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2012年5月15日 (火)

バイオリンに顔があってもいいじゃないか

 ストラディバリに代表されるようなクレモナの楽器が主流になる以前には、バイオリンのデザインはもっとおおらかで、バリエーションもさまざまだった。

 たとえば、ガスパロ・ダ・サロ、パオロ・マッジーニといったブレシアの作家たちの楽器には、クレモナにはない独特な魅力があるように思える。また、バイオリン以前の擦弦楽器、ビオール属から受け継いだような、だいたんな装飾をほどこした楽器もあった。

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 このバイオリンは後世の作だけれど、初期のバイオリンのデザインを再現したコピー・モデルと言っていい(デュイフォプルガル・コピー?)。フランス・ミルクールのジャスティン・ディレージーという人が作った楽器のようだ。とりあえずラベルにはそう書いてある。製作年は1870年頃か。グルーン・ギターズのWebストアでこの楽器を見つけ、思わずポチッとして以来、私のメイン楽器になっている。

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 ヘッドには通常のスクロール(右)の代わりに、ヒゲをたくわえたおじさんの顔が彫られている(左)。

Dsc04750

 ボディの裏には花束のレリーフの彫刻と、中世風の町並みの寄木細工。これもまたお約束のデザインと言える。バッサー・クレメンツの愛用していたフィドルも、似たような細工だったはずだ。

 クラシック・ファンにはあきれられそうだが、最初に手にしたフィドルこそ鈴木バイオリン製のストラディバリ・コピーだったものの、以後の楽器は、非主流のものばかりだ。2本めはドイツ・クリンゲンタールのホップ一族の作品。これはいかにも無骨な作りでオールドタイム風の音がした。3本めはハンガリー製だというマッジーニ・コピー。これは音がでかく、低音が怪しく響く個性的な楽器だった。

 それに比べると、ディレージーの楽器は、見た目の派手さとは裏腹にオーソドックスなサウンドで、使いやすい。そのぶん個性に乏しいとも言えるかもしれないが、総合力では一番。

Dsc02375

 現在手元に残っている2本、マッジーニ・コピー(左)とディレージー(右)を仲良く並べて記念撮影。マッジーニのほうが若干大きい(そして厚みは薄い)のだが、写真ではわかりにくいかも。

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