2019年8月 9日 (金)

『聴かずに死ねるか!』パンク/ニュー・ウェーブ編

 8月8日(木)午後7時半より、新宿duesで『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)のトーク・イベント。今回はパンク/ニュー・ウェーブ編ということで、進行役はパール兄弟のサエキけんぞうさん。いつもの名調子で、主役の麻田浩さんにぐいぐいとつっこんだ。

 覚えている範囲でいくつかトークの内容を挙げておくと、麻田さんにビートルズ体験がないのは驚きだという話。エルビス・コステロが浅草で学生服を買い、これを着て銀座のプロモーション・ゲリラ・ライブに臨んだという話。コステロのライブでオープニング・アクトを務めた鮎川誠さんが、コステロ本人と間違われ、会場が一瞬盛り上がったが、シーナさんが歌い出したとたんに、みんな引いてしまったという話。ストラングラーズの後楽園のステージで、ゼルダとフリクションがオープニング・アクトを務めた事実はないという話(すみません!)。トーキング・ヘッズの客層はそれまでと少し違っていて、アート・スクールの学生みたいな人が多かったという話。XTCの京大西部講堂のステージは、アーント・サリー、Pモデルが先に演奏し、トリはXTCではなくてリザードだったという話……などなど。

 いつもの麻田さんのトークライブと違い、事前のリサーチが行き届いていて(おそらくサエキさんと主催者の山本さんの尽力によるものだろう)、耳寄りな情報も多かった。ここだけの話、私はトムズのパンク系のコンサートには全然行ったことがないのだが^^;とても興味深く聴くことができた。

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 終演後の撮影会。左からサエキけんぞうさん、麻田浩さん、レジデンツのコスプレをしているのが主催の山本英さん。

 

 

 

2019年8月 8日 (木)

ほぼ完成!

 長々と続いていた隣の中学校の新築工事も、ほぼ終わったようで、ずいぶん静かになった。おそらく9月の新学期からは新しい校舎での授業ということになると思われる。そうなったらなったで、またうるさくはあるのだけれど^^;

 新校舎を臨む。こちらは正面からの眺め。

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 校門を入った玄関付近を横から。敷き詰められているのは花崗岩の板のようだ。まあリッチ!

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 その奥はレンガの通路と芝生。芝生は植えられたばかりでやや茶色っぽいが、いまはもう青々となっている。

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 ぽつぽつとアップしてきた隣の中学校シリーズも、これでおしまい……かな? あとは中に入った写真も撮りたいところだけれど。

2019年8月 5日 (月)

手練の包丁さばきとはいかず……

 明け方に見たかなりエグい夢^^; 閲覧注意。

 自分の結婚式の準備に追われている。披露宴のアトラクションとして、新郎新婦による人体解体ショーを実施することに。包丁で人体を丸ごとさばいて、出席者全員にふるまおうというイベントだ。

 いきなり本番は無理なので、事前に練習をする。床の上に置いてあるのは、マグロのような姿の着ぐるみだ。頭のところに穴が開けてあって、そこからおじさんの顔がのぞいている。ほんとうは包丁だけを使って魚にはふれずにさばかないといけないのだが、素人には難しいから手でむしってもいいと言われる。そこで二人で力任せに着ぐるみをはがす。バリバリバリ。あまりきれいに切れずにギザギザになってしまったが、なんとか外身を取り外すことができた。

 中から出てきたのは、くすんだ赤いジャージの上下を着た普通のおじさんだ。この死体をさばいて刺身にするのか! ここで私はめげて、もうやめたいとアピール。しかしお嫁さんはまだ頑張るという。「頭と手足をとってしまえば、そんなに生々しくありませんよ」と実技指導が入って、おじさんは胴体だけに。たしかに、もう人間には見えない五角形の物体だけれど、やっぱり無理! この話はなかったことにして、と泣きを入れる。

2019年8月 3日 (土)

不思議なコンビネーションのジョイント・ライブ

 この人たちが同じ空間に存在しているという事実そのものが、まず夢のようだ。悪夢か吉夢かは、とりあえず置いておくとして。

 石川浩司とロケット・マツのイシマツ。そして宮原芽映、丹波博幸、窪田晴男のshiro。8月2日(土)、中目黒のFJ'sでこの破天荒な組み合わせのジョイント・ライブが実現した。始まる前から何かが起こりそうな予感が……。

