュのブロンド。アッシュ材の木目がよく見える。やはりテレキャスターは、この色が一番好み。

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 メープルのネックは、オリジナルのまま手が加わっていないようだった。とにかくグリップ感が抜群だったのだ!

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 ブリッジ・プレートは、弦を裏から通すもよし、そのまままっすぐ張ってもよしのトランジション仕様。

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 おまけにありし日の雄姿(?)を。アゴの感じがちょっとジェフ・ベックさんみたい???

2012年6月17日 (日)

いつもと変わらぬ日曜日

父の日も母の日も、祝った記憶はない。

両親ともそういうことに興味のない人たちだったというのもあるが、
やはり子どもの私が、「何か企画しなくっちゃ」
なんて考えるほど気が利いてなかったというのが大きい。
一人っ子だったから、私がその気にならなければ何も始まるわけがなかったのだ。

かくして、母の日も父の日も華麗にスルー。
いつもと変わらない日曜日がず~っと続いて、今日まで来てしまった。

念のために付け加えておくと、
子どもの日だの、クリスマスだの、七五三だの、
息子の誕生日だの……、
要するに私のお祝い事には人一倍熱心な人たちだったんだけどね。
(この親不孝者めが!)

父親の思い出はたくさんあるのだけれど、
こんなことを書いていたら、
よりにもよって、子どもの頃によく見た
この世の不幸を一身に背負ったかのような父の寝顔を思い出してしまった。
眉間にしわを寄せて、
思いっきり頬をゆがめた。

胃が痛かったせいかな?
昔の夢でも見ていたのかな?
生きていること自体が苦しかったのかな?

私はただ見つめているだけだった。
どうすることもできないまま。

あんなせつない寝顔になるのはいやだなと思う。
いや、それとも、もうなっているのだろうか?

2012年6月16日 (土)

韓国の天才少年ギタリストに会う

 正直、いまこんなことを書いている気分ではないのだが(いや、原発の再稼動がらみでね)、とりあえずの覚書。

 昨日は午後1時半から曙橋のBack In Townで、韓国の天才少年ギタリスト、チョン・スンハさんと小松原 俊さんの対談の進行役を務めてきた。通訳は英語が専門。小松原さんは英語も朝鮮語も話せない。私も以下同文……というわけで、始まるまではかなりのカオスを危惧していた。

 ところがいざ始まってみると、予想外にスムーズにいったようだ。なんといっても、スンハさんがとってもいい人で、すべて英語で通してくれたばかりでなく、フレンドリーかつ謙虚。まるで小松原さんのお弟子さんのように受け答えする姿には感銘を受けた。さすが儒教の国の少年! おかげで、かなりいい雰囲気の「師弟対談」になったのではないかと思う。

 あの難しいシチュエーションで、てきぱきと仕事をこなしてくれた通訳のおねーさんもすごかった! なにしろ、プー横丁の松岡さん(コンサートの主催者)、マネージャー、編集スタッフ、カメラマンなど含めて、総勢10人くらいが入り乱れた中での作業だったものね。プロフェッショナルだなぁ……。

2012年6月14日 (木)

ロック・ギターの原点といえば

 最近はめったに弾かなくなってしまったけれど、思いっきりエレクトリック・ギターにのめりこんでいた時期があった。最初にハマったのはテレキャスター・モデルだったようで(シブい好み!)、まず手に入れたのがグレコのテレキャス・コピー。初めて買った舶来のギターも、中古のフェンダー・テレキャスターだった。

 グレコ・テレキャスターのおまけにもらったのが、「成毛滋のロックギターレッスン」という小冊子&カセットテープ。当時はグレコのギターを買うと、もれなくこいつが付いてきた。これでロック・ギターの初歩を学んだギター小僧も多いはずだ。そこはかとなく懐かしい。

Greco

 ギターの写真もないかと探したところ、こんなものが出てきた。グレコのテレキャスを持った大学生のワタシ。太いベルトがいかにも時代を感じさせる……というか、この頃にしてもずいぶん時代遅れのような……。

Robin32

2012年6月12日 (火)

タッピング・ギターの華麗な世界

 最初にアコースティック・ギターを手に入れた頃には、主にフィンガーピッキング(指弾き)の練習をやっていた。ところがしばらく続けているうちに、フィンガーピッキングのリズムがつまらなく思えてきた。自分の才能のなさは棚に上げ、「フィンガーピッキングではロックのリズムは出せない」なんてことを考えるようになったのだ。このような経緯があり、結局フラットピッキング1本にしぼることを決意して今日に至る。

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 このときの選択をいまさらどうこう言ってもしょうがないのだが、昨今のフィンガーピッキングの急激な進化を目の当たりにすると、もうちょっと別の道もあったんじゃないかという気もしないではない。

 フィンガーピッキングにおける最大の技術的な進歩といえば、やはり両手を使ったタッピング奏法の確立だろう。左手で弦を押さえ右手でそれをはじくという従来のスタイルではなく、両手の指で弦を叩くことで別個に音を出す。鍵盤楽器に近いような演奏法と言っていい。両手を独立させて別々のフレーズを弾くことで、より複雑なサウンドが生まれるのはもちろんのこと、タッピングを多用することで、よりパーカッシブな響きが生まれるようになった。1つのリズム革命である。