 最初に登場したイシマツは、パスカルズのピックアップ・メンバーと言ってもいいのだが、石川浩司さんの場合は元たまと紹介したほうが通りがいいかもしれない。私の大好きなミュージシャン--というかパフォーマー?--とは言いつつも、まさか宮原さんたちといっしょのステージに立つ日が来ようとは思っていなかった(あとでうかがったらお店主導のブッキングだったそうで、ご当人同士はこれまでまったく交流はなかったそうな)。

 石川さんは、ステージの中央にうず高く組み上げられたドラムセットの周りをのたくりながら、桶や太鼓やシンバルを叩きまくる。何でも出てくるパーカッショニストの魔法の袋(コールマンのバッグだった)には、音の出るオモチャのたぐいがいっぱい詰まっていて、これをかわるがわる引っぱり出しては、不思議な音をかなでた。

 フロントマンの上に、動きは派手だし、音はデカいしで、石川さんが一人で目立っていたように思われるかもしれないが、実態はむしろ逆。この幼児的な暴力性を伴ったようなアバンギャルドなサウンドが、けっして前面に出てこようとはしないロケット・マツさんのリリカルなピアノを、絶妙に引き立たせるのだった。なんかしらんけど、すごい!

 そう感じたのは私だけではなかったようで、後半のステージのMCで窪田晴男さんもほぼ同様の感想を口にされていた。なんと「リリカルなピアノ」というキーワードまでぴったりと。こうしてみると、私の感性も捨てたものではないかもしれない^^;

 後半のステージはshiro。宮原芽映さんは、元祖アイドル(?)ロック・シンガーで、作詞家で、シンガー・ソングライターで、イラストレーターで……という才女。窪田晴男さんは、ご存知パール兄弟のギタリスト、丹波博幸さんはトップ・クラスのセッション・ギタリスト。三者三様のバックグラウンドを持ちつつも、抜群のコンビネーションを見せる。

 イシマツの毒気(ほめてます!)にあてられてどうなることかと思いきや、ご当人たちはいたってマイペース。私も2曲めの「人魚姫はなぜ人間になりたかったか」あたりでペースを取り戻せた感じで、早くもウルウルときた。まあ、MCの窪田さんという最終兵器もあることだから……。

 バランス的には丹波さんのギターの音がやや大きかったような気もしたけれど(途中までモニターの音が出ていなかったらしい)、それもまたよしということで。アコースティック・ギターのアンサンブルも、コーラスワークも、いつものようにすばらしかった。

 アンコールはイシマツのお二人も加えた全員でのセッション。曲は無国籍な昭和歌謡「カスバの女」。……これはさすがにはずしたんじゃないのかな?^^; でも、イシマツとshiroで共通するレパートリーを見つけるのが至難の業だろうというのはわかる。事程左様に、異業種交流会のようなジョイント・ライブだったと言えよう。

2019年8月 2日 (金)

もう1つのルーツに迫ったアルバム

 「『WILL THE CIRCLE BE UNBROKEN(永遠の絆)』みたいなのをやりたかったんですよ」と、やぎたこのやなぎさん。

 先週の土曜日に小室等さんのライブを見に行ったときのことだ。たまたまやぎたこのお二人もいらしていて、CD2枚組の大作アルバム『WE SHALL OVERCOME』(Railway Records 2018)についてお聞きすることができた。

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 やぎたこは、やなぎさん(ボーカル、ギター、バンジョー、フィドル、マンドリン)と辻井貴子さん(ボーカル、ギター、オートハープ、アパラチアン・ダルシマー、アコーディオン)のデュオである。てっきりアメリカン・ルーツ系の音楽ひとすじなのかと思っていたら、『WE SHALL OVERCOME』では、お二人のもう1つのルーツと言ってもいい日本のフォークに真正面から取り組んでいる。

 とにかくゲストの顔ぶれがすごい。いとうたかお、金森幸介、木崎豊、北村謙、佐藤GWAN博、シバ、豊田勇造、中川五郎、長野たかし、林亭、古川豪、村上律、よしだよしこ。URCやベルウッド、エレックなどで活躍した名だたるミュージシャンのみなさんが多数参加している。

 こうした大物ゲストを迎えたホストのやぎたこは、歌に伴奏をつけ、コーラスを入れ、インストのかけあいをし、ときには前面に出て歌い……と大車輪の大活躍をしている。まさにニッティ・グリティ・ダート・バンドの『永遠の絆』に匹敵するような一大セッション・アルバムと言っていい。

 古川豪さんは「アンクル・ピート」を、中川五郎さんは「受験生ブルース」を、林亭は「名古屋まで12キロ」をセルフカバー。アコーディオンやオートハープを加えた新たなアレンジが素晴らしい。

 北村謙さんをフィーチャーした「かみしばい」、いとうたかおさんの「この世に住む家とてなく」、ほとんど武蔵野タンポポ団のリユニオンのような「ミッドナイトスペシャル」も、フォークジャンボリーの頃から歌われ続けている懐かしい曲だ。クロウハンマー・バンジョーにダルシマーやマンドリンが絡む、「かみしばい」のアンサンブルにはハッとさせられる。

 佐藤博さんが歌う「あかんぼ殺しのマリー・ファラーについて」も、とても印象的な曲だ。

 インスト曲は、北村謙さんとやなぎさんがクロウハンマー・バンジョーでデュエットする「Arkansas Traveler」。そしてよしだよしこさんと辻井貴子さんのアパラチアン・ダルシマー・デュオ「dulcimer medley」。

 やぎたこの歌は4曲。やなぎさんが歌う「ラブ・ソング」(加川良)、「ライウイスキー」(朝比奈逸人)。辻井さんの歌う「くつが一足あったなら」(レッドベリー/高田渡)。いずれも先人をリスペクトしたようなまっすぐな演奏で、しみじみとさせられる。

 『永遠の絆』のタイトル曲に匹敵するオールスター参加の大合唱は、「We Shall Overcome」。そして、やぎたこのお二人によるオリジナル曲「旅という生活 生活という旅」でフィナーレ。

 ……以上、駆け足のご紹介で申し訳ない。それにしても、こんなたいへんなアルバムをよく完成までこぎつけたものだ。今度お会いする機会があったら、苦労話の1つや2つも聞かせてもらおう。

2019年7月27日 (土)

小室さんのソロ・ライブ

 六文銭のリユニオン、プロテストソングへの回帰と、近年になってますますパワーアップしている観さえある小室等さん。準地元の板橋・仲宿商店街のドリームズ・カフェで、その小室さんのソロ・ライブがあると聞いて、出かけてみた。

 ドリームズ・カフェといえば、麻田浩さんとの共著『聴かずに死ねるか!』(リットーミュージック)の端緒となった場所と言ってもいい。この店に麻田さんのトークライブを聴きに行かなければ、私がこの本に関わることもなかったろうし、さらに言えば麻田さんの本がいまだに世に出ていなかった可能性だってある。運命のはからいに感謝しないと。

 7月26日(土)午後7時半開演。ソールドアウトの会場はびっしりとお客さんで埋まっている。愛用の夢弦堂のギターを抱えた小室さんは、一曲ごとにていねいに曲の紹介をしてから歌い出す。ずいぶん幅が広く厚めに見えるサムピックを使って力強くリズムを刻み、ときにはサムピックをはずして柔らかなフィンガーピッキングを聴かせる。ギターの音がたいへん素晴らしいこと、そして表情が豊かなことに感心した。流行のコンタクトピックアップなどいっさい使わず、マイクロフォンを通した生音に徹していたのも小室さんのこだわりなのだろう。暖かなボーカルも、さらに円熟味を増してきたように感じた。

 ステージの後半は谷川俊太郎さんと共作した『プロテストソング2』の曲を中心に。アンコールは木枯し紋次郎の主題歌「誰かが風の中で」。自然にお客さんも歌い出し、最後は会場全体の大合唱となった。