 タッピング・ギターのアイデアを初めて完成させたのは、エレクトリック・ギターのスタンリー・ジョーダンだった。この人からすべてが始まったと言ってもいい。ファースト・アルバムの発売を記念したレコード会社のレセプションで、その演奏を間近に見られたのは、ラッキー以外の何物でもなかったと思う。

 演奏の合間にギター・アンプが「ブーン」とうなりを上げているのを聴きながら、「タッピングの繊細な音を拾うためにはずいぶんゲインを上げなければならないんだな」と感じたのを覚えている。まだこのときは、アコースティック・ギターではタッピングなんて無理だろうと思っていた。この予断をあっさりひっくり返してくれたのが、かのマイケル・ヘッジスだ。

 このパフォーマンスはいま見てもすごいな。この演奏を含むウィンダムヒル・コンサートのDVDは必見だ。ハープ・ギターを駆使した強力な演奏も見られる。

 エレアコ・ギターの普及が、タッピング奏法の発展に大いに貢献した事実も忘れてはいけない。そしてエレアコ・ギターのタッピングは、エレクトリック・ギターのそれよりもパーカッシブなサウンドになる傾向があることも。リズム的にはアコギのほうがずっと面白い--と断言してしまおう。

 そんなこんなで、最近気に入っているのがこの人。

 トーマス・リーブというオーストリアのギタリストだが、この曲などは、弦よりもボディのタップのほうがはるかに多かったりする。当然ながらパーカッシブで、えらくかっこいい。日本だとシンガーソングライター&ギタリストの野沢恭司さんがこのスタイルに近いかもしれない。

 映像を見ればわかるように、ボディのカッタウェイの部分には、「スクラッチ・ボード」なる仕掛けもくっつけてあって、これをひっかくことで、効果的なスクラッチ・ノイズを生み出している。

 --というわけで、弦のタッピングは難しいから、まずはボディのタッピングから練習してみようかな? ちょっとしたオリジナルのアイデア(?)も思いついたことだし……。

2012年6月 9日 (土)

国語のお勉強

 しばらく前から気になっていることがある。

 「ある」の反対語は「ない」。これには疑問をはさむ余地がなさそうだ。

 「右」と「左」、「暑い」と「寒い」、「浮く」と「沈む」……。反対語の例はたくさんあるけれど、どれも品詞は同じになる。この例で言えば、順番に、名詞、形容詞、動詞。ところが、「ある」は動詞なのに、「ない」は形容詞じゃないか。おっとっと。これで対になる言葉と言えるのだろうか?

 どうにか同じ品詞で、これに代わるペアをひねくり出せないものかと試してみたものの、適当な言葉が思いつかない。なんでこんなことになっちゃうんだろう? 考えだしたら夜も眠れなくなった……というのはウソだが、やっぱり不思議だよなぁ。すっきりする説明をお持ちの方はお教えください。

 日本語以外だとどうなるかも気になるところだ。たとえば英語だと、「ある」は「be」「exist」……。まあ、動詞だな。「ない」は「not exist」……じゃダメだ。「null」なら形容詞、「nothing」は代名詞だそうだけど、いまいちピンとこないな。もしかして、日本語のようにしっくりくる反対語がなかったりして?

 ところで、「ある」と「ない」の品詞の違いに気づいたときに、ほかにもこういう例がないかと思って頭の中をサーチしてみたのだ。そして似たようなパターンを見つけたはずなのだが、いまそれを書こうとしたら忘れている……^^; ダメじゃん。メモをとっておけばよかった。

 代わりに思いついたのが「忙しい」(形容詞)と「暇」(名詞)。「暇だ」にすると形容動詞でもいいのかな? ふ~む。前に思いついたのは、もっといい例だったはずなのに……。

 梅雨入りの土曜日に、こんなつまらないことを考えて暇をつぶしている。小人閑居して不善をなす?

2012年6月 6日 (水)

中央アジアから地中海へ

 ギリシャのブズーキやトルコのサズに興味を持ったのは、大好きなミュージシャンのデビッド・リンドレイさんが演奏していたからだ。先日、キルギスの撥弦楽器、コムズを弾かせてもらったときにも、ブズーキやサズに通じるような香りを感じた。

 ブズーキはいま手元にないので、昔の写真を貼り付けておく。怪しげな写真だなぁ、しかし……。ボウルバックのマンドリンを大きくしたような楽器と思えば、当たらずとも遠からず。日本ではアイリッシュ・ブズーキのほうがポピュラーかもしれないが、実はこちらが本家本元だ。

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 サズもブズーキによく似た外観を持つ楽器だ。いくつかのサイズがあるようだが、これは中型のバーラマ・サズ。7弦3コースで、3コースと2コースは2本、1コースは3本の複弦になっている。ボウルバックのボディ裏は、マンドリンやブズーキと同様に、十数枚のリブをつなぎ合わせた構造だ。