 ところで、この日も予期せぬ新たな出会いがあった。なんと噂のアコースティック・デュオ、やぎたこのお二人が会場にいらしたのだ。驚いたことに、お二人とも私のことをご存知だという。おかげでいろいろお話をさせていただけた。もしかしたら、これをきっかけにまた新しい何かが生まれるかもしれない。……というところで、やぎたこのお二人の話はまた日をあらためて。

 

2019年7月26日 (金)

ルーツ系ミュージシャンとしてのジェリー・ガルシア

 いきなり暑くなってきたので、身体がまだ慣れていない感じ。昨日は外出する用事があったけれど、午後5時頃に家を出たので炎天下は避けられた。

 7月25日(木)午後6時から麻布十番のスタジオでFMラジオ「A・O・R」の収録。今回のお題はジェリー・ガルシアさんなのだった。う~む、正直荷が重い……。

 熱心なデッドヘッズの皆様に比べたら、私などたぶん10分の1の量も聴いていないだろうと思う。そんなへなちょこの分際でガルシアさんを語ってしまうのははなはだおこがましいのだけれど、ガルシアさんのルーツ系ミュージシャンとしての側面に光を当ててみようということで、お引き受けすることにした。

 ギタリストは世を忍ぶ仮の姿……とまでは言わないけれど、ブルーグラスのバンジョー・プレイヤーや、カントリー・ロックのペダル・スティール・ギター・プレイヤーとしても、ガルシアさんはなかなかよい演奏を残しているので、そちらを大きく取り上げることにしたわけだ(もちろんアコースティック・ギターも忘れてはいけない!)。結果的にはそれなりに面白い選曲になったのではないかと思う。

 そんなこんなで、ジェリー・ガルシア特集の放送は、8月1日(木)午後8時からの予定です。電波の届く地域の皆様はなにとぞよろしゅーに。

2019年7月25日 (木)

ブルースの誕生の逆襲^^;

 5月23日(木)に放送されたFMラジオA・O・R「ブルースの誕生」特集の音源を、2ヵ月遅れで聴く。なぜこのようなタイムラグが生じるかというと、収録の日程を打ち合わせるメールに前回の音源が添付されてくる(正確にはダウンロード先のURLが貼り付けられている)システムになっているからだ。

 そんなわけで送ってもらった音源を聴いてみたのだが、うーん……と頭をかかえてしまった。もとより難しいテーマだとは思っていたけれど、私のコメントとDJのユキ・ラインハートさんのトークとが噛み合っていなくて、ほとんどわけのわからない内容になっている^^; 

 念のために付け加えておくと、ラインハートさんはスタッフから渡された原稿--あるいは資料を元に話しただけだろう。問題があったとすれば、私とスタッフの方のコミュニケーション不足である。

 これ以前の放送でも、曲をかける順番を決めたり、個々の曲の解説を自分でしたりできないことで、隔靴掻痒感を覚えることがなかったわけではない。とはいえ、そういうシステムであることは納得しているし、番組の構成に口をはさむのは分不相応であろうと遠慮もしてきた。でも、こういう複雑なテーマのときは、もう少し別のやり方をしたほうがいいのかもしれない。

 一応、選曲リストには、それぞれの選曲意図を伝える見出しを付け、収録のときにも、しつこく意図を説明したつもりだったのだが……。

 ブルースの誕生の過程がどのようなものだったかという私の見解(かなりの偏見あり^^;)を、以下にざっくりとまとめてみる。

1)ブルースの起源については諸説あるが、どれか1つということではなくて、複数の流れが1つにまとまったと考えるのが自然だろう。

2)集団で歌う無伴奏のワークソングが個人で歌うフィールドハラーへと変化し、これに楽器の伴奏が入ることでブルース的なサウンドが生まれた。

 労働者たちのテンポを合わせるために歌われたワークソングの例には、大規模なプランテーションでの綿摘み歌、舟こぎ歌や、ハンマーで杭を打つときの歌などがある。実際にアフリカ各地には集団で歌う伝統がいまでも広く残っているようだ(ただし、ヨーロッパにも集団で歌う掛け合いの歌は古くから存在する)。

 農園のワークソングに関する記述は、19世紀半ばくらいから目立つようになる。「奇妙で野性的な歌」「譜面にはうつしきれない特徴あるビブラート」「のどを妙にしめつけて出す声」「独唱で歌うフレーズごとにくり返しコーラスが割り込んでくる不思議な効果」……。ブルース的なスタイルの歌は、この頃に成立したものなのか? それともこの時期に黒人奴隷に対する白人の関心が高まったと捉えるべきか?

 奴隷解放後、集団で歌うワークソングはすたれ、個人が思い思いに歌うスタイルが主流となっていく。これがフィールドハラー(農園の叫び)だ。フィールドハラーに関しては「意識的に一定の音をほんの少しはずして出す」と、ブルースの音階を想起させるような記録も残っている(以上、ポール・オリバー『ブルースの歴史』からの孫引き)。

3)集団で歌う歌としては、ワークソングのほかに宗教歌も重要だ。黒人教会などの集会で、ワークソングと同様に掛け合いで歌われるのが基本。もともとは白人起源のキリスト教の歌ではあるが、こぶしまわしや唱法は、アフリカの伝統が残っているとみなしていいのではあるまいか。

4)あまり注目されていないようだが、白人音楽からの影響も無視できないのではないか。アフリカの伝統とブルースの間には一度断絶があったはずだ。白人の支配者層は黒人奴隷の出自であるアフリカ的な伝統を嫌った。黒人楽師たちが故郷の音楽を演奏することを禁止し、ヨーロッパ起源のダンス音楽や、英語の歌を歌わせた。そうした状況の下で黒人たちの琴線にふれた白人の音楽に、独特の響きを持つモード的な曲があったのではないか?(たとえば3度と7度の音が半音下がるドリアン・モード) アラン・ロマックスらが実施した南部のフィールド録音では、アパラチアのマウンテンマイナーと呼ばれるモーダルな音楽を黒人が演奏した音源も残っているが、ほとんどブルースにしか聴こえないものも多い。逆に白人のオールドタイム・ミュージシャンにもブルースにしか聴こえないような演奏がある。

5)ブルースがはっきりとした形で記録に残っているのは1903年のこと。黒人の作曲家のW・C・ハンディが、ミシシッピー州タトワイラーで9時間遅れの列車を待っていたときに、たまたま演奏を始めた黒人ギタリストの歌を聴いて衝撃を受け、このスタイルで曲を書いてみた。これがブルースの起源である。ハンディが「メンフィス・ブルース」を書いたのが1909年。「セントルイス・ブルース」は1914年。その後レコードにもなって大ヒットした。ハンディの曲は、ブルースといってもポピュラー・ミュージックの作法にのっとって書かれていて、しっかりブリッジの部分もあったりする。つまり、ブルースはポピュラー・ミュージックとしてまず世に広まった。その後にルーツに当たるテキサスのブラインド・レモン・ジェファーソンや、ミシシッピーのチャーリー・パットン、サン・ハウスなども注目されるようになった。

 ここまでの話を前提として、当日のオンエアリストは以下のとおり。

  20:02 Talking Casey / Mississippi John Hurt
  20:08 John Henry / Sid Hemphill  
  20:15 Early In The Morning / Hard Hair, Little Red & Tangle Eye
  20:21 Soon, One Mornin’ / Willie Gresham   
  20:26 Jesus Going To Make Up My Dying Bed / Horace Sprott
  20:33 Mississippi Bo Weavil Blues / Charley Patton   
  20:35 St. Louis Blues / Bessie Smith
  20:41 Pretty Polly / Dock Boggs
  20:43 House In New Orleans / Roscoe Holcomb
  20:46 Hangman / Tangle Eye

 一見してわかるように、はっきりブルースと言い切れる音源は、ベッシー・スミスの「St. Louis Blues」くらいで、あとはブルース以前のスタイル、あるいはブルースからちょっとはずした音楽である。

 ミシシッピー・ジョン・ハートの「Talking Casey」は、アイルランド系の蒸気機関車の機関士、ケイシー・ジョーンズを歌ったブロードサイド・バラッド。いわゆるピードモント・スタイルっぽいフィンガーピッキングだが、珍しくボトルネックのスライドが入っている。