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 フレットは指板に埋め込まれた金属のバーではなくて、ネックの周りにぐるっと巻いて留めてあるいわゆる巻きフレット。初めて見た方は「いいかげんな細工!」と思われるかもしれないが、巻きフレットはビオラ・ダ・ガンバのような古楽器でも普通に採用されていた伝統的な技法で、歴史的にはこちらのほうが古いはず。

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 フレットの間隔が均等ではないように見えるのは、目の錯覚ではない。サズはクロマチックな(全音階の)楽器ではなく、固有のスケール(音階)に基づいてフレットが配置されている。フレットの数を減らしてドレミファソラシドしか弾けないようにした楽器を想像してもらえばわかりやすいかも。ただしフレットの配置は西洋音階とは異なり、半音より細かい音も入っているはず(トルコ音楽では1音を9分割するそうな……@@;)。

 正面から見てもサウンドホールは見当たらないが、ボディの一番底、お尻のあたりにしっかり穴が開いている。ソコまでは気づかなかったろ……なんちって^^;

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 縁あって手に入れたものの仕上げはいまいちで、一流の作とは言いがたい。ちゃんと弾けるようになったら、グレードアップしたいところだが、まあ、当分はこのままだろう。

2012年6月 5日 (火)

キルギスの弦楽器

 抜けるような青い空。緑の草原。そして白い雪。キルギスの風土と人々の暮らしぶりがよくわかる。

 新宿三井ビルにあるエプソンのショールーム・ギャラリー、エプサイトで開催中の淺沼一郎写真展「~遠くて近い中央アジア~ キルギスの土地と人々」。

  http://www.epson.jp/epsite/event/gallery2/12/1211.htm

 羊(?)の頭を載せたピロフ(ピラフ)や、花に囲まれた柱のような植物、雪の上のコモリグモなど、興味深い写真は多かったが、一番心惹かれたのは、会場の片隅に置かれた弦楽器と、BGMに流れるキルギスの音楽だった。

 どうやら、中央アジアや西アジアによくありそうな小ぶりの撥弦楽器のようだ。じーっと眺めていたら、受付のところにいたご婦人がやってきて、親切にも説明をしてくださった。楽器の名前はコムズということ。キルギスの伝統楽器ではあるけれど最近ではギターを弾く人のほうが多くなってしまったこと、息子さんがこの楽器をオーダーして作ってもらったこと……。

 口ぶりからすると、浅沼一郎さんのお母様らしい。ありがたくお話をうかがっていると、なんと楽器を手渡そうとしてくださるではないか! ずうずうしいとは思いつつ、そのまま受け取り、ありがたく弾かせていただく。

 ガット(ナイロン?)の弦が3本。太さは全部同じように見えるが、おそらく音程は変えてチューニングするのだろう。指板にはフレットはなし。親指ではじくと、なかなか野趣にあふれたよい音がした。サスティーンは短めだ。

 ボディは1本の材をくり抜いて作ったようなラウンドバック。正面から見たボディ・シェープは長めの涙滴型。フラットなトップ材も動物の皮ではなく、白木の一枚板で、小さなサウンドホールらしい穴が1つだけ開いている。

 私が持っている楽器の中では、トルコの撥弦楽器サズに雰囲気、サウンドとも似ているような気がした。それにしても貴重な体験をさせていただいちゃったな~。ありがとうございました。写真展があることを教えてくださったAさんにも感謝!

2012年6月 3日 (日)

育ちすぎ!

 ヒペリカム’ヒドコート’。和名はキンシバイ(金糸梅)でいいのかな?

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 5月の終わりから7月頃にかけて、明るい黄色の花をみっしりとつける。場所をえり好みしない丈夫な低木で、ものぐさガーデナーにぴったり……と言いたいところだが、放っておくと際限なくどんどん広がるのが玉に瑕。

 花が終わったら剪定しようと思っても、これがなかなか終わらないんだ! それでもなんとなくハッピーな花だよねぇ。今年もいっぱい咲いてくれてありがとう。

2012年6月 2日 (土)

趣味のリストア ギター・ケース編2

 傷んだギター・ケースの外装をどこまで修繕するかは微妙な問題だ。機能的に支障がなければそのまま放っておいてもよさそうなものだが、放っておくとどんどんほつれが広がりそうなところは、やはり手をうっておいたほうがいい。

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 こんな感じで外装がはがれている箇所は、多機能ボンドで接着し直すのがいいだろう。

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 めくれ返ったまま癖がついているような場合も多いので、接着したあとは、マスキングテープで上から押さえて2時間ほど放置。ころあいを計ってテープをはがすと……。

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 これで見た目もだいぶよくなった。

 小さな傷は、同系色のエナメル塗料でぬりつぶす。

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 大きな傷はかなりやっかいだが、適当な補修材を見つけてきて、これを貼り付けることにした。破損箇所の汚れを取り、トレーシングペーパーで傷の形を写し取り、デザインナイフで切り取る。

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 いまいち色が合わないけれど、こんなところで、どうかひとつ……。

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