 シド・ヘンフィルの「John Henry」は、黒人のミュージシャンによる、オールドタイムのストリングバンド・スタイルの演奏。曲はオールドタイムのレパートリーとしてよく知られるが、歌われている主人公は伝説の黒人労働者だ。

 「Early In The Morning」は、アラン・ロマックスが刑務所内でフィールド録音した、囚人たちのワークソング。

 「Soon, One Mornin」は、ジョージアの黒人教会での宗教歌。牧師が大合唱の音頭をとっている。一部コール&レスポンスになっている部分も。

 「Jesus Going To Make Up My Dying Bed」は無伴奏の独唱。宗教歌ではあるが、かつてのフィールド・ハラーのスタイルに近いのではないか。歌いまわしはほとんどブルースだ。

 デルタ・ブルースの創始者、チャーリー・パットンの「Mississippi Bo Weavil Blues」はちょっぴり破格なブルース。

 ベッシー・スミスの「St. Louis Blues」は、ポピュラー・ミュージックの作法にのっとって書かれたブルースの代表例と言える。

 ドック・ボッグスの「Pretty Poly」は、マウンテンマイナーなオールドタイム・バラッドだが、この人が歌うとほとんどブルースにしか聴こえない。

 ロスコー・ホーコムの「House In New Orleans(朝日の当たる家)」は、アニマルズやジョーン・バエズの演奏でも知られる有名な曲。ホーコムはマイナー・コードを使わずにプリミティブなブルースのような演奏をしている。

 ラストはアラン・ロマックスのフィールド録音を元に、タングル・アイがリミックスした「Hangman」。白人の老婦人が無伴奏で歌ったオールドタイム曲に、黒人ミュージシャンの笛と太鼓の演奏(これもブルース以前のプリミティブな音)をつなげ、これに新たな伴奏をつけて現代的なブルース・ロックに仕上げている。

 ……ふ~む。あらためて書いてみて思ったけれど、この内容を口頭で伝えてまとめてもらおうとしたのは、かなり無謀だったかもしれない……。

2019年7月10日 (水)

二度めのパンチ・ブラザーズ

 3年前の来日時には最終日に行ったので、今回は初日にしてみた。ブルーノート東京での、パンチ・ブラザーズ。4日間の連続公演である。

 正直に告白すると、ブルーノート東京は貧乏人の私にはいささか高級すぎて、なんとなく居心地の悪さを感じる場所(だからめったに行かない^^;)なのだが、パンチ・ブラザーズにはこの高級感がよく似合う。誤解を恐れずに書いてしまえば、意識高い系の音楽。それがすっかり板についてきた。骨太でありながら繊細なアンサンブル、緩急自在のリズムの変化、個々のメンバーのテクニック、クリアな音色、ステージのたたずまいなど、どこをとっても非の打ち所がない。

 実は3年前は冷静に見られなかったのだ。目の前で繰り広げられる演奏を追いかけるのに必死で、気がつけばステージが終わっていた。しかし昨日は多少の余裕ができたようで、めくるめく万華鏡のようなシチュエーション展開を、しっかり受け止めることができた。そうだ、頭で彼らの音楽を解析しようとしたのがいけなかったのだ。ブルース・リーも言っているように、ただ感じればよかったのだ。

 アンコールはビル・モンロー・ナンバー。なるほど、こう来たか。最後にこのストレート・パンチを食らって、私は10カウントを聞かされたのだった。

 それはそれとして、彼らによく似た感覚を味わえるバンドが、私の身近にもいるぞ。ピアニストのshezooさんを核としたトリニテというバンドがそれだ!

2019年7月 9日 (火)

天使の竪琴

 リラ、ライアー、竪琴など、さまざまな呼び名があるが、小型のハープの一種と捉えていいだろう。古代ギリシャの頃からある古い弦楽器のようだ。

Lyre

 池袋のピアノ教室前に置かれていた、竪琴を弾く天使の像。街角で見かけるこの手の像の多くは、本体で力尽きてしまって楽器にまで力が回っていないものが多いようだが、この天使も例外ではない。

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